【永禄十一年(1568年)二月下旬】


【永禄十一年(1568年)二月下旬】


 今年は奥州の雪が少なめらしく、戦機が早まりそうな気配となっている。天候が安定するのを待って、俺は海路で北奥州へと向かった。冬に入ってからも南部氏は戦備を続けていたとのことで、講和の機運は皆無となっている。


 久慈に立ち寄った際には、それぞれ九戸と久慈を継いだ、九戸政実と久慈政則が合流した。久慈政則は政実の弟で、久慈の娘婿だった関係で、当主となった状態である。


「九戸、久慈のご当主が討たれるとは……、お悔やみ申し上げる」


「残念な流れですが、既に南部宗家との隙間は大きなものでしたのでな。はっきりしたのは、よかったのかもしれませぬ」


 九戸政実は、相変わらず爽やかな武者振りである。対して、弟の久慈政則の方は、実直そうな人物に映る。


「今後は、九戸と久慈で独立した大名同士として連携される感じかな?」


「いえ、新田の傘下に入りたく存じます。よいな、政則」


「はい、家臣としてお扱いください」


「いやいや、十三湊を得る前からの友好関係にある相手を臣下にするわけにはいかないぞ。北畠、大浦、湊安東と同様の連携勢力ならまだしも」


「南蛮船を操る新田殿の臣下なら、面白い景色が見えそうですのでな。臣従がまずいのでしたら、北条や松平のような独立性のある軍団として傘下にお加えいただければ」


 久慈政則も兄の言葉に頷いている。


「それなら、歓迎ですがな……」


 実際のところは、南部から離れたからには、理性的な判断なのかもしれない。養親に加えて、支族である久慈・九戸の当主をも謀殺した南部信直は、明らかに新田領に照準を定めており、その矛先は久慈、九戸の領域にも向けられている。状況を考えれば、むしろこちらから招くべきだったのかもしれない。


 その後は、お茶会形式で南蛮交易と明の状況について色々と質問を受ける流れとなった。俺自身がマカオには赴いていないので、聞きかじり状態ではあるのだが、二人とも目を輝かせて聞いてくれた。


 九戸政実は外交能力のステータス値も高めだし、人好きもするタイプのようでもあるので、意外と外向きの役割が合うのかも。まあ、先の話は南部を片付けてからの方がよいだろうけれど。




 今回も、十三湊に関係勢力の首脳が集結した。本来は国からあまり出ない当主勢が気軽に動けているのは、やはり海路が整備されているからだろうか。


 同行してきた明智光秀は、倫との再会に涙ぐんでいた。娘の方は気恥ずかしそうで、その夫の大歓迎モードとは対照的だが、それも含めて微笑ましい。


 そして、雲林院松軒と小金井桜花の婚儀がこの機会に執り行われ、めでたい雰囲気が醸されつつも、宴ではどうしても対南部戦の話となってしまう。


「では、今回も大砲の本格運用は無しですか」


 やや残念そうなのは、上泉秀胤である。軍師的な存在だった剣聖殿の息子は、最近ではすっかり大砲に魅入られているらしい。


「想定通りに、南部の後に伊達という流れなら、そうなるな。両者は離れているようで近いんでな。バリスタ、鉄砲も含めて、本格的な集中運用は避けてくれ」 


 公式には、先に南部攻めを実施し、続いて伊達戦が予定されている。


「俺らは好きにさせてもらっていいんだよな」


 そう問うてきた鈴木重秀は、相変わらず激戦地に出没する状態となっている。


「もちろんだ。雑賀は存分に働いてくれ」


 結局、雑賀衆はこれまで紀伊に戻らずに各所を転戦してくれている。報酬は弾んでいるが、本当によいのだろうか? まあ、それは彼らが選択すべきことではある。


 と、本日の主役から声がかかった。


「殿、南部はともかく、鉄砲隊は伊達戦には本格的に参加させていただけるのですか?」


「なあ、桜花。気持ちはわからんでもないが、花嫁なんだからもうちょっとこう……」


「夫は先程から、殿が持ち込まれた、南部領の地形を示す粘土箱に夢中ですが、なにか?」


 新妻に自分のことを言及されていても、箱に顔を突っ込むようにしている雲林院松軒に気づく様子はない。


「いや、すまん。うちもよその夫婦の在りように意見できる状態じゃないな。……おそらくだが、南部が討たれれば、伊達はより硬化するだろう。南北から一気に決着をつける形になると思う」


