呼吸

「雪、」

 言葉より先に、れんは窓をどんと叩いた。どん、雪、どんどん、雪。私が窓の外を見るより先に。

 外では雪が降っているのだろう。まだ雨と雪の間の、空気の中を埃のように舞う白い雪が。私はまだ、窓の外を見ることができない。それでもわかる。モルタル造りの校舎に降り注ぐ、雪の一つ一つが光って、胸の中に落ちてくるようだ。

 蓮は分厚いレンズの眼鏡を曇らせながら、私の一つ前の席に座っている。教室には、窓際に座る私と蓮の二人しかいない。女子生徒たち何人かが、笑い声を上げながら廊下を通り過ぎていくのが聞こえた。

 私はシャープペンを置いて、スカートのプリーツを直しながら席を立った。錆びた鍵に手を掛け、窓を開ける。冷たい風がびゅっと前髪にかかって、思わず目を閉じた。ばたんばたんと派手な音を立て、蓮が隣に駆け寄ってくる。

「あっ 眼鏡、 あっ 飛んでいく」

「眼鏡は、飛ばないよ」

 窓の外は粉雪だった。生まれたての雪が、蛍のように飛び回っている。蓮はというと、すべての雪を捉えてやろうというように必死で目を凝らしていた。眼鏡はどんどん曇り、白い頬が寒さで赤く紅潮し始めている。ぐしゃぐしゃの髪が風に乱され、鼻を手の甲でぐいぐい擦りながら、視線は一面の雪に向けられている。

 その時、蓮は両手を窓の外に出し、ぱんっと音を立てて合わせた。

「取った!」

 そう叫んで私のほうを向く。大きく開いた口が真一文字に結ばれ、それから割れたスイカのように開かれる。同時に、身を乗り出した勢いで、眼鏡が外れる。寒さで赤くなった耳から、細いつるが放たれていく。それを取り落とさないように伸ばされた白い手が、窓の外の雪を掴む。体はそのまま前に大きく傾いた。

 蓮は、声もなく地面に落ちていった。

 私は窓枠に手を掛けて、その姿を目で追った。蓮の体は人形のようにゆっくりと落ちていく。吹雪に変わり始めた雪が邪魔をして、いつしかその姿は見えなくなっていった。

 そこで私は、大きく息を吸った。


 ひどい夢だ。

 ベッドから起き上がるまでのしばらくの間、私はぼんやりとそう思った。目を閉じると、蓮の落ちていった地面を覆いつくす雪の残像が現れる。それは驚くほどに鮮明で、夢であることが不自然であるくらいだった。

 体を起こして階段を下りる。冷たい床の感触が冬を思わせる。足の指一本一本でそれを確かめる。苦しい冬。消えていくものばかりが目立つ季節だ。

 「おねえちゃん」

 キッチンから妹の声がする。1階に足を踏み入れると、小麦とバターの匂いが鼻先をかすめた。朝はまず、部屋の隅に飾られた、母の写真に手を合わせる。母は、昨日と同じ顔だ。写真立ての表面をハンカチでぬぐい、妹の呼びかけに応じるべく顔を上げた。

 妹は、白いお皿を両手で持って恥ずかしそうに笑っている。お皿の中には、オーツ麦を使った表面がざくざくしたクッキーが盛られていた。

 「さむくてねむっていられなくて、一晩中つくっていたの」

 妹はいじめに遭っていて、学校に行っていない。

 「

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呼吸 @umibashira

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