第13話 悪女、トドメを刺す。

「だからシシリー=トラバスタ以外の何者にも見えないでしょう?」

「誤魔化すのもいい加減諦めたら?」


 アイヴィンの細めた瞳の奥は笑っていない。

 もっとちゃんと隠すべきだったのかなぁ、と反省する。八百年の自由……ちょっと自由を満喫しすぎだね。とってもとっても楽しかった。たったの二日間だったけど、八百年閉じこもっていた甲斐のあったような……とてもキラキラした時間だったよ。


 そう――終わってもいい心地で大魔法を放ったのに。

 まだ、『ノーラ=ノーズ』の命は終わっていないようだから。


 閉じていた目を開けて、私から彼の頬に口づけしてやる。

 可愛い天才くんへの細やかな復讐だ。保健室で首にされたことあるからね。


「枯草令嬢に、八百年前の稀代の魔女が憑依しているなんて聞いて、次代の賢者さまはどうするつもりなのかな?」

「は……?」


 目を丸くしたアイヴィンを見て、ふと思う。

 あーこの子は猫に似ているんだ。猫はね、前世でも少しだけ面倒見ていたことあったよ。私なりに一生懸命面倒みていたつもりだったんだけどね。いつの間にかどこかへ行っちゃった。……死に際、猫が行方を眩ますという習性があると知ったのは、結構経ったあとのこと。


 だから今後は、私が居なくなるだけのことなんだから。


「どうにもできないでしょう? だったらお互いこのことは忘れましょ?」


 そう挨拶してから、私は両手を叩く。するとアイヴィンの足元に現れるのは転送の魔法陣。彼の研究室に描いてあったのをね、覚えちゃった。シシリーの魔力でもこのくらいのことはできるようになったし、明日からはもっと楽しく学生生活が送れそうである。


 どんどん光が増す魔法陣の中で、アイヴィンが狼狽えているけれど。

 消えゆく彼に、私はにんまりと笑うだけ。


「それでは明日からもクラスメイトとして、どーぞよろしく」




 そして、翌朝。


「シシリー! 今朝もわたくしの食事を持ってこないとはどういうこと⁉」

「いや、昨日も喧嘩したんだから諦めてお姉ちゃんも食堂で食べようよ」


 もちろん、私はネリアの面倒なんか見てあげない。


「シシリー! 今日こそアイヴィン様とのお茶会をセッティングするのよ!」

「待ち合わせの言付けなら構わないけど、来てくれなくても知らないからね?」


 案の定、彼女は夕陽が沈むまでずっと一人であずまやに座っていたらしい。


「シシリー! 明日の試験はわかっているでしょうね⁉」

「いや、何も知らないよ?」


 シシリーに訊いてみれば、毎回試験はクラスバラバラで受けることを利用して、シシリーが双子の姉に変装&代筆をしていたらしい。当然、シシリーの分はネリアが受けたり、それすら面倒な時は欠席扱いされたりしていたというが――当然、私は答案用紙に『シシリー=トラバスタ』と書くわけで。


 しかも、


(はい、あとは頑張ってね?)

(えっ⁉)


 私が試験を受けたら、それこそお姉ちゃんと同じになっちゃうよね?

 試験中は誰とも話す必要はないんだし、身体の自由をシシリーと交換する。始めは狼狽えていたけど……一度ペンを動かし始めたら、最後まで止まることはなかった。


 どうやらシシリーという少女は学力も申し分ないらしい。

 とても将来が楽しみだ。私は試験時間の間、久々にお昼寝でもすることにする。




 そして、後日談。

 なぜか『シシリー=トラバスタ』と記名した生徒が二名いたとのことで、当人のシシリーと答案用紙がなかったネリアが先生に呼び出された。過去の代筆をした方にも責任を問われると困るので、私の方から二人きりの『再試験』の提案をした結果――見事、シシリーは満点に近い成績を取り、ネリアはボロボロの結果となったという。これから当分、放課後は補講だらけの日々になるそうだ。


「シシリー! 今日の補講代わりに出なさい!」

「行くわけないでしょー」

「あんた、わたくしに逆らうなんて――」


 やっぱり今までと変わったと学んでくれないネリアに、私はとうとう耳打ちする。


「別に今までの代筆の件、ぜ~んぶ先生に話してもいいんだよ?」

「えっ?」

「親の呼び出し? 謹慎で済むかな? 正直数が数だから退学は免れないだろうね。あーあ、パパからのお言葉が楽しみだねぇ。今まで可愛がられていた分……パパは泣くかな? 怒るかな?」


 すると、ネリアは今までで一番真剣な顔を向けてくる。


「あんた、恩を仇で売るつもりじゃ――」

「もちろんそんなことしたくないよ? だからこれからも一蓮托生で頑張ろうね、お姉ちゃん♡」

「い……いやあああああああ!」


 補講頑張ってねー、とヒラヒラを手を振りながら、私はシシリーに訊いてみる。


(あのばか助けなきゃ良かったとか後悔しないの?)


 その素朴な質問に、私は初めてシシリーの陽気な声を聴いた。


(正直好きとは言えないけど、死んでほしいとも思わないですよ)

(ふーん……とりあえず敬語、いい加減やめてね?)

(すみません……あ。)


 姉妹の関係性は、魔法の研究より難しいかも。

 その難問を解き明かせる日は、まだまだ先のようである。

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