完全密室殺人事件

天洲 町

プロローグ

 午後十時を過ぎた頃、僕と南さんは二階の一室、館の主人の部屋の扉の前にいた。

 先ほどから何度も呼びかけてノックをしているのだが反応がない。

「三橋さん、開けますよ」

 僕はその黒い扉のノブを捻ったが、鍵がかかっていて開かない。

 明らかに非常事態だと察せられた。

 一階の各部屋を巡っていたとき出会った、まだ五歳だという三橋さんの孫の直久の夜更かしを咎め、すぐ戻ると言って彼らが部屋に入ったのが三十分ほど前になる。

 階下まで声が聞こえるほどの大声だったのが今は恐ろしいほどに何の音もしないのだ。

 しかし床に近い隙間からわずかに光が漏れており、電気はついていて中に誰かがいることはわかる。

「扉を破ろう、藤谷くん。何かあったに違いない」

 同じ意見だった。他人の家の部屋の扉を破ると言うのは少々抵抗があったがこのままではまずいと思った。

 そばにあった花瓶を置く重い木製のテーブルを掲げ、思い切りぶち当てる。

 何度か繰り返しているとメキメキと音を立てて扉の一部に穴が空いた。南さんがそこから手を突っ込み、内鍵を外す。

 すぐさま室内飛び込んだ僕らの目に映ったのは、床に倒れ動かなくなった三橋さんと背中から深々と突き刺さったナイフだった。

「三橋さん!」

 南さんが声をあげて駆け寄る。しかし離れたこの位置から見てもすでに絶命しているのは明らかだった。

 部屋にあったのは食事のためのテーブル。その上に汚れた皿とフォークが乗っている。それからソファ。奇妙に黒光りする、あのソファだ。それから小さなキャビネットと音楽室にある物とほぼ同じ燭台。蝋燭の火は当然消えていた。

 さらに何と言っても三橋さんの目の前に怯えた様子でへたり込んだ直久だった。

 見開いた目は祖父の死体に向けられ、こちらのことは目に入っていないようだった。指しゃぶりをする子供のように口元に手をやり、微かに歯をカタカタ鳴らせている。


 頭がかき混ぜられるような混乱をどうにか押さえ込み、部屋の奥側の壁にある二枚の窓に近づく。

 どちらもはめ殺しになっていて割れた様子もなく、出入り口としては使えない。

 他に出入りする場所といえば僕たちが今破った扉が一つだけだ。

「ダメだ。もう完全に殺されてる。今から救急を呼んでも仕方ないだろうな」

 南さんが独り言のように状態を話す。やはりこれは紛れもなく殺人事件なのだ。

 先ほど確認した状況を振り返る。

 完全な密室で逃げ道もなかったこと。

 事故ではあり得ない背中からの心臓へのナイフの一撃。

 これらのことから導かれる犯人はつまり……

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