推しがお前で、お前が推しで。

りんくす

【短編】推しがお前で、お前が推しで。

 一学期の期末テストが終わった放課後。

 テストから解放されたクラスメイトたちが部活へと駆け出していった後、俺は一人自分の席でスマホに向かって魂の雄叫びを上げていた。

 「……ぃいよッしゃぁァァアアア……ッ!!」

 ついに、ついについに……迎え入れることができた!

 スマホの画面に浮かび上がる豪華な演出と煌びやかな文字列。

 

 《SSR:リトナ=クロスフィールド》。

 

 大人気アプリゲーム、『グリムスタッド・グリモワール』、通称『グリグリ』の限定キャラ。

 排出率激渋四天王の一人であり、ゲーム中最強キャラの一角だ。

 多くのユーザーが喉から手が出るほど欲しいであろう人気トップのキャラで、性能はもちろんのこと、そのイラストや設定が素晴らしいと実装当初からSNSを賑わせていた。

 ……だが、俺にとって最も重要なのは――。

「ノア様のお声、尊い。 幸せすぎるっ」

 リトナを演じる声優が、俺が最も愛している緋水ノア様だということ。


『遅ればせながら、リトナ=クロスフィールド此処に参上いたしました。さぁ主殿、共に覇道を参りましょう』


「あぁ!」

 思わずスマホに向かって返事をしてしまう。

 我ながらテンションが上がりすぎている。

 画面の中で喋るリトナもかっこいいのだが、それ以上にノア様のお声が脳を揺さぶる。

 きっと俺の頭の中では快楽物質がドバドバ溢れ出ていると思う。

 あまりの幸福感にニヤけた顔でリトナをつついていると、誰かが俺の前の席に腰掛けた。

 それは、よく見知った女子生徒だった。 

 そいつは俺の机の上に頬杖をついて口を開いた。

「楽しそうね、マサキ」

「ミズキか。久しぶり」

「久しぶりってこともないでしょ。毎日夜を共にしていたじゃない」

「紛らわしい言い方をするな。実際会うのは二週間ぶりだろ。テスト期間前からほとんど会ってなかったんだし」

 いじわるな笑みを浮かべるこいつは水城愛実。中学の頃からのゲーマー仲間だ。

 ちなみにミズキという名前は、こいつがゲームでいつも使っているハンドルネーム。ボイスチャットしてるときもずっとミズキって呼んでるせいで、リアルでもそう呼んでしまうようになったのだ。

「いつも一緒にゲームしてるんだから、リアルで会ってるかどうかなんて些細なことだわ」

 さすが、ゲームの世界に魂を置いて来てるゲーマーだ。説得力がすごい。

 ……それにしても、とミズキは長い黒髪をヘアゴムでまとめながら言う。

「テスト終わった直後に教室でガチャ回してるヤツなんてあんたぐらいでしょうねぇ、マサキ。これだから廃課金ゲーマーは」

「いいだろ別に。勉強は勉強、遊びは遊び。テストは全力でやったし、これは正当な自分へのご褒美ってね。それに廃課金っていうほどしてないし、課金分はちゃんとバイトして自分で稼いでるし」

