泥棒をつかまえたのは赤い花

烏川 ハル

第1話

   

 ふと見上げれば、青い空が広がっていた。真っ青ではなく、白い雲もいくつか浮かんでいる。あんぱんやクリームパンが食べたくなるような形の雲だった。

「仕事が終わったら、たまには菓子パンでも買って帰るか」

 軽い独り言を呟きながら、住宅街を歩く。

 目的地は、この先にある一軒家。少し前から目をつけてきた家であり、今日の俺の仕事場だった。


 クリーム色の塀と青い屋根が見えてきた時点で、俺の気持ちは自然に引き締まる。

 今まで何度か外から下見はしたけれど、実際に足を踏み入れるのは今日が初めてだ。

 トイレや風呂、キッチンなどの他に、一階も二階も三部屋程度だろう。この辺りではよく見られる規模の一軒家だった。

 事前の調査によれば、老婆の一人暮らし。ガーデニングが趣味らしく、おもて側にも鉢植えが並んでいるし、家の裏手にある庭では、もっと色々と栽培しているようだ。裏庭は建物の陰になっているが、その一部はおもてからも見えており、今は赤い綺麗な花が目立っていた。


 敷地を囲むフェンスの一部は、スイング式の扉になっている。インターホンを鳴らすことなく、俺は「この家の関係者です」という顔でそのドアを押して、堂々と敷地に入っていった。

 住人の老婆は、数分前に出かけている。買物袋を持っていたが、この近くに個人商店のたぐいは存在しないので、行き先は駅前のスーパーだろう。片道十数分なので、最低でも三十分、買物時間を考慮すればおそらく一時間くらいは帰ってこないはず。

 家そのものの玄関扉は、当然のように施錠されていた。建物の周りをぐるりと回って、俺は裏庭へ向かう。


 そこには、俺にはよくわからない植物がたくさん植えられていた。おもてからでも見えた赤い花は、畳一畳分くらいの区画に、びっしりと並んでいる。

 妙に心惹かれる美しさだったが、植物鑑賞に来たわけではない。赤い花から視線を逸らして、さらに裏庭の奥へ向かった。

 背負った鞄から仕事道具を取り出し、隣近所の家からは死角になる場所のガラス戸を選んで、作業を開始する。

 焼き破りと呼ばれる手法でガラス戸の一部に穴を空け、そこから腕を突っ込んでクレセント錠を解錠。なるべく音を立てずに、俺は家に入り込んだ。

 このように、住人の留守を見計らって忍び込み、金目の物を盗み取るのが俺の仕事。いわゆる泥棒というやつだった。

   

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