「ついに、奥州制覇が成されますか」


「ああ、北畠顕家卿の統治時代以来かな。義親の先祖も加わったのだよな?」


「そう聞いております」


 結城義親は、いつの間にか剣豪扱いとなっていて、林崎甚助とコンビを組んで、俺の周囲に侍すようになっていた。白河結城家は、義親の兄にして義父でもある結城晴綱の実子が誕生したそうで、目が悪化しながらも活力を取り戻した当主と家臣団とに任せられるのだそうだ。


「太平記に倣えば、奥州統治の後には足利討伐に向かうわけですか。足利将軍家はどうなっておられるのです?」


 因縁話に興味深げな上泉秀胤が、京の情勢を問うてきた。


「足利義栄殿が十四代の将軍に就任したが、足利義昭殿も尾張の織田家を頼って上洛を目指している。まだ、予断を許さない状態だと言えるだろう」


「織田が三好を破れましょうか」


「そうさなあ、勢威を誇った三好家も、長慶殿が死んでから、求心力がだいぶ失われているらしいからなあ。そもそも、畿内だけが天下だった時代では、もうないわけだし」


「天下とは、畿内だけだったのですか?」


 問い返してきたのは本日の主役、小金井桜花だった。


「ああ、朝廷があるし、全国の武家を従える足利幕府が力を持っていた頃には、畿内を押さえれば話は済んでいた。だからこそ、畿内の確保が天下統一だったわけだ」


 そう考えれば、「天下統一」の天下が畿内だけを指していたのは、室町期というごく短い期間にだけ通じる話なのだろう。鎌倉幕府の者達が、畿内を制した者が天下人だ、などと考えていたはずもない。さらに遡った平安期の者達からすれば、統一という概念がしっくりこないだろう。


「それが今では、日の本の天の下すべてが、天下となるわけですか?」


「本来なら、日本に限らず、天の下はすべて安寧であってほしいものだな。統一とは言わないまでも、穏やかな世界になってくれればいいと思う」


「殿は、そのために戦さをなされているのですか?」


 その重い問い掛けは、近づいてきていた倫から発せられたものだった。いつの間にか、俺達は宴の出席者に取り囲まれていた。


「正直、生き残るためというのがまだ大きい。それに、穏やかな世界をもたらすために戦さを仕掛けるというやりように矛盾があるのも間違いない。ただ、できれば、やはりそちらを目指していきたい」


「護邦さまの行く手には、なにが待っているのですか?」


 北畠に輿入れした我が養女の穏やかな声音が、座に染み通っていく。


「さあなあ……。ただ、俺だけで進むつもりもない。皆と一緒に歩んでいきたい」


「一緒にですか」


「ああ。俺の行く道が間違っていると思ったら、ぜひ正してほしい」


「はい……」


 倫の唇が噛み締められると、その美しさが際立って見えた。




 宴の後、居室で過ごしているとやって来たのは本多正信だった。


「呼び出してすまんな」


「いえ。……して、どのような」


「まあ、そう急くな。北奥州の居心地はどうだな」


「同盟者との連携も滑らかで、並の大名の家中よりまとまって動けている状態ですな。臣従となっても、抵抗はないでしょう」


 北畠や大浦、湊安東には独立を維持してほしい気持ちはあるが、南部と伊達を攻め取ったなら、彼我の勢力差からしてそういう話になってもおかしくない。せめて従属に留まって欲しいところではある。


 そう考えてしまうのは、このまま戦国の世が収まったとしても、そこでゲーム終了となって世界が閉じるわけではなさそうなためとなる。新田が地域勢力として、あるいは日本の統治者として生き残ったとしても、いつか崩れる時は来る。その際の代役候補を残しておいた方が、将来のためによいように思えるのだった。


