皇子
フッラム様は、のちに第四代皇帝となるジャハーンギール陛下とマールワール王国の姫君との間にお生まれになった皇子でありました。幼い頃より才覚を発揮されたフッラム様を祖父であるアクバル大帝陛下は大層目にかけておられ、フッラム様が六歳のとき、後継者として育てるため手元にお引き取りになりました。そして自らの妃のひとりである、ルカイヤ様にフッラム様の養育を委ねられました。
ルカイヤ様は、大変聡明で宮廷のさまざまな事情に通じたお方でございました。アクバル様との間にお子が生まれなかったため、実母のような愛情を注いでフッラム様をお育てになったのです。きっと第二のアクバル大帝にお育てになるおつもりだったのでしょう。アクバル陛下も実の息子のようにフッラム様をいつでも手元に置き、あらゆる仕事に同行させました。
それでもフッラム様はまだ六つのお子でした。ふつうであれば、まだ母の膝に乗って甘えているような年頃です。
私はフッラム様にお仕えして以来、一日のほぼ全てを共にしておりました。夜でさえおそばを離れたことはありません。私はフッラム様の私室に隣接する小部屋で寝起きをしておりましたがその間の壁は他の壁よりも薄く、フッラム様に何かがあればすぐに駆けつけられるよう、そうなっていたのだと思います。
夜になると、壁の向こうから聞こえてくるのですよ。押し殺したような、子どもの小さな泣き声が。それを毎夜隣の部屋で聞く、私の気持ちが分かりますか。
フッラム様は、皆のいる前で一度たりとも涙を見せたことはありませんでした。その堂々たる貫禄、溢れ出す威光、まさに小さなアクバル大帝でございました。ご自分に与えられた崇高な使命、この大帝国を背負う責任を、幼いながらに重々理解しておられたのです。
それでも夜になると、遠く離れたお母様を思い出してしまうのでしょう。あれほどしっかりしておられても、まだ六つ。ほんの六つの子どもだったのですよ。
今でもあの頃の、まだ少し舌ったらずの幼い声で、それでも帝王のように声を張り、私の名を呼ぶあの御方を懐かしく思い出します。いえ、懐かしいと言えるほど、私はまだあの方から離れていない。今もまだ、耳の奥に生々しく響くのですよ。呼ばれたような気がして、振り返ってみて気づくのです。そこにあのお姿はない。私はあの御方を――私の魂を永遠に失ってしまったのだと。
あの御方を失った瞬間に、私はすでに死んだも同然なのですよ。
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