「はいはい。これで学年一桁の学力だっていうんだから、世界は残酷よね。私にも少しぐらいその頭分けて欲しいわ」

「自分で経験値稼いでレベルアップさせるんだな」

 ミズキはヘアゴムでパチンと髪を留め終えると、カバンの中からスマホを取り出して操作し始めた。

 ミズキも『グリグリ』を起動し、慣れた手つきでデイリークエストを消化していく。

「イベント、昨日からだったでしょ? もうボスまで行った?」

「もち。昨日のうちに解放しといた」

「勉強してないじゃない」

「お前と一緒にやるためだからな」

「…………っ」

 ミズキはなぜか突然言葉に詰まって黙ってしまった。

 昨日の夜にメッセージアプリでやり取りしてたときに、そういう話になってたと思うんだけど……。

「ほんっと、この天然バカは……」

「なんだよ。なんか言ったか?」

「なんでもないっ」

 ミズキは顔を伏せたまま、吐き捨てるように言った。

 一度大きく深呼吸すると、いつもの様子に戻っていた。

 相変わらず、ミズキの心情変化を読み取るのは難しい。

 格ゲーで対戦すると大体読み負けるんだよなぁ。

「いいからほら、部屋立てたわよ。パスはいつものね」

「あいよ」

 俺はスマホをタップし、何百回と入力した馴染みのパスを打ち込んでマルチ部屋に参加した。

 お気に入りに登録している編成を呼び出して、準備完了。

 イベントバトルが始まると、あとはお互いの状態を報告する最低限の会話のみ。

「召喚するわよ」

「おう。バフ入れるぞ」

「デバフはあと二ターン待って」

「んじゃその前にヒールくれ」

 淡々と作業をこなすように、ゲームに没頭する。

 そして、バトル開始から数分後――。

「……ところでなんだけど」

「うん……?」

 あと一息でボスを討伐できるところに差し掛かった時、ミズキが姿勢を正して話し始めた。

「私ね、実は声優やっててね」

「おう。……え?」

 思わず手が止まる。

 声優? ミズキが? そんなの今まで一言も聞いたことないんだが。

 俺がスマホから顔を上げると、ミズキはゲームを操作する手を止めることなくはっきりと言った。


「私が、『』なの」


「………………………………………………………………は?」

 たっぷり五秒間を取って、自分でもビックリするほど低い声が出た。

 ミズキは何気ない会話の一部だと言わんばかりに無表情で、その様子が余計に俺を混乱させた。

「俺にノア様の名前を使って冗談は許されざるよ?」

「冗談じゃないわよ。むしろなんで気づかないのよ。普段からこれだけ喋ってるのに」

「いやいやいやいや。俺がノア様の声を聞き間違えるワケないだろ」

「『さぁ主殿、共に覇道を参りましょう』」

「ガチじゃんデビュー当時から大ファンでしたラジオも聞いてますサインください」

 リトナの召喚ボイスまんまだった。

 推しが目の前にいた。

 え、そんなことある?

 俺はスマホを机の上に放り捨てて、引き出しからノートとペンを取り出してミズキに差し出した。

「こわっ。なんでキャラのセリフ言わないとわかんないのよ」

「だっておま……緋水さんの声もっと低いですし……」

「作ってるに決まってるでしょ。あとなんで突然呼び方変わってんのよ。ノア様呼びもどこいった」

「いやだって! 目の前に本人が居るですよ!? 人生を捧げてもいいと思ったほどの推しが!!」

「……ほ、本人に向かってなに言ってんのよ。そ、そういうのは事務所経由で……」

 ミズキはおさげの毛先をいじりながらそっぽ向く。

 照れてる。俺の推しかわいい。

 ん? ちょっと待てよ。ミズキが本当はノア様だったってことは……。

「ゔわぉぇ……っ。もしかして俺、ノア様本人に向かってノア様がどれだけ素晴らしい人か力説してた……ってコト!?」

 死にたい。控えめに言ってマントルを突き抜けて地球の中心まで潜ってそのすみっこで暮らしたい。

「今更でしょ……ていうかなに今の声。どっから出てるのよ」

 ミズキは呆れたようにため息をつく。

 俺と同じようにスマホを机の上に置くと、俺が差し出したノートとペンを受け取り、ノートの表紙裏にペンを走らせ始めた。

 さらさらと書かれた独特なそれは、俺がネットで何度も見ていたクセのあるサインだった。

「はい。事務所からあんまり気軽にサイン書くなって言われてるけど……特別よ」

「あ、あぁ……! そんな、まさか本当に書いてくれるなんて。ありがとう、……ございますッ!! い、いいいくら払えばいいですか⁉ それとも振込⁉ やっぱり事務所宛⁉」

