三上典子の目視録

メガファイナルモミジ/

第1章 私の世界

第1話 【辞書/ほん】

 この世界にはたくさんの本がある。小説、漫画、図鑑、教科書、参考書、電子書籍なんかも一部の若者にとっては本のうちに入るだろう。でも、私が1番好きな本は辞書だ。辞書とは、あらゆる言葉とその解説が詰め込まれた情報と知識の集合体。それはもはや、この世界そのものを記録している本と言っても過言ではないだろう。

 すなわち___私の___



「三上っ!起きんかコラァ!」


 数学の先生の怒声で目が醒める。顔を上げると何人かのクラスメイトと先生がこちらを見ている。どうやら授業中に爆睡してしまったようだ。


「えっと…すみません。続けてください…ふわぁ…。」

「あくびをするな!まったく…。」


 ズキズキと頭が痛んで思考が纏まらない。どんな夢を見ていたかさえも思い出せない。こういう時こその出番だろう。机の上に広げられている数学の教科書とノート、そして端に置かれている異様な辞書を開いた。


【三上典子/みかみのりこ】

①この辞書の所有者。②2005年生まれ。稲川町にて誕生。現在、西稲川高校に在学しており、成績は文系において良好。交友関係は一般的。


 私の名前が書かれた場所にふと指が止まる。何も知らない人から見たら異様な光景だろう。通常の辞書であれば、私のような一般人の名前など載る訳がない。だがこの辞書は普通の辞書ではないのだ。

 これはなのだ。文字通り私の辞書であり、載っている情報もまた私たちの知っていることだけである。

 ってこれだと私は自分自身のこと調べてるみたいじゃないか。もう一度自分を見つめ直せってことなんだろうか?今の私はさっき見た夢が知りたいのに…。そう思いながら何回もページをめくる。この辞書の大きな欠点は、索引がない上に五十音順ではないバラバラの順番であることだ。


「三上ぃ!授業聞けぇ!」

[キーンコーンカーンコーン♪]

「授業終わりましたよ。」

「……もう知らんからな…!」


 悔しそうな顔をしながら数学の先生が教室から去っていく。提出物も出してテストはちゃんと受けてるんだから、もう少し寛容になっても良いじゃないだろうか。


「ノリっち〜!相変わらず煽るね〜!」

「顔真っ赤にしてたね!」


 大柄な男子生徒と派手めなヘアピンを付けた女子生徒がそれぞれ近づいてくる。


【内田ハジメ/うちだはじめ】

①三上典子の友人。UFO好きでオカルト研究同好会会長。…


【香月ミル/かつきみる】

①三上典子の友人。都市伝説好きでオカルト研究同好会所属。…


 辞書が風に吹かれてページがめくれ、彼女らの名前が目にうつる。ただハジメとミルはそんなこと気にせず話を続ける。


「それでよ!放課後に行く街の調査どこ行く?」

「そのことなんだけど、良い噂見つけたんだよね〜!」


 鹿波が嬉しそうにスマホのスクリーンショットを見せる。血のような赤色を主体とした禍々しい画像に白い文字で色々書かれている。


「『あかの怪異』?」

「つい最近生まれた怪異らしくてね!人間に変身して人間社会に紛れ込んで、気に入った人間のパーツを盗むんだって!」

「ヘ〜?で、それがどう良いんだ鹿波っち?」

「なんと!あかの怪異は地獄耳で、自分の噂話を聞いたら駆けつけてくるんだってさ!絶対会えるよ!」


 それ噂話を聞かされた私たちも危なくないか?


「大丈夫だって!私たちが揃えば無敵だもん!」

「それなら良いんだけどよぉ〜…。」


 良くないだろう。とツッコミを入れようとして抑える。元々このオカルト研究同好会は肝試しが主な活動内容だ。多少のリスクとスリルがなければ張り合いがないというものだろう。


「では、いつも通り十分に注意して行こうか。今日は予定通り廃墟探索して、あわよくばあかの怪異とやらと出会う。それじゃあ放課後に再集合ね。ちゃんとコノミにも連絡してね。」

「はーい!」

「…なんでノリっちが仕切ってんだよぉ〜…。」


 一応部長のハジメがうなだれる。いつも通りの光景、私は微笑みながら机の上の辞書たちをカバンへ詰め込んだ。

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