第4話 ドラマ黄昏時に落ちる星1 七度目の転生



‟まだ続けさせるつもりか”


 私の隣にいる同胞が下界で地面に這いつくばって泣いている人間を見ながら、呆れた口調で問うてくる。


‟うーん…”


‟いい加減哀れと思わないのか。もう300年になろうとしてるんだぞ。これで何度目だ。狂ってしまわないのが不思議なくらいだ。もう忘れさせて新しい生を与えてやったらどうだ”


‟そうだよなぁ”


 正直感嘆している。6度目の転生で極東の小国に生まれ変わったレイシャーンはまたしてもミシルカを残して死んでしまった。今度は大量の公金を使い込んだ上役に無実の罪を着せられて切腹だか処刑だかで死んだのだ。こうして泣き崩れながらもミシルカはまだ諦めていない。いや、もう挫折しかけているのだろうが、レイシャーンを求める魂が彼を諦められないのだろう。


‟確かにもう限界だろうな。いずれにしても次が最後だ。少し手助けをしてやろうと思っている。実はロンズデイン滅亡の直後、戦火を逃れた神殿に何人かレイシャーンに縁のある者達が訪れてな。皆同じ歎願をしたのだよ。もう一度やり直しレイシャーンを救いたいと。そしてその五十年後、面白い男が神殿に来たんだ”


‟面白い男?”


‟カーメイのゾリーク王太子、いやあの時は王か。いやいや譲位して前王だな。七十を超えた老体にも関わらず堂々とした体躯でな、そいつが神殿に来てこう言った”


 髪も髭も白くなっていたがその眼光は鋭く挑むように神殿を睨みつけた。


‟神と奉られながら罪もない人間をみすみす死なせ国を滅亡に導いた役立たずよ。異教の神とはいえ呆れ果てた。お前に多少の慈悲と神としても矜持があるなら俺をレイシャーンのもとに連れて行け。俺は大陸一と言われるほどの力を得たが本当に守りたいものを守れなかった。すぐにでも後を追いたかったが国を背負って立つものとして俺が己が民を見捨てることはやつの本意ではないだろうと思ったから俺は自分の責務を全うした。今は王位を退いたただのおいぼれだ。俺は次の世で必ずレイシャーンを守る。さあ、すぐに俺を転生させろ。出来ぬというなら神殿を汚し、叩き潰してお前の名を貶めて大陸中に触れ回ってやる”


‟人の身の分際で我らを脅しに来るとは。それでお前はその男の願いを叶えたのか?”


‟あの男なりに必死だったのだろうよ。可愛いものだろう?神の名云々はどうでもいいが、私もこれはいい機会だと思ったのだよ。この際まとめて一緒に転生させて、今度は戦争だ、陰謀だなんだと血なまぐさいのはやめてさくっと目的を遂げてもらうのさ”


 同胞は呆れたように片眉を上げた。


‟おまえ、飽きて来たんじゃないだろうな”


‟いやいや、でもまあいいころ合いだろう?”