「お金はいいから! あと敬語もやめてってば。なんで突然そんな恭しくなるのよ。いつも私に向かってノア様のお声がどうとか演技がどうとか力説してたじゃない」

「それはノア様じゃなくてミズキにだろう! オタクはなぁ……! 推しを前にしたら認知して欲しいけど嫌われたくなくて日和っちまう、そんなか弱い生き物なんだよ!!」

「そ、そうなんだ……大変なのね……強く生きなさい」

 ヤバい、推しにガチで引かれた。

 終わったかも、俺のオタク人生。

 俺はサインを書いてもらったノートに傷が付かないように、カバンの中にそっとしまい込んだ。

「転売とかしないでよ」

「するわけないだろ! 帰りに額縁買って部屋に飾って家宝にして毎日拝むんだから!」

「きもちわるッ」

「あっ! 今の『魔道将校ブレイジング・スター』のキユリ様っぽかった!」

「私が演じてるキャラなんだから当たり前でしょうが! ぽいとか言うな!」

 そうでした本人でした。

 確かにノア様なんだって意識して聞くと、声の特徴をよくおさえているというか、本人そっくりというか……いや本人なんだけどね。

 よし、確かめてみるか。

「いや~、やっぱりまだ信じきれなくてさ~。ノア様本人が目の前にいるだなんて。もっと色んなキャラの演技を聞いてみないとさぁ~」

「あんたが聞きたいだけでしょうそれ」

「そうとも言う」

 はーっ、とミズキはめんどくさそうに大きくため息を吐いた。

「いいわ、私もプロだもの。ファンの要望の一つや二つ、応えてやろうじゃない」

「お前が本人だったらな」

 俺とミズキとの間に見えない火花が散る。

 これは、オタクとプロの譲れない戦い……!

 どんなキャラを指定するべきか。腕を組みチョイスする作品を考える。

 有無を言わさず、これぞ緋水ノア! っと言えるような代表的なキャラクターと言えば――。

「じゃあ、『境界戦線』のミシェル・ブラッド」

「『血壊舞踏ブラッディリード、《視えざる埋葬の掌インヴィテーション・グラブ》』」

「おおおおおおっ!」

 ミズキは右の掌を頭上に掲げながらセリフを即座に暗唱してみせた。

 難しい技名に加え、実際にアニメ本編でキャラが取っていたキメポーズの再現まで……完璧だ!

「仕事以外で真面目に演じるの結構恥ずかしいんだけど……。これで本人だってわかった?」

「いやーまだまだ。『境界戦線』は大人気アニメ。ミズキが密かにセリフを練習していた可能性もある」

「どんな可能性よっ」

「だから次は妹キャラで……そうだな、『おねがい☆Sister』の久遠琴子で、主人公に甘えるときの名台詞を!」

「どさくさに紛れてシチュエーションを指定してきたわね……」

 軽蔑のまなざしを向けられてしまう。俺はこんなに真剣なのに。

 ミズキは深呼吸をしてから髪を耳にかけながら集中している。

 役に入る、というやつだろうか。

「『お兄ちゃん……琴のこと、きらい?』」

「大好きですッ!!!!」

 これぞ全国のお兄ちゃんの心を鷲掴みにして出汁を取り骨抜きにした、琴子ちゃんの告白シーン!

 いつもはクールなお姉さんキャラの多いノア様の妹キャラの甘えボイス、たまんねぇっ。

「す、好きとか、こっち向いて言わないでよ」

「なんで? 好きなんだからいいじゃん」

「は、はぁ!? す、すす好きって……そんな……えへへ」

「やっぱりかわいいよな、琴子ちゃん」

「……知ってた、知ってたわ。そうよマサキはこういうヤツよ……」

 ミズキはぶつぶつ何か呟きながら腕を組んで机に突っ伏した。

「生で聞けるとは思わなかった。本当にノア様なんだな、ミズキ」

「最初からずっとそう言ってるでしょうが、バカ」

 机に伏せたままころんと顔を上げやさしく笑う。

 その表情は、いつもゲームをしながらバカ話をしているミズキの笑顔そのままで。

 もう何度も見ているはずなのに、なんだかいつもより可愛く見えた。 

「…………っ!」

 俺は、気恥ずかしくなって顔を背けてしまう。

 恥ずかしい? 俺が?

