【永禄十五年(1573年)春 / H-hour】


◆◆◇永禄十六年(1573年)春 ◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 本来なら会戦とは、時期を事前に定めることなく、敵対する複数の陣営がそれぞれの戦略目標の達成を追求し、その結果として衝突に至るものとなる。


 関ヶ原は、古来より中央と域外の分かれ目となる不破の関があった場所で、四方を山に囲まれつつも、各方面への街道の接点ともなる立地である。史実で、徳川家康と石田三成の決戦が行われるのは、豊臣政権の内戦的な意味合いも踏まえれば、自然な流れとも捉えられる。


 対して、東の新田と西の足利が対峙する現状では、両陣営の勢力圏の分かれ目は不破の関にはなかった。近江国を、織田・浅井陣営が確保していたためとなる。


 けれど、西軍にとって七夕の関ヶ原決戦は既定事項として扱われており、近江の確保は当然の前提となった。


 侵攻予告時期が二月となったのは、立ち去る者に故郷での最後の正月を過ごさせようとの配慮もあっただろう。加えて、離脱者に田植えはさせないぞとの意向も込められていそうである。


 近江攻めは、幕府軍を中心に西国大名を動員する形で行われた。関ヶ原の前哨戦としてなのか、演習的な動きも見られていた。


 一方の東国陣営としては、近江の防衛に力を割くわけにはいかなかった。西側が総攻めを仕掛けてきて、その侵攻は近江までで止まると予想される以上、半端な援軍では各個撃破の的になってしまう。一方で、総勢で仕掛けるのも厳しい情勢だった。


 結果として、隠居の父親が復権の兆しを見せる流れの中で、浅井長政は気心の知れた者たちだけをつれて美濃へと移った。大軍がなだれ込んでくる少しだけ前のこととなる。


 近江を制覇した足利勢は、関ヶ原に足を踏み入れてはいない。陣地化などせず、野戦として戦いたいとの意思表示だろうか。


 そして、七夕までの日数を指折り数える者が多く出る中で、新田護邦の元に、求めていた情報がもたらされた。


◆◇◆◇◆◇◆



【永禄十六年(1573年)六月上旬 急襲作戦当日 H-hour 藤島沖】


 新造船が波を蹴立てて進んでいく。一応の完成に至った蒸気船は、量産試作と表現した方がよさそうな段階だが、波の穏やかな日本海でならなかなかの快速ぶりとなる。まして、一回限りの航海の予定でもあった。


「まもなくだぞ。どこで止まるかわからん。総員、対衝撃体勢を取れ。開扉班は、乗り上げに成功しても失敗しても、ぶちかませ」


 物騒な指示を発したのは、勝浦水軍の姐御にして奥州即応軍の総帥たる神後宗治の令夫人、亜弓殿である。俺の乗る月一号艦は本陣相当の者達を運ぶ旗艦的な役割を果たしている。


 それとは別に先陣を切る突撃隊が設定されており、何割かが九頭竜川に突入し、遡上を始めていた。一方で、海辺の砂地に揚陸を始めている部隊もあった。


 月一号艦は、九頭竜川をできるだけ遡上しての右岸への揚陸を目指している。そのために、間に合わせの蒸気機関は限界まで焚かれている状態にあった。


 佐渡を出港し、能登半島を大回りする形の外洋航路を取り、福井近辺の海岸を目指すにあたって、一向一揆水軍との遭遇はなかった。


 まもなく河口に入るところで、左方には東尋坊が見えていた。景勝地になるのも頷ける壮観ではある。


 俺の乗る船が目指すのは、大黒丸城である。先遣隊の一部は、更に遡上して小黒丸城に急襲を仕掛ける予定だった。海岸から両城を目指す部隊もあるが、九頭竜川を使っての電撃作戦が今回の肝となる。


 作戦の目標は、足利尊棟の身柄確保、ただ一点にあった。


 河口から九頭竜川に入ると、いきなり船体が川底にぶつかって跳ね上がる。大きく揺れたが、亜弓の指示でどうにか持ち直した。


「これ以上は無理そうだ。乗り上げる」


 先遣隊の星号艦はもう一回り小さな船体なので遡上できたようだが、月号艦シリーズには無理があったようだ。まあ、月一号艦以外は、海辺からの揚陸を目指しているのだが。


「大砲隊、命を捨てる必要はない。よきところで、投降するんだぞ」


 俺の言葉に、常備隊の古参兵がにやりと笑う。


「一泡吹かせてやりますよ」


 艦載の大砲は、敵の城や陣地に砲撃を加える予定となっていた。その会話の間にも、船は河岸へと突進し、そのまま乗り上げた。船首部分に設置された扉が壊すように開けられ、盾持ち兵が駆け出していった。


 さすがに、敵も態勢を整えつつある。大きな意味では奇襲だが、局面ごとには強襲状態を余儀なくされるだろう。孤立して絶望的な戦いを強いられる部隊も出てくるかもしれない。それでも、仕掛ける価値はあるとの判断に、東軍は至っていた。