 ニヤリと笑ってやった。





 ~~~


 

 二百七十年後 現代日本


 都内の高級ホテルの最上階。スイートルームへ向かう廊下を長身の男がずかずかと歩いていた。だらだらと冷や汗を垂らしながらその後を追い、ホテルの支配人が何とか止めようとしている。


‟剛様!いえ、専務!お願いです。この先は…”


‟うるさい。引っ込んでろ”


 取りすがる手をうるさそうに払いのけながら歩調は緩めない。


‟ですがスィートルームのお客様は…”


‟わかってる!だから来たんだろうが”


 この男は佐伯剛。専務と呼ばれているが実際このホテルの直接の経営にはかかわっていない。だが、このホテルのみならず多くの不動産を始めあらゆるビジネスを手掛けている佐伯財閥の後継者なのだ。その上佐伯剛本人も自分の会社を持つやり手だ。そうは言ってもホテルのに宿泊客のスイートに乗り込んでいいという法はないのだが。


 ドアの前まで来ると立ち止まり支配人を振り向く。


‟開けろ”


‟で、ですが…”


‟いいから開けろ”


 静かだが威圧感は十二分ににじみ出ている。客と権力の板挟みになり、真っ青になりながら震える手でマスターカードをドアのセンサーに翳す。カチリという軽い音とともに佐伯はためらいなくドアを開けて部屋に入って行った。


 豪華なホテルの最高級スィート。広いリビングのソファーにはきらびやかな男女が10人ほどまったりとくつろいでいた。各々手にグラスを持ちある者はしどけなくソファに寝そべっており、その傍では男女が身を寄せ合って顔を寄せ合いながらクスクス笑い合っている。どっちを見ても雑誌やTVで見たことがあるような顔ぶれだ。いずれにしても部屋の中の退廃的な雰囲気はとても世の若者たちが憧れる俳優やモデルが世間に見せられるようなものではない。

 煙草の煙に顔をしかめながら佐伯は表情も変えず部屋の中をぐるりと見渡して、一人の人間に目を止めるとまっすぐ向かって行き、その人間の前で立ち止まると冷ややかな目で見降ろした。

 視線の先にいるのはとてつもなく美しい人間だった。濡れたような瞳に白磁の肌。明るい柔らかな髪がほっそりとした項の辺りで揺らめいている。中性的な美しさに誰もが意識を吸い寄せられる。しかしその美しい双眸は、あまり生気が感じられなかった。突然の乱入者に一瞬見開かれる瞳が次の瞬間品定めをするように細められた。周りがざわめく。


‟誰?”


‟知らないの?佐伯剛だよ。佐伯グループの。でも何でここに…”


‟ヤダ、すごく素敵”


 佐伯はその美しい容貌を見ても表情を変えず、その名を呼ぶ。


‟南条みつき”


 名前を呼ばれて大きな瞳で乱入者を見上げる。そして蠱惑的な微笑をたたえた。並大抵のものならば惚けてしまうような微笑だ。


 だが、


‟あれぇ?あんたって…確か佐伯ご、いったぁ!”


 パシーンと音がしてそこにいた誰もが見てあっけにとられた。みつきの前に立った佐伯が平手でみつきの頭をひっぱたいたのだ。

 ‟な、何すん…ぎゃぁ!”


 抗議に顔をあげたみつきの頭を今度は反対の手でたたく。


 ‟専務!”


 両手で頭を抱えたみつきの胸倉をつかんで立たせた佐伯の腕に支配人が取り縋るがびくともしない。


‟なんだこのざまは!昼間っから酒臭い。薬なんかやってないだろうな”


‟放してよ!何いきなり乱入してきて”


 佐伯の手を振り払うとみつきはどっかりとソファに腰を掛けた。たおやかな容姿に担わない乱暴な所作だ。乱れた髪をかき上げながらほっそりとした指で煙草に火をつける。そんなみつきを睥睨し


‟あいつを見つけたのか”


 ぼそりと問われてみつきの表情がピクリと動くが、そのままそっぽを向く。


‟何の話?”


‟お、お二人は知り合いなんですか?”


‟みつき、佐伯剛と友達だったの?”


 ようやく我に返ったホテルの支配人とみつきの取り巻きが問いかける。


‟‟まさか!””


 両者が同時に応える。

 そっぽを向くみつきを見下ろしたまま佐伯は眉を顰めていたが、はぁっとため息をついてソファに腰を下ろした。


‟ちょっと!何勝手に座ってんの?”


‟やっとお前を見つけたと思ったらこの体たらくだ。力が抜けた”


 佐伯は膝に肘をつくと左手で顔を覆ってため息をついた。


‟はぁ?今頃表れて何言ってんの?こっちはいい加減疲れ切ってるっていうのに”


‟その様子だと俺が誰だかわかってるみたいだな”


‟そのバカでかい体と態度でわからないわけないでしょ、王太子様。あ、王様だっけ?”


 知り合いではないと言っていながら周りには意味不明の会話は進んでいく。佐伯は訝し気に二人を見つめる周りを見て


‟出ていけ”


 と低い声で威嚇するように言い放った。逆らい難い圧を受けてそこにいる全員があたふたと出て行った。


‟あーあ、いいのかな。明日辺りSNSで盛り上がりそう。ホテルで南条みつきと佐伯剛が二人きりで…”


‟気色悪い御託はやめろ。ついでにその胡散臭い作り笑いもな”


 それを聞いてみつきはむっとした表情になるが、悪態をつきたいのを堪え会話を戻す。


‟それで?なんで今頃のこのこ表れたわけ?”


‟こっちにはこっちの事情があったんだよ。俺はお前みたいに自分の責務をほっぽり出したりしないでちゃんとやることをやってきたんだ。それがどうだ。やっとお前を見つけたと思えば毎日毎日パーティー三昧。ゴシップまみれだ”


 佐伯は開いているグラスに琥珀色の液体を注いでグイっと煽った。

 佐伯の言う通り、南条みつきはその美貌をもってして人気のトップモデルであると同時にパーティー好き、気まぐれわがままな王子様(時にはお姫様)と揶揄されている。ゴシップには事欠かない。


‟…六回、最初を入れると七回だ。最後の二回は異世界?転生?して全く違う世界に生まれ変わった。そして毎回目の前でレイシャーンが死んでいくのを見た。…その度にこっちの心臓が止まりそうになった。もういい加減うんざりだっての”


 ふてくされた顔が泣きそうに歪んだ。その瞳はどこか遠くを見ている。


‟だから、こうやって来てやったんだろうが”


‟は?何それ。だから感謝しろとでも?ばっかばかしい。どうにかできるもんなら勝手にやれば?”


‟お前に期待なんかしちゃいない。だが、あいつを見つけたんなら教えろ”


‟…”


‟どうなんだ?見つけたのか見つけてないのか?”


‟よくわからない”


‟は?”


‟わからないんだよ、ほんとに。あー違うな。初めに見た瞬間レイシャーンだって分かったんだなど…でもじっくり観察しているうちにだんだんわからなくなって。今回は特に、なんていうか…”


 みつきが言いよどむ。


‟何が”


‟たぶん、見つけた。でも、認めたくないというか…”


‟意味が解らん”


‟会えばわかるよ、言ってる意味”


 みつきは大きなため息をついた。


‟今度やる映画で大掛かりなオーディションを予定している。そこにに来るように手配してるから会わせるよ”


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