第11話 今日は、私が愛情を与えてあげるね♡

「私の勝ちでいいわね」

「……しょうがないわ。今回は私の負けってことでいいわ……」


 生徒会長は悔し気に、声を押し殺しながら言う。


 須々木真理すすき/まりは肩から力を抜いた後、手にしていたコントローラーをソファに置いていた。


「今日は隼人と好きにしてもいいわ」

「……わかりました。そうさせてもらいます」


 遊子菜乃葉ゆず/なのはは、先輩から許可を貰うのだが、あまり嬉しそうな表情ではなかった。


 やはり、先ほどの格闘ゲームの結果である。


 タイムアウトとテレビ画面に表示され、ゲームが終了したわけだが。もっと時間があれば、菜乃葉の負けであった可能性が高い。


 菜乃葉は今回、最も得意とするキャラを使用したのに、押され気味だったことに悔しさを感じているのだ。


「私は一人で過ごすから。でも、明日は絶対に負けないからね」

「私もそのつもりですから」

「それで、明日の勝負内容は何にするの?」

「それは、なんでもいいです。今日は私が得意なことでしたので。明日は、生徒会長が決めてもいいですから」

「わかったわ。そうさせてもらうわ。今日中には、明日やることを決めておくから」


 と、真理はソファから立ち上がる。


 そして、食事用の長テーブル前の椅子に座っていた隼人は、先輩と視線が合う。


「隼人。さっきの話を聞いてた?」

「はい。聞いてましたけど」

「だったら、わかるわよね。菜乃葉さんと今日は過ごしてもいいから」

「わかりました」


 崎上隼人さきがみ/はやとは簡単に頷く。


「では、私は、ここで失礼するわ」

「どこに行くんですか?」

「二階よ。一応、生徒会で必要な資料を書かないといけないから」

「でも、二階のどこですか?」

「君の部屋とかはダメ?」

「それは……ちょっと難しいですかね。でしたら、二階に、今使っていない部屋があるので、そこに案内する感じでもいいですか?」

「ええ。いいわ。確かに、君の部屋にいたら、二人でやり取りしづらいわよね?」

「まあ、そうですね」

「でも、明日は絶対に隼人と過ごすつもりだから」


 先輩はまだ明日にはなっていないのに、勝ち誇った表情を隼人にだけ見せていた。


 隼人は、先輩を二階の空き部屋に案内する。そのあと、菜乃葉がいるリビング再び戻ってくるのだった。






「……私、さっき、負けそうだったの」


 隼人は菜乃葉と隣同士でソファに座っていた。


「先輩って、意外と強かったからな。初めてっていうわりには上手だったというか」

「そうね……」


 幼馴染はショックを受けているようだった。


 得意なキャラを使って、押し負けていたからだ。


「でも、キャラ同士の相性が悪かったし。しょうがないんじゃないか?」

「そうかもしれないけど……ちょっと納得がいかないの」


 菜乃葉は唇を強く噛みしめていた。


「菜乃葉?」

「なに?」

「今からどうする? 菜乃葉が勝ったのなら、何かやりたいことってあるんだろ?」

「うん……あるよ」

「そろそろ、気分を変えた方がいいよ」

「……私だって、そう思ってるけど」

「どうしたら、決別できる?」

「……隼人が、私の頭を撫でてくれるなら」

「それでいいの?」

「うん」


 菜乃葉は頬を紅潮させ、恥ずかしそうに頷いていた。


「いいよ、触っても」

「なんか、上目遣いで見られながらだと、変に意識してしまうだけど」


 隼人がそう言うと、さらに菜乃葉の頬が真っ赤になっていくのだった。




 菜乃葉の体は温かった。


 緊張しているから、体の体温が上がっているのかもしれない。


 同時に隼人も緊張しており、幼馴染のことを意識すればするほどに、胸の内が熱くなる。


 隼人は菜乃葉のことが好きだった。


 けど、今まで幼馴染として、友達以上、恋人未満の関係で付き合ってきたのだ。


 この前、彼女から想いを告げられた。


 正直嬉しかったのだ。


 自宅リビング。

 二人は同じソファに隣同士で座っている。


 一緒にいられるだけでも、胸の内が温かくなっていく。


 これが好きという感情なのだろうか?


 幼馴染から好意を抱かれていると思うと気分がよくなっていく。




「隼人は何をしたい?」

「今日?」

「うん」

「何にしようかな」


 先ほど、街中のハンバーガー店で食事を済ませてきた。


 けど、ちょっとだけお腹が減っていたのだ。


 今日はとにかく生徒会としての業務が多かった。

 普段は使わない力を使ったことで、かなり体力が消耗しているのだろう。




「食事とか?」

「いいよ」

「というか、菜乃葉ってハンバーガーとか食べたっけ?」

「んん、ちょっとしか食べてないよ。だって、隼人が、食べているところを見ていたかったから」


 そう言うと、彼女は距離を詰めてくる。


 隼人の右腕に、幼馴染の温もりが接触した。


 内面から湧き上がってくる幸せな感情。

 今をもっと堪能したかった。




「隼人、今から夕食を作るから、ちょっと待っててね」


 菜乃葉は隼人の隣で、耳元で囁くように、少し誘惑するかのような口調。


「ねえ、何がいい?」


 菜乃葉はおっぱいを隼人の腕に押し付けながら聞いてくる。


「……ハンバーグでもいいよ」

「それでいい?」

「うん」


 おっぱいを感じ、隼人は緊張しながらの返答になってしまうのだった。






 菜乃葉が料理を初めて、一時間ほどが経過した。


 程よい匂いが、キッチンからリビングから漂ってくる。


 ご飯のほのかな香りと、ハンバーグのデミグラス風の匂い。それから、みそ汁の味が隼人を誘惑するかのようだ。


「隼人。できたよ。早く一緒に食べよ」


 幼馴染は、楽し気な口調と足取りでキッチンの方からやってくる。


 須々木先輩に負け、落ち込んでいた彼女はもういなかった。


 食事用のテーブル前の席。隼人の前に料理が盛り付けられた皿が並べられる。


「どうぞ、自由に食べてもいいからね」


 菜乃葉は、椅子に座っている隼人の右隣に腰を下ろしていた。


「それとも、私から食べさせてもらいたい?」

「そ、そのつもりじゃないのか?」

「そう思ってたの?」


 幼馴染は意地悪く、ちょっとだけ蠱惑的な表情を浮かべていた。


 なぜか、隼人のことを焦らし始めたのだ。


「いいよ。私が食べさせてあげるね♡」


 彼女は席に座り、箸を手にすると、皿に盛りつけられたハンバーグをちょっとだけ崩すように摘まむ。


「はい、口を開けて」

「うん……」


 隼人の緊張感はさらに加速していく。

 ただ、食べるだけだというのに、二人っきりの空間ということを意識すると、店屋でのイチャイチャ行為よりも気恥ずかしく感じる。


「……」


 隼人は咀嚼する。


「ねえ、美味しい?」

「うん」

「よかった。次はご飯を食べさせてあげるから、あーんして」


 菜乃葉は嬉しそうな表情を浮かべ、箸で少量のご飯を摘まみ、隼人の口元へ運んでくる。


「もっと口を開けて」

「ま、まだ、ちょっと口の中に入っているというか……」

「いいじゃん、開けて」

「ん……」


 隼人は水を飲み、勢いよく喉を潤した後、菜乃葉からの愛情を貰ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る