 まあ、単純に盟友が臣下になることへの抵抗感もあるのだが。


「新田の家中はどうだ? 神後宗治の統治ぶりは合格点か?」


「全般的には朗らかに進めながら、締めるところはきっちりと。なかなかの人物ですな。それがしへの警戒は残しておられますが、それでも献策は是々非々で対応されますし。地域をまとめるという点においては、殿よりも上かもしれません」


「それはそうだろうな。青梅将高、明智光秀と並んで、信頼できる人物だと思っている」


「会津で実力を試されている師岡殿が、次点といったところですか」


「統治能力だけで言えば、お主ももちろん評価しているが、現状だとな……」


「ええ、それがしが向くのは、仮想敵が残る状態での統治となりましょうか。それ以前に、別のお役目がありそうですが」


 やはりお見通しか。


「一向一揆をどう捉える」


「杯の中であっても、安寧がもたらされるのなら、この時代にあっては貴重なことです。杯自体が打ち壊されなければですが」


 本願寺が先導している一向一揆が、浄土真宗の教えに沿ったものかと問われれば、否と応じるしかないだろう。宗教的にも統治の論理からも、従来の秩序を重んじる立場からすれば、深刻な紊乱と捉えるのも無理はない。


 加賀の一向一揆は一国を支配した上で、越中や越前に進出しようとしている。この本多正信も参加した三河の一向一揆も、鎮圧されたにしても大きな勢力を得た。史実でもう少し後の時代には、伊勢長島の一向一揆が猛威を振るい、仕上げとして大坂本願寺が信長と対峙することになる。


 武家視点からすれば、非常に厄介な狂信者集団となり、戦国統一オンラインでも、勢力の配置によってはどうにかして早いうちに撃破しなくては、詰みの状態に陥ることになりかねない障害物的な存在となる。


 ただ……、中世の宗教感が残るこの時代に、一揆参加者の判断が誤っていたとするのは、厳しい判定となるであろう。宗教による神罰、仏罰あたりの概念や、より根源的な畏れといったものを迷信だと否定できるのは、科学を重んじる者の特権で、元の時代の感覚を押し付けるのは乱暴に過ぎる。


 実際のところ、秩序破壊という意味では、下剋上とあまり変わらないとも捉えられる。史実での本願寺も、覇権をつかみかけていた信長と真っ向から争う形にならなければ、また別の展開があったのかもしれない。


「加賀の一向一揆は、勢力を増している。よそでも火を噴く可能性は残る」


「海から加賀を攻め落として、新田の所領とされますか?」


「……その発想はなかったな。根絶やしにしなければ収まらないだろう」


「それは確かに」


 正信の表情に特に陰影は見られない。まあ、もともと明朗さを売りにしている人物ではないのだが。


「顕如が呼び掛ければ、大坂本願寺は一大勢力となりそうだな」


「間違いないかと。新田としては、距離があってよかったですな」


「そうも言っておられんかもしれん。正信よ、顕如に従って本願寺の手勢を操って全国制覇を目指したいとの思いはあるか?」


「それは……、ないですな。一向一揆は、目的ではなく手段に過ぎませぬ。楽土を招けるのなら、新田で構わぬのです。それに、乱世の中での加賀一国だから許容されているのであって、大勢力になれば、他の寺社も朝廷も黙ってはおりますまい」


「……逆に言えば、他に頼るに足る勢力がなければ、一向一揆による全国制覇もありということか? 解決すべき問題はあるとしても」


「目的の達成が最優先であることを否定はしません」


「ふむ……」


 この本多正信は、史実では徳川家に帰参して、江戸幕府の基盤を作り上げた人物である。鎖国政策の総てが正信の手によるものではないにしても、先程の一向一揆を杯の中の平和に喩えた件と、南蛮船の来航を出島に限定しての二百五十年にも及ぶ江戸幕府統治下の安寧が、俺の脳裏で重なっていた。


