星のワッペン
PROJECT:DATE 公式
亀裂
花奏が入院してから約1ヶ月経た頃。
うちは変わらず学校に通って
友達と話して授業を受けては帰宅していた。
今日も同じように過ごしている。
空を一瞬見ようと窓側へ目を向けると、
何をするわけでもなく伏せている
三門の姿があった。
三門はらしくもなく
時々学校を休んでは
翌日何事もなかったかのように
登校しているのだった。
単に体調が悪いだけなのかもしれないけれど、
どうにもそれだけでないと容易に想像がつく。
支えることができればと思い
いつもよりノートを真剣にとったり、
移動教室前後や休み時間に
声をかけたりはしているけれど、
鋭い言葉が返ってこない。
明らかに弱っているのが目に見えている。
愛咲「…。」
どうしたものかとは思うが、
うちにできることは
これ以上はないと思う。
今でさえうちにしてみれば
結構踏み込んでしまっている方であり、
これ以上はお節介もいいところ、
迷惑の域にまで入ってくるだろう。
それは三門にとってはもちろん、
うちにとってもいい話じゃない。
刹那、うちの席の前に揺らぐ人影が現れた。
背の低さとその声で
簡単に誰だかは分かった。
前田「愛咲ー。」
愛咲「お、どうしたー愛しの前田よぅ。」
前田「きもいからやめろー。」
愛咲「ずっきゅーん。」
前田「効果音間違ってんぞ。」
愛咲「ヒューマンエラーだな!」
前田「多分知能指数の問題だなぁ。」
愛咲「IQ200!メンサメンサ!」
前田「またそーゆーところだけ詳しいんだかなんだか。」
はあ、とため息をつく前田を見ていると、
うちの周りはあくまで
何も変わっていないんだと実感する。
変わったのはうちや三門、
その他不可解を共にするみんなだけであり、
その外は何ひとつ変わっていない。
ありふれた日常がどこまでも
広がっているだけだった。
ぼけっとしていると、
前田はうちの目の前でぱん、と手を叩いた。
愛咲「うお、なーにすんだ!」
前田「最近元気なさそーじゃん?」
愛咲「まあなー、うちも天才が故の悩みが」
前田「はいはい、それは知ってるから。」
愛咲「なに、天才と認めた…だと!」
前田「そこはいいにして、最近やたらと三門さんに絡んでるしさ。2人何かあったの?」
愛咲「ぎくっ。」
前田「三門さんも最近ずっとあんな感じじゃん?寝不足なのか知らないけど。」
愛咲「ぎくぎくっ。」
前田「もー、本気で話してんのに。」
愛咲「だっはは、すまんすまん。」
笑ってはみるけど、
前田は本気で知りたがっているようで
真剣そのものだった。
これはあまり誤魔化しても
意味ないだろうなと思い、
頭の後ろを数回引っ掻いた。
それからそのまま手櫛をしては
指先から髪の毛がこぼれ落ちる。
ひと息ついていると、
のたうち回る花奏の姿を浮かんだ。
三門をちらと伺ってから前田に向かうと、
訝しげにこちらをみる彼女の姿があった。
愛咲「んー…うちら共通の知り合いが事故に遭っちゃって、それで気分が沈んでたんだよぅ。」
前田「そうなんだ。てか共通の知り合いとかいたんだー。」
愛咲「愛咲さんネットワークを舐めるんじゃあないぜ?」
前田「それは確かに。」
愛咲「いやいや、真面目に納得されても、でへ、うち、でへへ…何も出てこねーよ。」
前田「特殊な笑い方は出てる…。」
愛咲「てなわけで、この話はおしめーだ!」
前田「まあ、理由はわかったからいいけども…。」
愛咲「何だってんだい、てやんでい。まだあるってんのかい?」
前田「そうだよ。」
愛咲「おう、何だってんだい、てやんでい。」
前田「それはいいっての。その事故に遭った人にお大事にって伝えといてー。」
愛咲「任されたぜ。」
前田「その人に後遺症が残らないことを祈るよ。」
前田も気を遣っているのだろう、
らしくもなく声を落としているのが窺えた。
どれほど賑やかな人であろうと
気が沈む時だって空気を読む時だって
多数あるんだろうなと感じる。
そよ、と吹いた風は
海から帰ってきた時に触れた
夏前の生暖かいものとは大きく違い、
からからとした水分量の少ないものだった。
未だに時折だけど
海の中でのことを思い出す。
正確には海の中ではなく
それ以外、だろうけど。
愛咲「あ、そうだ。前」
「長束さん。」
昨日の課題は何ページまでやればいいのか
前田に確認しておこうと思い
くちをひらいたときだった。
不意に前田の後ろから声が届く。
誰かと思えば、担任の先生だった。
前田はと言うと驚きのあまり
勢いよく振り返っては
ほっと胸を撫で下ろしていた。
先生も、ごめんと謝っているのが
ぼんやりと視界に入った。
愛咲「先生、何ですか?」
先生「少しいいかな?」
それは紛れもなく呼び出しであると悟り
