無欲な季節

押田桧凪

第1話

「最近、ずっとコタツで寝てるかも。そろそろベッドで寝ようかなー」とほづみくんは言った。「腰痛くなるよ? しかも、低温やけどとか怖いし」と、普通なら良識あるアドバイスをするところだが、生憎ここは俺の部屋で、コタツは俺のものだったので、「いや、コタツムリかよ」と俺は一蹴した。ほづみくんはふふっと笑って、詫びる様子もなく、くるりと俺に背を向けた。俺は床に散らばったトランプを拾う。


 ただでさえ狭いワンルーム、一人分しか入らないコタツをほづみくんが先週から独占していた。俺はもはや「後輩のくせになめやがって」と言う気力はなく、ただ毛布にくるまって凍えるだけだった。


 本来なら殻に膜を張って冬眠する時期だったが、年末にかけては大学の期末試験が行われる。当然、休んでいる訳にはいかないが、勉強会とは名ばかりでお泊まり会と化した空間では学部も学年も違うのに、教養科目以外は教え合えるはずが無かった。


 なぁ、と訊いてみる。いつもなら「ねぇ」が正解だったのかもしれないのに、でもそれは窓の外に降る雪を指差して訊ねることのようで、今にも消えてしまいそうだったから俺は言うのをやめた。


「何か、欲しいものある?」


 えっ? とほづみくんは振り向いて、「あー何か願い事書くやつ?」と今にもアニメのようなキラキラエフェクトがかかりそうなぱっちりとした目で言うもんだから、「……七夕と混ざってない?」と俺は苦笑するしかなかった。「え、だって駅前に飾ってあったし」とほづみくんは頬を膨らませる。


「えっーとね。じゃあ、もしサンタさんが来ると仮定して……」


 まるで、「これは友達の話なんだけど」と自分に言い聞かせるような慎重さと回りくどさをもって俺は尋ねる。


「てぶくろ」とほづみくんは静かに言った。「あ、携帯の画面が触れるやつね」と付け加える。


「マフラーだとなんか暑いし、首が締め付けられる感じがしてきついんだよね。だから、手袋がいいなぁ」とほづみくんは小さく笑った。


 あくまで、変温動物として生きる俺たちカタツムリは自分で体温が調節できないので、文明の利器に頼るしかなかった。もしかすると、電飾に溢れるデパート前のショーウィンドウを見ながら、好きを着飾る娯楽をほづみくんは羨ましく思っていたのかもしれない。俺たちにとって、ファッションは楽しむというよりは、人間として見られて不都合がないように、周りに合わせるものだったから。


 だから俺たちは、長いものに巻かれるしかなかったし、薄く薄く互いに身を寄せあってしか体温を感じることができなかった。


「来週、買いに行こうか」と俺は静かに頷くと、「お揃いがいい!」とほづみくんは懇願するような目つきでに向かって手を合わせた。

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無欲な季節 押田桧凪 @proof

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