私と一緒に死んでください

桜森よなが

第1話 自殺への誘い

「私と一緒に死んでください」


 学校の屋上、夕日とフェンスを背景に、目の前の少女がスカートを揺らしながら言う。


 ああ、くそ、なんだよこれ。

 朝、下駄箱に『放課後、屋上で待ってます』という手紙が入っていた。その手紙の送り主は美少女で有名な深見那奈だった。

 それが俺はラブレターだと思った。うきうきしていた。今まで女子にモテたことなんてなかったから。

 でも、学校の屋上に来てみたら、これだ。


「なんで俺と一緒に死にたいの? 俺のことが好きだから?」

「いいえ、べつに好きじゃないです。ただ一緒に死んでくれそうな人を探していて、

高田君がちょうどよさそうだから高田君を選んだだけです」

「なんだそれ、俺がどうして一緒に死ぬのにちょうどよさそうなんだよ」

「だって、あなたどう見ても生きてて楽しそうじゃないじゃないですか。

冴えない見た目ですし、部活は何も入っていないようですし、誰も友達がいなくて一人で昼食をぽつんと食べているし……」

「うるせぇ!」


 くそ、美少女に告白されると思っていたのに、なんで心をえぐられているんだよ。


「でも実際、高田君って生きてて楽しくないでしょ?」


 まぁそうだけど、

 そうだけどさ、

 いくら相手が美少女だろうと、俺のことを好きでも何でもないやつと自殺なんてできるかって話だ。


「死ぬなら一人で死ねよ」

「それは嫌なんです」

「なんで?」

「……なんででしょう?」

「いや、俺に聞くなよ、お前のことだろうが」

「とにかく、私と一緒に死んでください、さぁ、死にましょう!」


 俺の腕を引っ張って、ずるずると屋上の端へ引きずってくる。


「やめろ、ばか! て、意外に力強いな、お前」

「私、中学の頃、ソフトボール部に入っていたので! 部活で筋トレたくさんしてたので!」

「そうかい、俺は帰宅部だったよ、今もな!」


 て、そんなこと言ってる場合じゃねぇ。


「放せぇ!」

「いーやーでーすー、いいじゃないですか、灰色の青春を送ってきたあなたが最後は美少女と一緒に死ねるなんて、幸せじゃないですか」

「幸せじゃねぇよ、このブス!」

「なっ! ブスじゃないです、美少女です! ブスなんて初めて言われましたよ!」


 怒った彼女は足元が不注意になった。その隙を狙って足を払った。


 「きゃっ」とかわいらしい悲鳴を上げて、深見は転ぶ。

 転んだ表紙に俺の腕を掴んでいた彼女の手もほどけた。


「いったー、陰キャのくせにちょこざいな……」

「陰キャは余計だ」


 足をさすっている彼女の隣に俺は座り込んだ。


「なんでだよ、なんで死にたいんだよ、お前、幸せそうだったじゃん、容姿もよくて、友達も多くて、男子にもモテモテじゃないか、何が不満なんだよ」

「陰キャには幸せそうに見えるんでしょうね」

「だから陰キャ言うな」

「容姿が良いだけなんですよ、私、それ以外何もないんです、私の両親も友人もクラスの男子たちも、私をちやほやしてくれてるけど、それは私がかわいいからというだけで、もしこの容姿がなかったらこうなってないんだろうなって思うと、なんだか空しくなったんです」

「なんだそれ、恵まれた人間の贅沢な悩みにしか聞こえねぇ」

「はぁ、陰キャだからそう思うんでしょうね」

「お前、さっきから口悪すぎだろ、それがこれから一緒に死なせようとする相手への態度かよ」


 深見は立ち上がると、再び俺の腕を掴もうとする。

 が、俺はそれをすっと躱した。

 むぅーーっと睨んでくる彼女。

 全く油断も隙もない。


「くだらねぇよ、お前の悩みなんて、世の中にはもっと悲惨な状況で、もっと苦しんでるやつがいるよ、その程度で自殺なんてするな」

「それがどうしたというんですか、自分と他人の苦しみなんてそんな比較するようなものじゃないでしょう? 他人が自分より不幸だとか関係ないです。私はもう自分の人生に耐えられないんです」

「ああ、そう、じゃあ死ぬなら一人で死んでくれ」

「冷たい……」

「冷たくねぇよ、普通だ」


 彼女はまた俺を睨むと、くるっと俺に背を向けて出入口の方へ歩き出した。


「なんだか萎えました。もう今日は帰ります。でもまたリベンジします! あなたも絶対一緒に死んでもらいますから!」

「二度と来んな」


 俺の言葉を無視して深見は屋上から去っていく。

 やれやれ、今日はどっと疲れたな。

 

 家へ帰ると、母がご飯を作って待ち構えていた。


「今日遅くない?」

「ああ、ちょっとな」


普通の母親、普通の家、問題はどこにも見当たらない。


「今日はカレーよ」

「やった!」


 と喜んだのだが、食べたカレーの味はなぜか味気ないものだった。

 ちゃんと味がついてる、いつもと変わらない大好きなカレーの味、そのはずなのにおいしいと感じない。

 いったいなぜ?


「どうしたの? おいしくない?」


 表情に出ていたのだろうか、向かい側にいる母が心配そうに言う。

 俺は心配させまいとがっついた。


「いや、なんでもない、おいしいよ」


 でも、どれだけ食べても、その日のカレーはおいしくなかったのだ。

 ご飯を食べた後は、風呂に入って、宿題をして、ゲームを少しして、ベッドに入った。

 気持ちいいはずのお風呂も気持ちよくなかった。

 楽しいはずのゲームも楽しくなかった。

 なぜだろう。

 急に自分の人生がひどくつまらないものに感じた。

 多分、深見の影響だろう。

 あいつが俺を自殺に巻き込もうとして、あんなこと言ってきたからだ。

 今までうまくごまかせていたものが、ごまかせなくなった。

 そう、俺には何もない。生きててつまらない。

 灰色一色の人生。


 このままずっと何もない日常が続くのだろうか。

 そうして俺は気づいたらじじいになって、いつのまにか死んでいるのだろうか。

 そう思うと、ゾッとした。

 自分の人生がひどく価値のないものに感じた。

 ああ、俺ってどうして生きてるんだろう、と思った。

 あの女に出会わなければ、なにも考えずに生きていけたのに。

 その日は最悪な気分で寝た。

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