ぱちくりと瞬きをした。
前田もこちらを見ては
不思議そうな顔をしている。
前田「おいおいー、何かやらかしたの?」
愛咲「そんな記憶はないけどなー。」
茶化してはくるものの、
その様子を眺めていた先生は
うっすらと微笑むのみ。
何となくだが居心地が悪くなり
そそくさと先生についていった。
そのまま後を追うと、
どうにも思い出すことがある。
色々な場面で、うちは人の後ろを
ついてきたのだと思うほかない。
°°°°°
愛咲「ちょ、ちょっと」
「こっちこっち。私がいつも使ってる場所だし大丈夫!」
愛咲「でもここ、被服室…。」
「私が放課後にお裁縫したいですって言ったらね、先生が許可してくれたの。」
愛咲「…あはは、さすがたに先輩。行動力だけは鬼ですね!」
真帆路「えへへ、でしょ。」
°°°°°
先生「長束さん。」
愛咲「へ?あ、はい。」
気づけば、職員室前の机に座っており、
対面には先生が神妙な面持ちでそこにいた。
どうやら意識が抜け落ちたままに
ここまできていたらしい。
うちもうちで疲れが溜まってきているよう。
ふと思えば、この場所で先日
共学組で集まって話をしたなと思い出す。
もう何ヶ月も前のように感じていた。
先生「落ち着いて聞いてほしいんだけどね。」
愛咲「はい。」
先生「その…長束さんのお母様が倒れたみたいなの。」
え、と声が漏れた気がしたが
実際には息だけが細々と空気を漂った。
どういうこと?
お母さんが倒れた?
その言葉はぐるぐると
頭の中を回り続けては
止まるところを知らなかった。
先生はこれまで通り淡々と
しているように見えるものの、
これまでとは違ってどこか
居た堪れないというような顔を
しているようにも見えた。
ぐるぐるとして、その割には
思考は停止しているが、
思っている以上に平然を
保っている風な声が漏れた。
愛咲「あの、倒れたってどういう。」
先生「仕事先で急に、と聞いてます。すでに意識は戻られてるみたいで。」
愛咲「そうなんですね。」
先生「一応お母様からは、大事じゃないから駆けつけるなんてことはしなくて大丈夫と聞いてるけど…。」
愛咲「…。」
先生「どうする?先生は早退して病院の方へ向かってもいいと思うのよ。」
愛咲「そうします。」
いつの間に返事をしていたようで、
先生はすぐに荷物をまとめるようにと
口にしてくれた。
大事ではない上にすでに意識はあり、
大丈夫だと聞いてはいるものの、
やはり心配でしかない。
倒れるなんて
よほどのことでなければ起こらない。
近々働き過ぎているのが
体に障ったのだと思う。
内面に思うことは多々あるものの、
教室に戻っては前田にひと言かけ、
荷物をまとめてすぐに出た。
ちらと見かけた三門は
まだ伏せたままだった。
***
愛咲「失礼します。」
お母さん「あら、愛咲。」
向かったのは花奏のいる病院とは
また違い、職場から近い場所だった。
お母さんはベッド上で半身を起こして
外を眺めていたようで、
うちの声を聞いた瞬間、
緩やかにこちらを向いた。
それはうちの知るお母さんで間違いなく
いつも通りだと全てが認めているみたい。
愛咲「お母さん、大丈夫?」
お母さん「心配ないって言ったじゃない。」
愛咲「それでも心配になるってのが子供の心理ってもんでな!」
お母さん「いい娘だこと。」
そう言ってはけたけたと
まるで子供のように笑うものだから、
本当に大丈夫だったのだと心底安心した。
母親1人で子供5人を育てるなんて
これまで体にがたがきてなかった方が
不思議と言っても過言ではない。
家にはいない兄や、高校生にもなって
3年経るうちを除いた3人はまだ育ち盛り。
時間があればできるだけ
下の子の面倒を見ようとは思いつつも、
結局受験や部活、バイトを言い訳にして
逃れてきたような気さえする。
お母さん「まさか自分が倒れるなんてね。」
愛咲「昔ほど若くはないんだから無理は禁物な。」
お母さん「はあーい。もし何かが起こっても大丈夫なように、相続のこととか考えちゃったわ。」
愛咲「だはは、演技でもないこと言わないでくれよう。」
笑い飛ばしては見るけど、
いつそんなことが起こったって
おかしくはないわけで。
それこそ花奏の事故だってそうだった。
そして、うちが行方不明になったのだって
そうだったろう。
今はゆっくりと休むように伝えると、
渋々分かったと声を上げた。
病室を出ると、既に陽は傾き出している。
冬ともなれば3時や4時から
暗くなっていくのだと
不意に実感せざるを得ない。
とりあえず一旦はよかった、と
深く安堵に息を吐いた。
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