第55話 少女、明るい未来を共有する。

「この素材、少し魔力を加えてみてもいいだろうか」

「いいよー。でもやるなら外でやってきて。魔力量によっては爆破する恐れがあるからね」

「わかった。トラバスタ嬢は他の素材を吟味していてくれ」


 そう言って、ブツブツ言いながら外へ向かうマークさん。

 その足取りは軽く、表情が読みにくいながらも楽しそうなことが窺える。


 だよね、こんな豪華な素材を自分でいじれる機会って学生ではなかなかないもんね。わたしもどれか挑戦してみようかなぁ。


 でもわたしでもできるものかな? ノーラ起こしたほうがいいかな?


 今も目を閉じれば、ノーラはわたしの中でスヤスヤと丸くなって眠っている。

 その寝顔は普段の豪胆さを全く思わせない、とても無邪気な子供のようで。


 まだまだノーラのことはわからないことばかりだけど、とりあえず今起こすのはやめておこう。

 なら、今はマークさんが戻ってくるまで良さそうな素材の選別を進めているのが吉だろうと、再び目を開けると、アイヴィン=ダールさんがわたしを覗き込むようににっこり微笑んでくる。


「シシリー嬢も好きなの実験していいんだよ? どれも経費で落ちるから遠慮しないで」

「あ、いや……ノーラを起こすのも忍びないので、マークさんを待とうかと」

「大丈夫だよ。俺の見立てでは、もうきみ一人でも十分こなせると思うよ?」

「で、でも……」

「そんなに王立魔術研究所職員が信用ならない?」


 ほんっとーにずるい人!

 ノーラも大概だけど、この人は顔の良さもあって本当にずるい!


 本当お似合いの二人だよ……と言ってやりたいのは山々だけど、わたし一人でアイヴィンさん相手にそんな馴れ馴れしいことは言えるはずもなく。


 ただモジモジしていると、実験机に頬杖をついたアイヴィンさんが苦笑する。


「ノーラは今寝ているの?」

「あ……はい、お昼寝しています。その……何をしているのかはわからないんですけど、最近夜更かししているみたいで」

「きみに内緒で夜更かしって……きみたちっていつも一蓮托生じゃないんだ?」

「あ、どっちかが寝ている時は、どっちかの一存で身体を使うこともできます。最近まではずっと同じタイミングで寝食していたんですけど……」


 私の話を「ふーん」と真剣に聞いてくれるアイヴィンさん。

 こんなことノーラの時に聞けばいいのにな、と思うものの、アイヴィンさんはまだわたしを解放してくれないらしい。


「トラバスタ嬢も、俺の事情は知っているんだよね?」

「じ、事情とは……」

「俺が国王に身体を狙われていること」


 そう言えば、アイヴィンさんが「この言い方だと、なんかイヤらしい感じに聞こえるね」とサラッと笑う。それに……わたしはなんて答えれば……?


 でも……言いたい意図はわかるわけでして。

 わたしがこくりと頷くと、アイヴィンさんが目を細める。


「もし仮に誰かに憑依されるとしてもさ、きみたちみたいに仲良くできればいいのになって思ってね……ま、そんな上手い話はなかなかないと思うんだけど」

「……多分、大丈夫ですよ」


 あくまでそれは、わたしの憶測の話。

 ノーラはわたしと仲良くしてくれているようで、その実なにも本音を話してくれていないようにも思える。


 それでも、わたしは信じているのだ。


「すみません。何も根拠はないんですけど……多分、あなた大丈夫だと思います。わたしは何もしてあげられないけれど、ノーラなら、ノーラならきっと……」


 八百年前の悪女は、実はとても崇高な人物なのだと。

 魔法の天才で、とても努力家で、だけど誰よりも無邪気で、人が大好きで。

 そして、そんなノーラが好きな相手がこんな可哀想な境遇なのに、何もしないで消えようとしているなんて、とてもじゃないけど思えないから。


 ――だから、アイヴィンさんは大丈夫。

 ――だけど、ノーラは一年後に消えてしまうって。


 違う、もう一年もない。あと半年くらいしかない。

 思わず唇を噛んでいると、アイヴィンさんに唇の下を軽く引っ張られた。


「ほら、そんな顔しないの。ノーラは絶対に大丈夫だから」

「えっ?」


 わたしは、何も言っていないのに。

 アイヴィン=ダールの言葉には確かな信頼が聞いて取れた。


「ノーラは来年の春も、必ずきみのそばにいるよ。……まぁ、もしかしたら『八百年後の世界を堪能してきます』とか言って、世界一周旅行に行っちゃう可能性は無きにしも非ずだけど」


 その本当にありそうな、あってほしい未来に、わたしは苦笑する。


「それでもいいです。たくさんのお土産話が聞けるのなら」

「謙虚だな~! どうせなら物をねだろうよ!」

「アイヴィンさんは何を貰いたいんですか?」

「いや、俺はついていくから」


 得意げに言い切るアイヴィンさんに思わず噴き出すと、彼は表情を柔和に緩めた。


「だから一人で困ったことがあったらすぐに言ってね。必ず手を貸すから」

「……ありがとうございます」


 そして、『ノーラが旅先でやらかしそうなこと』について盛り上がっていると、マークさんが戻ってくる。「僕、お邪魔だったりするか?」と真顔で問われて、わたしは慌てて否定して。


 たまに脱線に逸れながらも、その日のうちに無事素材の選定を済ませることができた。

 



 さて、無事に素材が決まったなら、次は肝心の刻む魔術式の開発である。


(ちょっとシシリー、早く寝ないとお肌に悪いよー?)

(もうちょっとだけ!)


 放課後だけでは時間が足りず、寝る間も惜しんで色んな論文を読み漁ったりしていると。

 ある日、マークさんがとある論文を見せてきた。


「トラバスタ嬢、これどう思う?」

「式の時間移動……ですか?」

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