第七話

 深作は問いかけながら林道の脇に退いて、地面に右の膝をつく。

 いかにもという、凛としたいらえがあった瞬間に、毛穴が一気に開いた気がした。


「某、土豪の深作平兵衛ふかさくへいべいと、申しまする。この御神山を含め、一帯を取り仕切っておりまするが故、不審な者が荒らしているとの報を受け、参った次第にございます」


 腹の底から声を張りつつ、冷たい汗が珠のように、胸や背中を伝い流れていくのを感じた。

 腰縄に、ウサギやキジの死骸をぶら下げ、異形のなりをしていても、尾張国を司る一国一城の主の跡継ぎ。

 

 土豪といえども、百姓に毛が生えた程度の身分では、面識を得られるはずもないのだが、刃を向けたとがは大きい。

 信長の一存次第で全員が、首を跳ねられかねない状勢だ。

 深作は、側近達に刀と槍を収めさせ、地べたに額をつけさせた。

 そして、その先頭で平伏する。

 

 頭領の自分が早く気づいていたのなら、防げたはずの顛末てんまつに、歯噛みをしながら沙汰さたを待つ。

 

 すると程なく「大義である」とのねぎらいが、頭の上から降ってきた。


 下々の者を尊大な態度で脅すでもなく、むしろ典雅な知性さえをも匂わせる。

 そんな威厳と風格がある。

 姿形を見なければ、国主の頼もしい若君だ。

 

 何の咎めもないままで、深作達の伏した頭の前方で砂利を踏みしめ、背中を向けた信長は、淡々とした足取りで遠ざかり、やがて気配を消し去った。


「……旦那、いったい誰なんですか? 今のは」


 と、市松に恐る恐る訊ねられ、土下座していた深作も、ふらつく頭を持ち上げた。上げると同時に空を仰ぎ、思わず肩で息を吐く。

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