 ここは、リスクを冒してでも伝えておくべきだろう。


「日本全国を誰かが統べれば、平和になると思うか?」


「今よりは、もちろん」


 そう、本来は二百五十年の泰平は、望んでも得られることはごく稀な、貴重な時間なのだ。その後の苦労さえなければ。


 俺は、近習の少年を呼び、茶の準備を申し付けると、三つの粘土箱を手に縁側へと向かった。


「これが、奥州と蝦夷地だ」


「ええ、これと関東の粘土箱を組み合わせて、幾度となく演習をくり返しております。治水や街道整備の面でもとても便利ですな」


 演習がどんな展開になっているのかに興味はあったが、それは措いておくとしよう。


「こちらが、日本を取り巻く世界だ」


 俺が持ち出したのは、ロシア、中国から、東南アジア、オセアニア、南北のアメリカ大陸までを収めた粘土箱である。粘土地図の作成には、先日の来訪時の陸遜による補完が大いに役立ってくれた。


「ほ……、これは。ここが朝鮮に明ですな。こちらは、高砂に呂宋になりましょうか」


「さすがの把握力だな。ここがシャムで、この辺りがバンデンだ。そして、南方には人は住んでいるものの、あまり開発されていない土地が広がっている。東も、概ねそんな感じだな」


「南蛮は、いずこに?」


「それはこちらの粘土箱で説明しよう」


 中東、ヨーロッパ、アフリカも含めて、アメリカの東にはもう一度ヨーロッパ、アメリカを配置して、切れ目がないことを示している。その状態で平面図にすれば、正確さはだいぶ失われるわけだが、概ねの配置が示せれば用は足りる。


「ここがスペインで、この半島の端っこにあるのがポルトガルだ」


「こんなにも遠く、そしてこんなにも小さいのですか」


「ああ。スペインの統治域は広いが、それでも超大国なわけではない」


「彼らは、どうして日本にやって来ているのですか」


「こちらの南米は侵略の上で支配しているが、アジアでは今のところ商売だな。……といっても、本国と往来する船はごく少ない。実際は、日本の船が明への渡航を禁じられているのをいいことに、日本と明の間で貿易をしている感じだ」


「そうだったのですか……」


「だから、南蛮人と共同で商会を立ち上げ、そこに食い込んでいるわけだな。リーフデには感謝しないといけない。……で、日本が平和になったとして、よそはどうだろうか」


「明や朝鮮ですか? 元寇の再来はあるのでしょうか」


「蒙古はひとまず鳴りを潜めているが、それよりも脅威なのは南蛮だ」


「遠い土地にあってもですか?」


「現状で、この大海を渡って来るだけの技術力と情熱を持っているのは、世界中で南蛮……、ヨーロッパの国々だけだな。そして、彼の地では、日本と違って別の国がひしめき合い、戦国並みの争いを延々と続けている」


