3章 部活に入ろう!
第14話 悪女、転校生をナンパする。
「意中の女性を口説かないのも、興味のない女性に優しくするのも、両方失礼な話だろう?」
あれからもアイヴィン=ダールの様子に変化はなかった。
私を見かければ甘い言葉を吐き、他の令嬢らに声を掛けられたら素っ気ない。
私がシシリーの身体を借りるようになって二週間。その日も登校時にたまたま昇降口で会い、なんとなくの流れで教室まで一緒することになって。上記の理由の是非を問うた返答が、先の言葉である。
「こないだ言ったこと、覚えているよね?」
それは当然、
信じるにしろ、信じないしろ。どのみち距離を置くようになるのが人間の
「より興味がある」
「そりゃそーですか」
にんまりしたアイヴィンに肩を竦めれば、彼は「そうそう」と話を変えてきた。
「今日ね、転校生が来るんだって」
自己紹介の声はとても小さかった。
「……ハナ=フィールドです。よろしくお願いします」
黄色みがかった肌の色に特徴がある少女だった。いや、肌の色だけじゃないね。その名前しかり、やたらレンズに厚みのある眼鏡しかり、黒髪を三つ編みしているという髪型しかり。スカートの丈も他の生徒らより長く、肌の露出は顔以外にほとんどない。
そんな地味……というより、野暮ったいという印象を受ける少女がそれだけ挨拶すると、すぐに先生に案内された席に座っていた。先生の話曰く、突如異国から引っ越してくることになった少女らしい。両親が急死してしまったことにより、他国の血縁を頼ってきたのだそうだ。
授業中、私は窓際の彼女をチラチラと観察する。
慣れない異国の地。両親が亡くなってしまったこともあって、とても心細かろう。印象からして引っ込み思案なのならば……シシリー同様、どうも他人とは思えない。
(ねぇ、シシリー。あの子とかどう?)
(どうって何が……かな?)
(ふふっ。あなたのお友達にってこと)
アニータもいい子だけど、どうもシシリーからすればハッキリものを言う子はまだ怖いらしい。だったら同じような印象の子と仲良くなるのはどうかと思った次第である。
だけど、シシリーは難色を示した。
(あの……無理に交友関係を増やさなくても……)
(だって、卒業するまでにあなたの親友を見つける約束でしょ? 一年なんてあっという間なんだし……それに友達なんて何人いてもいいと思わない?)
八百年前には『ともだちは百人つくろう!』なんて歌もあったくらいだ。今までのクラスメイトと仲良くなれれば多少はそれに近づくものの……なぜか話しかけてもやんわり逃げられるのだ。なぜなのか。
だから新しい人ならば――と、私は午前の授業が終わる早々、ハナという転校生に話しかけに行く。
「ねぇ、ハナちゃん。私とお友達になってくれない?」
「結構です」
「そんなこと言わないでさ。私も今おしゃれを勉強しているの。一緒にどうかなって思って」
「興味ありません」
「それじゃあ、せめてお昼ご飯でも一緒にどうかな? あなたのこと知りた――」
「私は知ってもらいたくありません。二度と話しかけないでください」
私は食堂で項垂れていた。
「……私の何が悪かったんだと思う?」
「あなた友達作ったことないでしょう?」
アニータは今日も私に手厳しい。だけど、私は知っている。
「あるよ。目の前に第一号がいるもの」
そう指をさせば、彼女が顔を真っ赤に染め上げることを。
あー、今日も私の友達がとても
……と、それはともかく。
私は落ち込んでいた。そんなにシシリーはダメかな。だいぶ肌の手入れも行き届いてきたし、きちんと枝毛も切ったし、このあいだ制服もアニータの全然綺麗なおさがりを貰ったのだ。どこからどう見ても、普通に可愛いご令嬢になれたかと思ったのに……。
私が落ち込んでいると、アニータがお水を飲んでから告げてきた。
「いきなり『あなたダサいですよ』と言われて機嫌よくなる人がいると思いますの?」
「私、そんなこと言ってないよ」
「『おしゃれを勉強しよう』という発言が同義だと言ってますの。あと、そもそも『ちゃん』呼びなんてお幾つのつもり? そんなでは社交界で誰にも相手にされないのが目に見えてますわ」
あーそうか。シシリーもお貴族だから、社交界というやつの対策もしておかないとか。マナーとダンス……かな。王族入りする予定だったから多少の知識はあるけど……ちょっと今はそっちまで考える余力がない。実をいうと、八百年前も冤罪で封印されたこと以外は、『失敗』と無縁の人生だったのだ。まさか、こんなところで初めての挫折をするとは……。
そんな落ち込んでいる友人に、アニータは残酷だった。
「あ、今日の放課後の勉強会はキャンセルさせてくださいますか? わたくしも勉強はしたいのですが、今週はずっと厳しいかと思います」
「え、なんで⁉」
アニータまで私を捨てるというの⁉
思わず身を乗り出せば、アニータも少し気まずそうな顔をしていた。
「部活の助っ人に呼ばれてますの。二年で辞めたつもりだったのですがね。新入生が慣れるまで、特別に指導に入ってほしいと頼まれてしまいまして」
「ぶかつ……?」
「姉の世話に追われていたあなたには無縁だったかもしれないわね……」
私が復活して二週間程度だが、春を迎えて三週間くらいである。
話によれば、今は学園生活になれた生徒たちが正式に部活動に入部する時期だったとか。勉強のため早めに引退したとのことだが、アニータも去年までは『魔導テニス部』のエースとして活躍していたとのこと。
部活――たしかに、『青春』といえば部活動っていう気もするね。
それに、部活に入れば必然的に知り合いも増える。
さすれば、シシリーの友人候補も見つかるのでは?
「よし、私も部活を始めてみようかな!」
「…………無理のない範囲をおすすめしますわ」
私の熱い意気込みに、アニータはなぜか乾いた笑みを浮かべていた。
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