第11話『魔女と森の住人』
閑静な森林に、響き渡るクラシック音楽は池の底から聞こえてくるようだった。
池のほとりで、葉っぱ耳のうさぎに連れられたメアリーはその水面を目を細めて見つめていた。
「たしかに、少しうるさいかもね」
「そうなんですよ、静かに釣りをするのが好きなのに、こんなのあんまりじゃありませんか」
顔を手で拭き払いながら、うさぎはメアリーに訴える。
水底から聞こえる様々な楽器の高音が耳を突いて、低音が心臓を揺らす。うさぎはとうとう葉っぱの耳を手で抑えながら懇願する。
「魔女様、どうか、彼らを説得してくださいな」
「説得ねえ……」
池を覗きながらメアリーは呟く。
池は綺麗なのは間違いないが、その水は緑色に濁っていて、とても透き通っているとは言えない。
「あの、失礼」
水面を軽くノックして、池の住人に声をかけてみる。
しかし、しばらく経っても返事は来ない。
「あのー!失礼しまーす!」
今度は声をはりあげて、もう一度ノックをしてみる。
すると、どうやらメアリーの声が住人に届いたようでダンディな髭を生やした魚がいっぴき水面から顔を出した。
「はいはい、ごめんなさいね今パーティー中で、おっと、魔女様じゃあないですか、母さん!!招待状を送ったのかい!どうやったのか知らないけれど気が利くねえ!!」
「なーんだってえー!聞こえないよあんた、なんだって?」
水底から、今度は真っ赤な口紅をした魚が顔を出した。
「魔女様がお越しになられたよ」
「あらぁ!魔女様じゃあないの!今ねうちの子の結婚祝いをしててねぇ」
メアリーの顔を見るやいなや、口紅の魚は嬉しそうにおしゃべりを始めた。
そこから滝のように止むことの無いおしゃべりが真っ赤な唇からとめどなく溢れ、メアリーはとりあえずわかったふうに頷いていたのでした。
「そう、なんですか……」
「ええ、ええ。ささ、立ち話もなんですから
、中でお話はいかがですかな」
散々立ち話をした所なのに何を言うか、と内心に思いとどめておくメアリーだったが。それよりも本来の要件を話すためにと口を開く。
「ちょっと、ちょっと待ってね、その、まずわね。パーティーに参加しに来たわけじゃないの」
すると、魚たちは驚きの表情を見せた。
メアリーには少なくともそう見えた、相手は魚なので実際のところ表情などよく分からないのだが。
「あ、ご結婚はおめでとうございます」
少し申し訳なくなったメアリーは、一言そう添えておいた。
「すると……なにか別にご要件ですかな」
「そのね、ちょっーとだけ、音楽の音量を下げて貰えると嬉しいかなって」
親指と人差し指でつまむような仕草でメアリーは伝える。
うるさいから音楽を止めろなんてとても言えた雰囲気ではなかったメアリーのふたつの指先はほぼほぼ閉じていた。
「なるほど、それは失礼致しました、ついつい浮かれすぎたようで」
「いえいえ、こちらこそお祝い中に申し訳ありません、ではそういうことで」
一件落着といったところで、メアリーは昼寝をしているうさぎを起こして事の顛末を伝えた。
「魔女様、まだ音楽が聞こえておりますが、説得には失敗しましたか……」
一応音楽の音量は下がったものの、たしかにまだクラシック音楽は聞こえ続けている。
しかしこれ以上、祝い事に対して口を出すのもいい気分では無いと思ったメアリーはうさぎに提案した。
「うーん、釣りはまた明日にして、今日は別の趣味を楽しみましょう」
釣りはいつでも出来る、ということでメアリーはうさぎの方に今回は折れてもらうことにした。
「別の趣味と言うと、ガーデニングなどですかな」
「あー、そう、ガーデニングとかね」
おおげさに納得したように頷くと、うさぎは少し考え込んでから顔を上げて言った。
「そうですか、たしかに、たまには気分を変えることも大切ですからね、魔女様、それでは早速失礼します」
そうしてそそくさと、うさぎは森の方へと駆けていった。
その後ろ姿を見送りながら、メアリーは小さく手を振る。
「うん、またねー」
そうして、うさぎとも別れてお昼の静かな時間を自身の家でくつろいでいたメアリーの耳に陽気な音楽が届いた。
先程の池から遠い魔女の家に、音楽が聞こえることが珍しいと思ったメアリーは好奇心にそそられて音楽の出処を探してみることにした。
音の出処はすぐに分かった。
近づくにつれて、耳が痛くなるほどの大音量で陽気な音楽が森林を巡っている。
「あのー、ちょっと」
切り株の上には、音源のラジオが置かれている。
そして、枝木をチョキチョキと切っているラジオの持ち主であろう方に大きな声で呼びかけた。
「あのー!うさぎさん!!」
「あっと」
メアリーに気がついたうさぎは、作業を中断してラジオのボタンを押す。
するとラジオの音楽も止まり、森には静寂が戻った。
「これはこれは魔女様、ご機嫌いかがですかな」
「その、今何してるの?」
「ガーデニングですよ」
うさぎは平然と答える。
「そのラジオは?」
メアリーが指さしたラジオを、ポンポンと叩きながらうさぎは自信ありげに答えた。
「ガーデニングはラジオを聴きながらするものですよ」
「そ、そうなんだ」
「それでは、失礼して」
またラジオのボタンを押すと、大音量で陽気な音楽が流れ始める。
「ふんふんふーん」
耳を塞ぎながら、メアリーはため息をついて呟いた。
「今日は騒がしい一日ね……」
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