「それはまた……、苦界ですな」


「ああ。だが、戦争は技術力を向上させる役割も果たす。鉄砲がこんなにも急速に普及しているのは、おかしな流れだろう?」


「殿が一番加速させている気がしますが、おっしゃりたいことはわかります。新田が表舞台に出るまででも、普及の勢いは強かったですからな」


「大砲も、ようやく彼らの水準に近づこうかというところだ。……ここで、日本を制覇した者が国を閉ざすと決断したら、どうなるかな」


「国を閉ざす……。そうですな、実際には南蛮が攻め込んでくるには遠いわけですか」


「ああ。現在の技術水準ではそうだ」


「いずれは、状況が変わると仰っているのですかな?」


「まあ、そういうことだな。彼の地が戦争を重ねて発展していった結果、もっと大型の船、大砲が作れるようになったら……」


「いずれは攻め込まれるやもしれませぬな」


「攻め込まれないとしても、その頃まで平和が続けば、日本では兵器開発は行われないだろうな」


「圧倒的な力の差が生じるわけですか。……今の新田と、南部や伊達のように」


 俺の出自について、察するところがあるのだろうか。この聡い人物を警戒する気持ちは胸中にあるが、同時に得難い頭脳でもある。


「それを踏まえて、顕如に仕えてくれんか」


「なんですとっ? 話がずれてはおりませぬか」


「見せかけとしてだ。信頼を得て、中で方針を動かせる立場になってほしい」


「諜者をやれと仰せですか」


「まあ、そうだ。適任ではないから、適任かと思っている」


「なれど……、そのまま、本願寺のために尽くすかもしれませぬぞ」


「その時は、それまでさ」


「そうさせないための、先ほどのお話でしたか。……あれでは足りませぬ。まだ聞かせてもらいますぞ」


 宣言通りに、俺は世界情勢について根掘り葉掘り問い詰められることになったのだった。




 尽きぬ問答をどうにか切り上げ、密命を幾つか伝達し終えた頃には、本多正信は七杯の茶を飲み干していた。途中から室内に移ってはいたが、そこも既に冷え切っている。


 正信が辞去すると、入れ替わりに姿を現したのは静月だった。


「殿はあの者に甘いようですが、警戒を緩めるつもりはありませぬ」


「ああ、そうしてくれ。町井貞信からも同様の話を受けている」


 北奥州の諜報方面は、小金井護信、静月夫妻と、伊賀系の町井貞信に出浦盛清の三本立てとなっている。本多正信の言動には、忍者の警戒心を刺激するものがあるらしい。わざとやっている可能性も捨て切れないが。


「それでも重用されるのですね。他の家臣よりも、与えている情報量が多いようですし」


「遠方の国々の話か? 宗治や智郎……、いや、為智らと順番は後先になったが、正信が絡む計略に関わってくるので先になっただけだ。あそこまでの話は、将高や、道真、光秀にもまだ話していない」


「そうでしたか……」


 忍びとしての習性なのか、静月が統治的な話にまで言及するのは珍しい。本多正信への不信感だけが理由ではなさそうだ。


「静月は異国が気になるのか?」


「鷹彦が海を渡っておりますので。……最も警戒すべきは、どの勢力でしょうか」


「数十年か、数百年かで話が変わってくるな」


「時期に限らず、最大の驚異ですと、いかがです?」


「それだとロシアだな。北のこの辺りから、段々と南下してくる。三百年ほど後に、場合によっては呑み込まれるかもしれない」


「北ですか……」


 視線は地図のユーラシア大陸に向けられていた。


「ところで、その話でよかったのか? 興味があるようなら、続けてもよいのだが」


「そうでした。お戌の方が、殿と正信どのに軽食を準備していました。運んでもよろしいですか?」


「握り飯か?」


 史実では夫となる津軽為信を支えて、臣下や領民に握り飯を振る舞った内助の功が称えられているお戌である。歴史的な献立にありつけるかと期待したのだが、静月はあっさりと首を振った。


「いえ、新田風の海鮮丼と、雲丹や鮑の汁物が用意されていたようです。……握り飯の方がよろしいですか?」


 正直さは、この場合は美徳ではないだろう。心尽くしの献立を辞退するべきではない。握り飯はまた次の機会に期待しよう。


「いや、馳走になろう。正信の分まで用意されていたのなら、静月も一緒にどうだ?」


「それでしたら、倫様、お戌様とどうぞ」


「なら、みんなで一緒に食べようや」


「はい、ご相伴に預かります」


 穏やかな微笑を浮かべて、年若い人妻忍者は頷いたのだった。




 翌朝の昼食には、静月が手配してくれたのか、握り飯が供された。米の中から顔を覗かせた梅干しが、武郎の記憶を強く刺激する。


 亡き武郎の朗らかな言動がなければ、お戌の方の夫となった弟も、この地で家庭を築きながらも暗躍している静月も、だいぶ違う未来を歩いていたと思われる。もちろん、生きてくれていた方が、よりよい影響を与え続けてくれていただろうが。


 大浦家に婿入りしたかつての見坂智蔵は、どんな心持ちで愛妻お手製の梅干しの入った握り飯を食べてきたのだろうか。


 ちらりと視線をやると、やや遠い目をしていた為智が気づいて、晴れやかな笑みを返してきた。どうやら、同じ想いを抱いていたようだ。


 神後宗治、小金井護信、雲林院松軒らに密命を託し、北畠、大浦、湊安東に九戸、久慈といった友好勢力にもそれとなく情報展開を済ませると、俺は南奥州を経て関東へと向かった。



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