蒼炎悲譚

ぽんしゅすきー

プロローグ

真夜中の森

鬱葱うっそうと生い茂る木々が、天上より気だるく放たれる月光すらも遮る黒の世界

辺りに聞こえる物音といえば、ときおり木霊する獣の遠吠えと

暖を取るために炊いた薪の燃えはじける音のみ

透徹とうてつした不気味さと静けさと物悲しささえ感じる空間で

焚き木の炎を虚ろに見つめる青年の姿があった


「眠れないのかい、エディト君」


均整の取れた顔立ちの偉丈夫が、その青年に声をかけた


「カイエン卿。…少し考え事をしていました」


エディトと呼ばれた青年は、声をかけてきた方向に一度目を向けるが

そう言うと再び炎に視線を注いだ


カイエンと呼ばれた男はエディトの横に腰を掛け

エディトの表情に目をやると

そこには表現しがたい悲哀と悲壮な眼差しがあった


「明日戦う敵…彼の事を考えていたんだね」


エディトは少しだけカイエンに顔を向け、悲しみを含んだ微笑みを浮かべると

また炎へと視線を注いだ

それは無言の悲しき肯定であった


「無理もない。誰だって平常な精神で挑めるわけがない―――」


カイエンの言葉をエディトは黙って聞いていた


「親友を自分の手で殺さなければならないなんて」


カイエンが言葉を結び終えると

エディトは感情を音声として具象化したような、虚ろな声で呟いた


「ディアス―――」


エディトが見つめる炎の揺らめきの中に

あの日の忌まわしき記憶が鮮明に浮かび上がった

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