 それはそうだ。なんせ推し本人だと認めてしまった人が目の前にいる。

 おまけに、一緒にゲームをして遊んでいた親しい友人が推しだったなんて……どんな偶然だよ。

 ミズキの顔を見ようにもこの状況に思考が追い付かない。

 興奮と羞恥心とが入り混じったニヤけ顔を見られまいと逃げ場を求めて机の下に潜り込んだ。

「突然何やってんの?」

「避難訓練の予行演習」

「危機意識高すぎるでしょ……」

 ミズキは椅子に座ったまま組んでいた足を組み替える。

 俺は全然そんなつもりはなかったのだけれど、机の下に潜り込んでしまったせいで目線の高さ的にその様子をまじまじと見つめてしまったワケで。

 膝上までのニーソックスとスカートの間に存在すると言われる“絶対領域”。

 見る者の視線を釘付けにしてしまう魔の領域に、俺の視線も捕らわれてしまう。

 なんの部活にも所属していないわりには細く引き締まった足は、美しい白さをたたえている。

 程よい肉付きにすらりと伸びる脚線美。 

 ……なんか、ノア様のおみ足だと思うとすごく綺麗というかなんというか……。

「……すけべ」

「ちがっ……! いっでェっ!」

 ガンッと勢いよく机の裏に頭をぶつけてしまった。

 目の前に火花が散ったかのような錯覚に、思わず右手が伸びてしまう。

 助けを求めるように伸ばされた右手が掴んだのは、美術品のような推しの足だった。

「あ…………」

「何してるのよっ」

「ご、ごめん……! わざとじゃいっだァっ」

 慌てて右手を離し再び机に後頭部を強打してしまった。

 間違いなくたんこぶできてる。

「怒ってないから、早く出てきなさい」

「は、はい。ずびまぜんでした……」

 俺はもそもそと机の下から這い出る。

 椅子に座り直すと、ミズキが椅子の向きを変え、椅子の背もたれを抱きかかえるようにもたれ掛かると小声で話し始めた。

「マサキが私を……緋水ノアを好きでいてくれるのは、正直うれしい」

「ど、どういたしまして……?」

 求めていた推しからの認知。

 いつもの俺ならば、嬉しさのあまり歓喜の舞を踊りながら「今日と言う日を記念日として未来永劫忘れない!」とか叫んでいただろう。

 しかし、今目の前にいるは俺の良く知るゲーム友達の女の子だ。

「うれしいけど……じゃあ、?」

 ミズキは手を胸に当てながら振り絞るように言う。

「マサキのゲーム仲間で、同級生でクラスメイトの私は……水城愛実みずしろあみは、どうなの?」

 ……どう、とは。

 などと続く言葉の意味を聞き返すほど、空気が読めない男じゃない。

 耳まで真っ赤に染めながら、いつものようにおさげをいじり照れ隠しをするミズキを見れば、言葉の意味なんて聞かなくても判然としていた。

 ミズキは俺の答えを待っている。

 俺は、ミズキを……水城愛実をどう思っている?

「そんなの、決まってるだろ」

「え?」

 思わず口から洩れた呟きは、俺の感情の昂ぶりからだ。

 俺はスマホを手に取ると、『グリグリ』のキャラクター一覧からリトナを探し、《強化》のボタンをタップする。

 レベルMAXまで一気に経験値アイテムを投入する。

「マサキ?」

「俺はただの声優オタクで、ゲーマーで、わりとどうしようもないヤツだっていう自覚もある」

 強化を終えたあと、好感度を上げるためのプレゼントを送りまくる。

 リトナの好きなものは甘いお菓子。溜め込んでいたケーキを大量に消費していく。

「そんな俺と一緒に遊んでくれる友達はほとんどいなくてさ。たまに一緒にゲームしても、俺の遊び方に付き合ってくれるようなやつもいなくて……。でも、ミズキは違ったよな」

 ミズキは何も言わず、ただ俺をじっと見ている。

 スマホを持つ俺の手が震えているような気がするが、気のせいだと思い込む。

「格ゲーにハマったときはコンボ練習にも付き合ってくれたし、音ゲーにハマったときは一緒に好きな曲について語り合った。『グリグリ』だって、お前が一緒にやろうって誘ってくれたもんな」

「そんなことも、あったわね」

 ミズキは昔を懐かしむように微笑んだ。

 視界の端にそんなミズキを見ながらも、俺はタップする指を止めない。

 好感度を上げ切ったあと、ゲーム内のショップであのアイテムを購入する。

 課金アイテムの購入確認画面で、迷うことな《はい》を押す。

「お前が声優で、しかも俺の最推しの緋水ノアだったってのには驚いたけど……、だからってミズキはミズキだろ。いつも俺と一緒に遊んでくれた、大切なゲーム仲間で……だからっ」

