第8話 里の処断

 その日の昼過ぎ、鬼の隠れ里では一つの動きがあった。

 里には、古くから先祖でもある酒呑童子を崇拝する一派が存在する。秘翠のような秘匿の力を持つ子どもが生を受ける度、彼らは酒呑童子の再来かと期待した。大概は力が思ったよりも弱く落胆するのだが、秘翠の時は違ったのだ。彼女の力は彼らの想像を超えており、この子どもこそが酒呑童子の生まれ変わりであり再来だ、と騒ぎ始めた。

 酒呑童子を崇拝し、その再来を望む一派を『童子回帰派どうじかいきは』と里の者たちは呼んでいる。そう呼ぶことで、自分たちとは違う、異質の存在だと突き放すように。

 回帰派の者たちは、童子の力を手に入れて意のままに操ることが出来るようになれば、人の世から排されてきた鬼たちが生きやすい世の中を創ることが出来ると信じているのだ。その自分たちの悲願のために、彼らは秘翠を手に入れようと画策していた。

 しかし今、秘翠は里の手を離れた。里に守られていた時は手出しなど出来なかったが、野放しの今は違う。代表者たちは、里の長老と話を付ける支度に取り掛かっていた。


「だって、もう里の手を離れたんでしょ? わたくしたちが何をしようと、もう奴らとは関係ない。違う?」


 赤毛に近い茶色の髪をなびかせた美女は、そう言うと側近の男に向かって笑いかける。その妖艶な笑みは見る者を魅了し、男も他に漏れずぼんやりとした顔で頷く。


「勿論でございます、紀花きか様」

「では、行こうかしら」

「はっ」


 馬鹿丁寧なお辞儀を見せる男を無視し、紀花と呼ばれた女は颯爽と歩き去った。その女の背を追い、男もいそいそと走って行く。




 秘翠が里から消えてから数日後。長老のもとに鵺と茨、そして鈴女が呼び出されていた。

 里の鬼たちを束ね、彼らの生活を守る義務を持つ里の長。彼の名を、なみという。普段は綺麗に一つに束ねられた白髪も、今日ばかりは無造作だ。腕を組み、苛々と指を動かしている。


「して、秘匿はまだ見付からないのか?」

「はい。……申し訳ございません。四方を探しておりますが、その足取りは途絶えたままでございます」


 不甲斐ない、と自らを責めるのは鵺だ。いつも険しい表情を更に険しくして、長老への説明責任を果そうとする。


「里の範囲内に、あの秘匿の気配はありません。外に出たか、死んだか。そのどちらかと思われます」


 基本的に適当な性格の茨だが、長老の前では殊勝に受け答えする。その落ち着いた声音が普段発揮されれば、と鵺に小言を言われるのは最早日常だ。

 茨の「死んだか」という言葉に、浪は眉間のしわを深くした。


「秘匿が死ねば、次の秘匿が必ず生まれてくる。それならばそれでも良いが、あの娘は歴代でも指折りの強力な力を持った秘匿だ。失うのは、この里にとっての痛手。……死んだのならば、その証拠を持ち帰れ。生きているのならば、どんな手を使ってでも連れ戻せ。決して、あやつらに……『童子回帰派』渡してはならん」

「――御意」

「承知しました」


 浪の強い口調に対し、鵺も茨も一瞬身を震わせた。しかし短く応じるのみにし、立ち上がって館を後にする。

 二人を見送り、鈴女は小さな体を更に小さくした。

 鵺と茨以上に、秘匿である秘翠と共にいた時間が長いのは鈴女だ。そういう意味で、今回の出奔に対する彼女の責任は重い。


(もし殺されても、文句なんて言えない。わたしは、家族にすら疎まれているのだから)


 鬼として生を受けながらも、鈴女は一切の能力を持たない。非力で愚鈍な娘を、両親は見放した。そんな彼女に秘匿の世話役という役割を与え生かしたのが、目の前で難しい顔をしている長老である。

 鈴女が怯えているのは傍目にもわかったが、浪は言葉を柔らかくはしない。ただただ、険しい表情を崩さずに諭す。


「……鈴女」

「はい」

「お前は、よくやっていたはずだった。しかし、この度秘匿を逃がしてしまった罪は重い。わかるな?」

「……承知しております」


 声が震え、手が震える。長老に極刑を言いつけられようと、鈴女は甘んじて受けるつもりでいた。それがここまで生きながらえて来た意味だと決定付けて。

 目に見えて震える鈴女を見詰め、浪はため息をついた。びくっと体を震わせる彼女に、長老としての決定を言い渡す。


「お前は……」

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