居酒屋タイムリーパー よっちゃん

しょもぺ

第一呑み 『豚足のおかわりとラーメン』の巻

俺の名は、芦屋吉夫(あしや よしお)


あだ名は、よっちゃん。


今夜もいきつけの赤提灯で酒を飲んでいる。


だが最近、50歳になってからというもの、食が細くなった。


まぁ仕方ない。歳をとるというのはそういうものだ。


酒のツマミも食べる量があきらかに減った。


そうなると、今まで3品頼んでいたツマミが、2品と少なくなっていく。


あれも食べたい、これも食べたい。


若いときは、何も考えずに、酒に溺れるままに暴飲暴食していたっけ。


でも、そんな事をすると、次の日の胃腸の調子が最悪だ。


ヘタすると、一日中調子を狂わされっぱなしになっちまう。


頭の中では、もう1品ツマミを食べたい。でも食べられない。


そんな葛藤を繰り返しているうちに、なんと、俺に超能力が芽生えたようだ。


それが、タイムリープだ。アニメとかでよくあるあれだ。


始めは、ついに俺の脳みそがイカれてしまったのではないかと本気で思った。


病院に行って精密検査も受けた。でも異常は無い。


こうなればしめたもの。俺はこのタイムリープの能力で、失敗しない酒を飲むことができるのだ!



第一呑み 『豚足のおかわりとラーメン』の巻==================


夕方の6時。いつもの赤提灯。


平日というのに、狭いカウンターだけの店内には、いつもの顔ぶれが揃っていた。


いつも窓際の席を独占して靴下を脱いでくつろいでいる『チョウさん』


カウンターの真ん中を陣取って、店主のオバちゃんにくだ巻いている理屈屋の『ゼンさん』


裁判所を退職して悠々自適の老後を送っている『オカちゃん』


いつもの顔ぶれ、いつものメンバー、そしていつものオバちゃんの笑顔。


この焼鳥屋はほんとうに居心地が良い。実は、俺がこの店に始めて来たのは高校三年だったっけ。


おっと、今では未成年の飲酒にうるさいので、この話は隠しておくことにしよう。


それはさておき、俺は、いつもの焼酎のお茶割を頼み、焼き鳥を頼んだ。


この店は、『焼鳥屋』ではあるが、メインは豚肉だ。鳥皮もあるが、あくまで豚肉の串焼きが主流なのだ。


だがそれでいい。だって、ハツもタンもレバーも、豚肉の方が美味しいからだ。


それを、塩かタレで頼む。最初は塩で。次はタレ。そんなどうでも良い順序を楽しむのだ。


焼酎のお茶割をいっぱいやって、豚串の塩、そしてタレをやっつけていると、だいたいここで焼酎のおかわりとなる。


次はウーロン割りか? はたまたシンプルにお湯割り? レモン割りも捨てがたい。


だが、俺には、昼間から考えている作戦が合った。


それは、『豚足』を頼むことだ。


地方によっていろいろだが、俺の住んでいる地方では、豚足は焼いて食べるのが主流だ。


これを、煮込んで食べる地方もある。どちらも美味しくて甲乙付け難いが、やはり焼きを頼む。


炭火で焼かれた表面はパリパリに丁度良く焦げ、中身はホクホクで、脂身のコラーゲンはチュルッと柔らかい。


そんな、女性の裸体のような艶かしさを味わわせてくれるのが、この『豚足』なのだ。


見た目は、豚の足であり、ツマ先のツメも妙にリアルだ。


だがしかし、そのグロテスクな風貌も、ひとかじりすると絶品な肉料理へと変貌する。


そうだ、これは熱燗だ。日本酒のあったかいお酒を、オチョコで呑むしか選択肢はないのだ。


アツアツではなく、ぬる燗。人肌よりもちょっとあたたかいぐらいの丁度良いお湯加減。


それが、豚足をかぶりついた口の中のあぶらを、やさしく包んでマッチする。


ホクホクとした食感と、肉を食いちぎる原始的な衝動が脳を揺さぶり、酒がすすむ。


店内の、肉を焼いた煙が充満して、古びた換気扇では換気しきれていないので、煙が目にしみる。


これも、ひとつのオツマミなのだ。まるで店内は、煙で白く濁り、霧のようになった桃源郷だ。


おしゃれな服装を着てくるものなら、確実に翌日クリーニングに出さないといけない悪臭にまみれる。


次の日には臭くてたまらないが、何故か、この瞬間だけは、心地よく鼻腔をくすぐるのだ。


さて、豚足をひとつ頂き、手についたベトベトの油を新聞紙でぬぐう。


そうすると、新聞紙が油を吸い取ってくれて、手がサッパリするのだ。さらにおしぼりを使えば完璧だ。


ここで、俺は悩む。


日本酒の熱燗はまだ少し残っている。次のツマミを頼みたい。そうなると、自然と日本酒も足りなくなる。


どうする……? ここでお勘定するか? だが、もう少し食べたいし、飲みたい。


日本酒の熱燗と豚足を、リピートしたいリビドーに駆られる。


しかし、俺の50歳の胃袋には限界があるのだ。


とある格闘漫画で主人公が3倍の貝王拳を使い、ムチャして4倍にした時のダメージは計り知れない。


今がそれなのだ。熱燗をもう一杯頼むのはまだいい。だが、豚足はムチャなのだ。4倍の貝王拳なのだ。


それに、今日は少し歩く時間が多かったので、ほどよく体が疲れていて、高カロリーを欲している。


さすがの俺も学習したよ。こんな状況は何度もあったよ。


まだ、いけるんじゃないかって。でも、もういけないサインなんだよね。


頭の中では、豚足と熱燗のリピートを欲してるが、胃は酒で麻痺して、正常な信号を送れてないんだよね。


ちょっと正常に考えればわかるじゃん。もう、やめとけや。な? 明日も仕事あるじゃん?


だけど、お酒が入ると、人間って気が大きくなっちゃって、制御が利かなくなるんだよね。


わかってる。そんなことはわかっているのに、やめられないんだよね。


そして次の日の朝。俺は激しい胃痛と込み上げる胃酸に苦しみながら、半日寝込むことになった……



ピキューーーーインッ!!!


その時、俺のタイムリープ能力が発動し、前の夜の、豚足をおかわりする瞬簡に時がもどった。


やった! やったぞー! 俺は、もうあんな苦しい思いをしなくても良いのだ!


明日の朝に待っている地獄を回避することができたのだ!


そして、豚足と熱燗を注文せずに店を出た。夜のネオン街はまだまだまぶしく煌いていた。


俺は、次郎系ラーメンを食してしまい、次の朝、同じ結果になるのだった。    おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る