 俺は最後の確認画面を表示させたところで、スマホの画面をミズキに見せた。

「これって……“覚醒の指輪”?」

 『グリグリ』には、レベルと好感度を最大まで上げ切ったキャラクターをさらに強化するための課金アイテムが存在する。

 それが、“覚醒の指輪”。

 お気に入りのキャラクターに送ることで、より強く、より親密になれる上限解放システム。

 この指輪には宝石があしらわれていて、一部のユーザーの間では“結婚指輪”なんて呼ばれていたりするもので。

 もちろん、ミズキもそのことを知っているだろう。

 俺が見せたスマホの画面には、“覚醒の指輪”を使用する確認画面、《はい》と《いいえ》が表示されている。

「だからできれば、これからもずっと俺と一緒にいて欲しいって、……そう思ってる」

「――――――っ」

 言い終わると同時に、俺は《はい》のボタンをタップした。

 《覚醒完了》の文字が表示されると、キャラクターアイコンの隅に☆マークが点灯した。

 俺はやりきった思いでいっぱいだったが、ミズキからの反応がない。

 も、もしかして……やらかしたか?

 さっきから右手で口を覆ったままぷるぷる震えているミズキの顔を、恐る恐るのぞきこむ。

 すると、ミズキは――。

 めっちゃ笑いをこらえてた。

「ぷっ……ふふっ! げ、ゲーム内のアイテムで告白って……あはははっ!」

「お、おま……っ! そんなに笑うことかァ!?」

「笑うなって言うほうが無理でしょ。おっかしぃ……!」

 我慢することをやめ、堂々と笑い始めたミズキ。

「っていうか、それじゃ告白どころかプロポーズでしょ」

「とっさに思いついたのがこれだったんだよ。いいだろ、別に。お前となら悪くもないかなって思ってるのは本当だし」

「……あんた、一回吹っ切れるととんでもないことさらっと言うわね」

「ウルセー」

 ミズキに茶化されてしまった俺は、すねた子どものようにそっぽを向いた。

 顔が熱い。顔どころか全身真っ赤に茹で上がった気分だ。

「そういう時は、素直に一言気持ちを伝えるだけでいいのよ」

 ミズキは椅子から立ち上がり、教卓のほうへと歩いて行く。

 スカートをなびかせながらくるりと振り返る。

 窓の隙間から風が吹き込む。カーテンを揺らし、ミズキの長い黒髪もふわりと浮いて――。


「好きよ、政人まさと


「――――――っ」

 差し込む日の光のせいだろうか。

 まるで、アニメのワンシーンかのような光景に俺は……立樹政人は椅子に縛り付けられたように動けずにいた。

 だけどこれだけは伝えなければと、本能的に口が動いた。

 動いてしまった。

 そう、この光景にこのセリフは、まるで……。

「『青春と妄想は紙一重』の、ハル姉の告白シーンみたいだ」

「……こんの、バカマサキッ!!」

「ぐぅえっ!」

 ミズキは黒板消しを手に取り、渾身の力で俺に投げつけた。

 俺はそれを防ぐことすら忘れてしまうほど、水城愛実に見入ってしまっていたようで。

 直撃した黒板消しにより大きく後ろにのけぞり、椅子ごとひっくり返ってしまう。

 まったく、なんでこんなやつを……と、ミズキがなにやら俺へのうらみつらみを吐いている。

「ぷっ、……はははっ」

 俺はついにこらえきれずに笑いだしてしまう。

 それにつられて、ミズキも笑いだす。

 俺たち以外誰もいない教室を、二つの笑い声だけが満たしていた。

 

 スマホにはリトナの覚醒完了の画面が表示されたまま。

 そこには、凛々しい騎士としての姿とは違う、主を想う心優しき一人の女性の姿が映し出されていた。


『騎士としても、一人の女としても、お慕い申し上げております』


 ――笑いつかれてから数分後。

 このセリフを言って欲しい! とミズキに頼み込んで再び黒板消しを投げ付けられるのだった。


【おしまい】



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