プリズンブレイク

べっ紅飴

第1話 投獄

「ほらとっとと歩け!」


背後から男の怒鳴りつける声が聞こえる。とてもうるさい。石造りで話し声一つない監獄では物音一つ大きく響く。


実に懐かしく、最悪な記憶だ。


_______まさか再びここに戻ってくるハメになるとは。


2年前まで俺はこの名前すら知らぬ監獄で3年もの間牢に繋がれていた。腐りかけの飯と、囚人の心を折るための暴力の数々。まさにこの世の掃き溜めのような場所。


二度と戻ってくる気などなかったが、つまらないミスをしたせいで公安の畜生共に捕縛されてしまったのだ。


取り押さえられるまでの経緯を思い出し、俺はため息をつきたくなった。


因縁つけるも全ては看守の気分次第だ。この世でこれほど居心地の悪い場所なんてないだろう。


促されるままに歩を進めれば、通路の突き当りへと辿り着いた。


扉などなく、どう見ても行き止まりだった。


これ以上は進みようもなく、俺はその場で立ち止まった。


俺の後ろにいる看守達も立ち止まったようだが、それと同時に一人の看守がブツクサと小声で何かを呟き始めた。


10秒位そうしていたか。男がそれをやめた途端に、眼前の石壁が割れるように動き始めた。


それは人が二人ほど通れるくらいにまで開くと、そ

のまま動かなくなった。


「そのまま歩け。」


言われるがままに俺はその隙間を通り抜け、新たに現れた通路を進んだ。



ただひたすらにまっすぐ通路を進んだ先にあったのは、やはりというべきか人を一人だけ収容できるだろうかというくらいの牢屋だった。


「お前は一度脱獄しているようだからな。そういう奴が戻ってきたら特別扱いしてやるのが習わしなのさ。」


振り向かずとも看守がニヤけながら言っているのが分かった。


言わせておくのも悔しいものだが、ここでの立場は所詮囚人だ。国の法では死刑囚であっても刑罰の執行の瞬間までは命を保証されるとあるが、現実とは儚いものでできているというべきか、実際のところ看守の気分次第でそうした理屈は覆ってしまうのだ。


罪の軽重に関わらず、囚人であるということは看守たちの玩具であり、罰とは彼らの娯楽を満たすためのものでしかなかった。


だからこそ、俺はあの日脱獄をしたのだ。


しかしどういうわけか待ち受けていたのは再投獄という運命で、さらには独房行きという特別扱いだ。


ここでは協力者の一人すら見つけ出すことはできないだろう。


完全に命運は絶たれているように思えた。


ある種の諦観とともに俺は牢屋の中へと踏み入った。そして、一人だけ牢屋の中へ入った看守の手によって、俺の両足首に鎖に繋がれた鉄の枷が嵌められた。


「一人きりってのは人間なかなか辛いらしくてな?お前のようにここに入れられた奴は半月と持たずに狂っちまう。」


薄暗い牢の中からギラついた視線が俺を狙うように向けられていた。彼にあるのは囚人を見下すがゆえに生じた独尊にも似た感情だろう。その優越感は甘露にも等しいようだ。


「さて、お前はどうだろうな…?」


くつくつと笑いを堪えるような素振りで看守の一人は踵を返し去っていった。


残りの看守も牢屋の鍵を閉めたことを確認すると一人は興味なさげに、もう一人は憐れみの目を向けて、足早にここを立ち去っていった。


俺は固い石床に腰を下ろして、背中を冷たい壁に寄りかからせて、看守たちが去っていった通路の先をにらみつけるかのように、見えないはずの明日を見据えた。


「さて、どうしたもんかね。」

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