【旧】とある日の絵里 ~カツ夫と海の仲間たち~
マクスウェルの仔猫
第1話 清川絵里という女の子
(どうしても、アップルパイに言葉が負けちゃう……)
唇を尖らせて、ぴよんぴよん、と指先で弾く絵里。
本棚の近くにある丸椅子に座り、膝の上に置いたノートPCでバイト先の試作品のアップルパイの画像を見つつ、むむむっ!と考えている。
●
去年、バイト先の小さなカフェ、『プチ=フラン』で新作のパスタのPOP等を任された絵里は、その商品の売れ行きが良かった為にオーナーに褒められた。
そして今ではそのパスタがカフェのイチオシメニューになっているという経緯があり、今回も新メニューの宣伝を任されたのだ。
たっぷりのクリームにほうれん草と厚切りのベーコンをふんだんに乗せ、オーナーが考案した独自の配合の黒胡椒が更に食欲を掻き立てる、そのパスタ。
味も彩りも申し分なく、量に合わせた細かい値段設定により、がっつり食べる派から味わいを重視する小食派までが楽しめるメニューとして、名物メニューとなった。
だが。
カフェと名物メニューが人気のある理由はそれだけではなかった。
絵里自体が、『プチ=フラン』の名物であり、老若男女が通い詰めているのだ。
●
ニコニコ、ふわふわと、来店した客に本当に嬉しそうな顔で笑いかけ。
注文は、『聞き逃しません!』という雰囲気で気合を入れては、また笑顔。
注文を聞いている最中も。
聞き終えた後も。
料理を運んだ時も。
水やドリンクのお替りの時も。
皿やグラスを客が割ってしまった時も。
満席で、修羅場のような雰囲気の時も。
泣き続ける赤ん坊や子供の前でも。
自分が携わったメニューのオーダーが入った時も。
お会計の時も。
見送りの時も。
そして、時折はにかんで。
悩んだり落ち込んだりする客も、笑顔を見て思わずつられて笑ってしまう。また顔を見に来たくなってしまう。
それが、清川絵里、という女の子だった。
もっとも。
絵里はといえば、自分に人気がある事をつゆ知らず。
自分の働くカフェが人気店として賑わっている事を嬉しげに、家族や友達に話しているばかりであった。
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