神の使いに、「あなたの人生はあと一生です。」と言われたから、これまで500回転生を繰り返してきた俺は最後の人生を平和に、豊かに過ごそうと思ってはいる。

れんこんさん

第1話:あなたの人生はあと一生です(改訂版)


そこはまさに天界という名称に相応しいところだった。一面の雪...雲景色と言えばいいのか、とにかく、地面が雲だった。空は青く澄み切って、雲ひとつない。地面にはあるが。

実は、俺がここに来るのは初めてでは無い。初めてここに来たのは──もう何年前か覚えていない。たしか元々、俺は日本という国に住む青年だった。何かしらの帰りに何かしらに轢かれて死んで、ここに来た。気づいたら俺は空の上にいたのだ。

そして、「神の使い」と名乗る女性に会った。


「まだ若いのに死んでしまうなんて、可哀想だと神は仰っています。全ては神の意志の下、貴方には別の世界、異世界にて生活してもらいます。神の意思は絶対です。」


このような事を言われた気がする。初めての転生だからか、そこの部分はわりとはっきり覚えている。

俺は、なんて名前だったか...思い出せない。思い出す必要も無いか。



また、死んだ。これで501回目だ。



「あら、また死んだのですか?早いですね。」

彼女がまるで意外そうに言った。

ここに来るのは500回目だ。転生の回数も500回。ここに来る前に死んだのを合わせたら501回死んだことになるはず。これらの情報が分かるのは、目の前にいる「神の使い」がどこからか白い板(たしかホワイトボードという名前だ)のようなものを持ってきてそこに「正」と書いて回数を数えているからだ。彼女曰く、「正」1つで「5回」を表しているそうだ。

「ふふ...もう常連ですね...。来なくていいんですよ?」

何故か笑いながら言う。人の死を笑うな。

「来たくなくても来ちゃうんですよ...。」

彼女と白い板以外、見渡す限り雲と青空しかない空間...。俺は色んな世界を渡り歩いて色んな景色を見ているけれど、彼女はずっとここにいて飽きないのかとふと思った。

「で?次は何の世界ですか?性別は?種族は?差別されるようなめんどくさいのはもうやめて欲しいんですけど...?」

500回も色んな世界で生活すると、楽な生活を送れる時はほんの数回で、大抵が貧民だったり、亜人差別のある世界で亜人だったり、人差別がある世界で人だったり、そもそも人型でなかったりした。人や亜人の中でも差別があった事もある。俺はなるべく楽して生きていたいと考えているので、そういうのはお断りしたいんだ。


「次の世界は貴方の大好きな、初めて転生した世界とほとんど変わらない世界ですよ。」


またか、と思った。

俺が初めて転生した世界、そこでは、魔法というものを使うことが出来た。魔物という、動物とは少し違う生物がいたり、それを統べる魔の王がいたり、ファンタジーな世界だった。


...?ファンタジーってどういう意味だった...?思い出せない。ついこの単語が出ていた...。

まぁこれに関しては、神の使いが「貴方の記憶は徐々に薄れていくだけで、前世、前前世、前前前世の記憶が完全に無くなるわけではないですよ。」と言っていたのでおそらくその前前前...世の記憶とやらによるものなんだろう。

というか、俺はそんなファンタジーの世界にはもう何度も来ている。「貴方の大好きな」とか言われてもそろそろ飽きが、というかかなり前から飽きが来ている。

なので、最近の転生後の人生はかなり短いものとなっている。


こんなつまらない世界に生きたくないんだ。


(...まぁ、あの世界もわりと差別はあったからなぁ...)


