第8話 使用人達との食事
ローラの寝床から出てきたオクタヴィアンは少し驚いた。
もう日が落ちてあたりは暗いし、気温も氷点下近くに下がっているのだが、自分の屋敷の中庭にハイキングかのようにおおきな布が敷かれ、その少し離れた四隅にはかがり火が灯されて、キャンプファイヤーのように明るく暖かい。
その布の上には調理された肉料理やパンやワインがどっさりと並べられている。
そして屋敷の使用人達が布の奥に並んで主人のオクタヴィアンを待っていた。よく見ると、使用人達といっしょにヨアナも並んでいる。
「あ、え? ここで食べるの?」
「そうです。ダメですか?」
少し戸惑っているオクタヴィアンにいっしょに寝床から出てきたローラが聞いた。
「パパ食べようよ~!」
そこにヨアナがオクタヴィアンに駆け寄ってズボンの裾を引っ張って懇願した。
「そ、そか……これは考えてなかったからちょっと驚いちゃってっっ。じゃあみんなで乾杯しようか!」
すっかり酔いのさめたオクタヴィアンだが、向かい酒とばかりにまた赤ワインを手にとってみんなと乾杯し、おおきな布の端っこに座ると、料理係のファイナおばさんが作った肉料理を手に持ってかぶりついた。
「あ、美味しい~!」
「そうでしょ♪ オクタヴィアン様。外で食べると」
ファイナおばさんは得意げに話した。こうして皆との食事は始まった。庭師のボグダンや薪割りのタラヌなどは、大袈裟に肉にガッツリ噛みつき荒い食べ方をする。
オクタヴィアンも男性陣に習って大袈裟に肉に噛み付いた。
「あ、こりゃ美味しい~!」
「これでオクタヴィアン様も立派な男でさあ!」
「その意気でワインを流し込むと堪らないですぜ~!」
「あ~ホントだ~♪」
などと、オクタヴィアンは男性陣といっしょに口を油まみれにして楽しんだ。そんな男性陣を横目に、女性陣の洗濯係のアナやバロ、ファイナおばさんなどはもう少し小さく肉を切った物を一口ずつ食べ、ワインを飲んで楽しんでいる。
当然ローラもそうするが、ヨアナはオクタヴィアンの真似をして口がベタベタである。
「ヨアナっっ。顔!」
「ヨアナ様。もうあははは」
こうしてヨアナは笑いを取り、オクタヴィアンは大勢で外でデタラメに食べる夕食の美味しさ、楽しさを噛みしめていた。
こんな感じで楽しい時間を過ごし、すっかり気をよくしたオクタヴィアンは、お酒もグイグイ進み、ヨアナとも楽しく話し、食べて飲んで、とてもいい気分になった。
しかしここでオクタヴィアンの悪い癖がまた始まった。
「ボクの髪の毛はどうしたら治るんだろう~」
オクタヴィアンは肉をかじりながら泣き始めた。ヨアナとローラは(また始まった)とばかりにオクタヴィアンの横にくっ付いた。
「パパ、ホントはカッコいいんだからメソメソしちゃダメ」
「オクタヴィアン様、大丈夫。大丈夫」
「大丈夫。大丈夫」
ヨアナとローラ二人の「大丈夫」作戦が始まった。
すると他の使用人達も黙ってはいない。特に男性陣はもうすっかり髪の毛が上がってしまった者もいる。
そんな中の一人、ボグダンは真っ赤になった顔と炎の照り返しでテラテラになった頭をペンペンと叩きながら意見した。
「そうですぜ! オクタヴィアン様、髪の毛の事はもう気にしないで、堂々としたらいいんですわ! ほれ! わしなんかこの通りでさあ~! でも何にも気になりゃしねえ♪」
タラヌも加勢する。
「ボグダンの言う通りですぜ。気にすると更に抜けちゃうかもしれねえし」
「そうですよ」
「そうですよ」
女性陣も助け舟を出す。
しかしオクタヴィアンは、そんなみんなの励ましの言葉も聞き流すと、ワインを一気飲みしてまた愚痴った。
「いや! ボクは髪の毛を前のステキな、みんなが振り返るような美しい形に戻したいんだよ!」
(今の髪型でも人は振り向くかもしれんけどなあ……)
などと使用人達は心の中で突っ込んだがそれは口には出さない。
「……じゃあ何か生える方法を探すしかないですわなあ」
「そうだよなあ」
こうして髪の毛の生える方法を考える事となった。しかしみんなで考えても当然なにも出てこない。そこでふとオクタヴィアンは思いついた。
「ねえみんな。ジプシーってなんか……魔術的な~……なんかそういうのないの?」
その言葉に使用人達はキョトンとした。
「……聞いた事ある?」
「いや、ないなあ」
「占いとかはあるけど、そんなのないよなあ……」
使用人達はヒソヒソと話すがしっかりオクタヴィアンには聞こえている。
「あ~……、やっぱりないのかあ~……。最後は神頼みだと思ってたんだけど……」
そうオクタヴィアンが落ち込んだ時に、
「ワシらは知らないんですけど、テスラ様なら知っとるかもしれんなあ」
食料管理のアウレルが言った。その名前に使用人皆が過敏とも言える反応をした。
「ちょっと!」
「その名前は……」
「あ」
言ったアウレルも苦い顔をしたが、すっかりオクタヴィアンにはその名前は聞こえていた。
「テスラ?」
みんなが隠そうとするから余計に気になる。横で聞いていたヨアナも、
「テスラ?」
と、声を出した。ローラはそんな二人を見て、仕方なさそうに説明を始めた。
「テスラ……アリスファド・テスラ。と、いうハンガリー人がいまして……。その人はジプシーの間では『なんでも治してくれる名医』と言われているんです。ただ……」
「ただ?」
「テスラ様は、貴族や公族が大っ嫌いで……。それに南カルパチアの山奥から出る事も嫌っておりまして……あの人を頼るのは難しいかと……」
「そうなの?」
オクタヴィアンはローラの説明に、少しの光を感じていた。
その人がどのくらい貴族が嫌いかは分からないが、気長にお願い、またはお金を積めば願いを聞き入れてくれるかもしれない。
それに南カルパチアの山奥と言ったが、ここからカルパチアは場所によってはそこまで遠くはない。ちょっとトランシルヴァニアとの国境付近というのが気にならないではないが。
「でもその人に会えば、何かしらの助言はもらえるかもしれないんだね?」
オクタヴィアンは目を輝かせてローラに聞いた。
「ま、まあ……。ただ気難しい方なので……」
そのローラの返事に、オクタヴィアンは決心した。
「そのテスラという方のところへ行こう!」
「ええええ!」
「私も行く~♪」
使用人の皆が驚いている中、ヨアナもちゃっかり賛同した。
しかしその時、屋敷の門から声がした。
「あなた達! 外で何をしているのです!」
怒号を飛ばしたのは思ったより早く帰ってきたエリザベタだった。
横にはオクタヴィアンの家の私兵団の団長、グリゴアが頭をかきながら立っていた。
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