 太宰府から帰った柚子と渚の土産話が、今回の作戦の発端だった。剣術大会後の宴にて、将軍が手ずから大振りな鮪を解体していたのだそうだ。将軍解体ショー……、いや、解体されたのはマグロか。


 大トロやら脳天やらカマトロに加えて、背骨についた中落ちを貝ですくって食べたのだとか。うらやましい。


 新田だって、大間を域内に抱えているのだから、できないわけではない。柚子が乗り気なので、今度再現してもらうとしようか。


 いや、鮪を食べることが重要なのではない。将軍が鮪を好み、解体ショーを持ち芸としていることが重要なのだった。


 敵将の所在は、当然ながら把握するのは難しい。けれど、鮪ならば……。


 大振りな鮪が上がった時に、それがどこに持ち込まれるかならば、つかめるかもしれない。そう考えた俺は、ココア好きの薪屋の正三郎を西国へと潜り込ませ、鮪の商いに従事させたのだった。


 二十日程前、五島列島で獲れた上物を高値で買い上げた商人が、さらなる大物を入手して、月末に越前へと運ばねばと漏らしたのである。隠してあった高速櫂船で加賀沖の一向一揆水軍の封鎖を突破したものの、嵐に遭遇して命からがら救われると、その情報を元に奇襲計画が組まれたのだった。


 今回投入された急襲艦隊は、本来は関ヶ原での敗戦後に、尾張か江戸で逆転の一手として使おうとしていたものだった。将軍が海の近くにいる日時を把握するのは難しいが、戦時であればある程度の予想がつけられる。それだけに、防備も固められると覚悟はしていた。


 今回の一向一揆勢が治める北陸への視察を察知できたのは、まさに僥倖であった。もっとも、当初の俺は、その僥倖を求めようともしていなかった。


 ソントウが関ヶ原での会戦を求めてきたからには、戦国SLGで言うところの「関ヶ原モード」で決着をつけようとの意思表明だ。俺は、そう理解して、半ば受け容れていた。


 ただ、勝てば良いけれども、負けても首を差し出すのは潔さが過ぎるというものだろう。そのために、急襲艦隊の組織も含めた逆転の一手はいくつか検討していたのだが……。俺の考えを改めたのは、陸遜との対話だった。


「別に関ヶ原モードに付き合う必要はないんじゃないか?」


「だが、決戦で決着を付ける形なら、血みどろの戦いの期間をだいぶ短くできる」


「そりゃ、早く終わらせた方がいいけどさ。だからって、会戦にこだわる必要はないって。史実の関ヶ原は、東西勢力の決戦じゃなくって、豊臣政権の主導権争いを主眼とした内戦だろ? それを関ヶ原モードだとか言って、最大勢力とその他連合勢力の決戦にしようなんてのが、史実無視の安直な考え方なんだって」


「確かに、戦国統一シリーズでは採用されたことはなかったけどな」


「だろう? ソントウも震電も、ゲーム的要素に引っ張られすぎなんだって。海上封鎖にしたって、どちらも海外交易を手掛けてるのに、封鎖もないもんだ」


「だがな……、足利の大船団が関東、奥羽に襲撃を仕掛けてきたら、正直なところきつい展開となる」


「でも、ソントウはしないって。あちらは、マルチプレイの「戦国統一」をオフラインでプレイしている。だからこその、時期指定の関ヶ原さ。……でも、先方がこだわってくれているなら、やりようはある。七夕前に決着をつけちゃえばいいよ」


 論破された俺は考えを改め、足利尊棟公の立ち回り先を探って奇襲を仕掛ける方向に舵を切ったのだった。




 進み出る鉄砲隊の背には、盾がくくりつけられている。移動時は軽量化された合金鎧で、布陣の際には盾を並べてというのが、鉄砲隊の運用の基本となる。これらの装備も、関ヶ原での死闘を想定して準備されたものだった。


 この地ならば……、一向一揆勢が統治している越前ならば、尊棟が連れてきている警護隊以外は、武装の高度化はされていない。大砲も、皆無ではないにしても、集中運用ができる状態にはないようだ。


 この好機を逃すわけにはいかない。どんな犠牲を払ったとしても。その認識は、全軍でしっかりと共有されていた。


 今回の強襲は、奥州で組織されていた即応軍が中心となっている。総大将は神後宗治で、先遣隊は九戸政実と本庄繁長が率いている。奥州勢と本陣組が中心で、同時に行われている飛騨方面からの侵攻には、忍群と関東勢が参加している。


 東軍の勝利条件は、敵の大将であるソントウを生きて捕縛することとなる。


 逃げられた場合は明確な敗北となり、既定方針通りに七夕の関ヶ原での決戦に進むか、即時の全面戦争が始まるか、微妙なところだった。


 そして、死なせた場合は、勝敗としては中立だろうか。西軍の求心力は失われるだろうが、心服している者たちは過激化するだろう。


 今回の奇襲は、海からに限ったものではない。美濃、飛騨からは数人構成の忍者隊を始め、多くの人数がタイミングを合わせて殺到しているはずだ。通常の海上戦力は、太平洋側をからっぽにする勢いで加賀一向一揆水軍に襲いかかり、海上封鎖を図っている。


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