「安心してください。差別がない世界を神がお造りになられましたので。」

彼女は俺の心を読んだようだ。彼女の前では嘘や誤魔化しが通じない。

「え?これまで貧民やら亜人やらゼリー状の生き物やらに転生させてきて、その度迫害を受けさせてきた神様がどうして急に俺に配慮してくれるようになったんですか?」

彼女は俺を一瞬睨んだが、直ぐに笑顔を作った。さすがに神を侮辱するのはまずかったかもしれないな。

そう呑気な事を考えていた俺に、次の瞬間、彼女は衝撃の事実を告げた。どれくらい衝撃的かというと.....いい例えが思いつかない。

思考できないくらいだ。


彼女は笑顔を崩さずに言った。


「貴方の人生があと一生だからです。」


笑顔を崩さない彼女に対し、俺はというと馬鹿みたいに口を開けて、しばらく表情が変わらずにいた。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


「あっ」気がついた。あまりのショックで意識が飛んでいたみたいだ。

「え、いや、あのー...あと一生.....って?」

「はい、貴方の人生はあと一生です。」

彼女はそう言って微笑んだ。...笑えない。

少し、周囲の気温が低くなるのを感じた。

「あー.....。人生の単位って生なんだ...。」

あまりに驚きすぎて、返答が稚拙になった。これまで、相手が「神の使い」だからと無理に使おうと意識していた敬語すら、衝撃的すぎて使うのを忘れてしまった。

「じゃなくて、もう終わり?ってこと...?これまで500回も転生してきて...?」

「はい、終わりです。神曰く、世界を作りすぎて管理しきれないと。」

彼女曰く、俺が転生する度に神が新しい世界を作っているらしかった。普通、人一人のためにそんな事するか?手間かかりすぎでしょ。神様は俺の事が好きなのかな。

そんな事を考えていた。

彼女の笑みが一瞬崩れたような気がした。

「はぁーあ...まぁいっかぁ!何回も転生して人生送るのいい加減飽きてるし。いい機会だわ。ところでその世界で死んだらどうなるの?」

「貴方の魂は神の元へ向かい、神の食事となり消滅します。」

「食べるんだ!?えぇ!?」

衝撃的すぎる。今の一瞬だけで俺の知らない事がポンポン出過ぎてる。急展開すぎて最終回かと思った。いや、実際次の人生で俺の人生は最終回を迎えるのだけど。

「...では、貴方の最後の人生について説明させて頂きます。」

「心の準備が全く出来てないんですが...」

「まず、貴方の記憶について━━━━━━」

彼女は容赦なく話し始めた。


聞く耳持ってほしいな、最後なんだから。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤



彼女が言った事を要約すると、まず、俺の記憶は成長段階に応じて思い出す事ができる。これはこれまでの転生と同じ、情報が脳に入り切らないから成熟するまで待たなければならない。

次に、一言だけ記憶したまま転生できるという事。これはおそらく、死んだら後がないという事を次世の成熟前の自分に伝えるための手段だと思う。彼女は「ご自由に」と言っていたけれど、絶対そういうことだ。

そして、これまで身に付けてきた力は引き継ぐ事ができないという事。これまでの転生では、身につけてきた力はなんでも引き継ぐ事が出来たけれど、今世はそうはいかないらしい。


その後は特に重要な事は言っていなかった。


以下、楽に生きたい俺と神の使いとの会話である。


「転生特典は?」

「ないです。」

「...なんか才能、みたいなのは...」

「.....?知らないです。運任せです。」

「地位は...?」

「?差別が生まれてしまいますよ?」

「俺が上の地位なら差別なんてあってもいいです。」

「...なるほど。じゃあ階級は作りますか...まぁ貴方の運に期待してください。」

「チートは?」

「なんですか?チートとは?」

「無双出来るやつ。」

「ないです。」

「あの、なんか持って行けるものとか...」

「一言、言葉を。」

「あ、あ〜もういいです。どうしようもないって事が分かりました〜。」


彼女は、もう何も言う気のない俺を見た。


「では、準備が出来たということでいいですね?」

「...はい。」

「飛ばしますね〜。では、」


彼女は最後に俺に向かってお辞儀をした。


「貴方に永い一生が訪れますよう。」


そして、俺は天界を後にした。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


誰かの顔が見える。2人、男と女だ。

誰かの泣き声が聞こえる。それは赤子の僕のだと分かった。

「今世が最後だ。」

どういう意味か分からないけど、その言葉が僕の頭の中に入ってきた。

涙で潤んだ視界で辺りを見回すと、家の中のはずなのに外が見えた。外で子供たちが遊んでいるのが見える。路肩で自宅の補強をしている人が見える。水を運んでいる人が見える。

そこは紛れもない貧民街で、僕はそこの貧民として転生した。

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