【永禄九年(1566年)十月】


【永禄九年(1566年)十月】


武田が今川侵攻の気配。北条氏規が今川に使者。従属、臣従の場合の条件調整。


諸侯を残すと、程度によっては足利、徳川と同様に。新秩序を考えるべきか。内政だけ任せて兵権は取り上げる? 新田が世襲するとして、それが腐った場合の代替勢力は残すべき。まあ、まだ先の話しか。氏真の生命力は魅力的。




「奥州諸侯への使節派遣の話があるそうだな」


 厩橋に戻っていた俺のところに気軽にやってきたのは剣聖殿……、上泉秀綱だった。


「早耳だな」


「それが取り柄でな。……外交役の主力はもちろんだが、若い者を行かせるわけにはいかんだろう」


「まあ、そうだな」


 鎮撫という文言は捉えようが色々とある。調停役を任されたと考えてもらえればよいのだが、戦国の世であるからには、降伏勧告と受け止められかねない。


 交渉がうまくいく可能性もあるからには誰でもいいわけではないが、斬殺される危険も考えると悩ましいのだった。


「俺が行ってこよう」


「いや、外交役が揃わなかった時代に剣聖殿に頼ったのは確かだが、今回はさすがに……」


 俺の言葉に、秀綱が不敵な笑みを浮かべた。


「なぁに、外交だなどと考えるからややこしくなるのさ。要は喧嘩の申し入れだ。従う者は、誰が行っても従うだろうが、そうでない相手が問題なわけだ」


「それは確かにそうなんだが」


「鎮撫を命ぜられたからには通告せずにはおけないってことだろう? その辺の間合いは、剣術家の領分さ」


 腕組みをした俺を試すように見つめながら、剣聖殿が茶碗の緑茶をぐびりと呷った。


「年寄り連中にも声をかけている。剣神殿と、北条と伊賀の爺様と……」


 指折り数えて提示された顔触れは、剣聖殿こと上泉秀綱と、北条幻庵に伊賀の蝶四郎の三人と、塚原卜伝に板部岡江雪斎、加藤段蔵という二組構成だった。


「どうだ、仮に鏖殺されても、さほど惜しくない顔触れだろう?」


 どこまでも冗談めかして通すつもりなのだろうか。


「頼っていいのか?」


「ああ、任せてくれ。喧嘩別れ上等、という条件なんだから、気楽に奥羽を巡ってくるさ」


 詳細は道真と詰めるからと言い置いて、剣聖殿はあっさりと去っていった。危険を踏まえつつも、明智光秀か青梅将高を投入せざるを得ないかと悩んでいただけに、助かる申し出である。剣豪の名声と、北条の重鎮二人に忍者の存在感も含めて、軽んじられることはないだろう。後は、無事に帰ってきてくれるのを祈るのみだった。




 そして、武田家が東海道で動きを見せていた。矛先は、松平のいる三河ではなく、今川に向いているようだった。


 先を考えれば、三河から尾張を睨む手もあるわけだが、北信濃を削られた後だけに、まずは目先の利益を得ようということか。


 不可侵の約定によって、上杉と新田が攻めてこないと考えれば、武田の後背は安泰となる。ここまで動きが鈍かったのは、俺らが破約する展開を恐れたためか。これまでの自身の行動を振り返れば、信玄がそう考えるのは無理もないのだろう。


 今川は……、どのような道を選ぶだろうか。武田に臣従するとの考え方もあるし、潔く滅びの道を選ぶ手もある。もちろん、新田に与してくれるのなら、それも歓迎だが。


 意向を探るために、俺は駿府に北条氏規を送り込むことにした。本来なら、寿桂尼殿の交渉相手として長老級を送り込むのが筋かもしれないが、北条幻庵、板部岡江雪斎は北へ向かう準備を進めている。


 降将という立場で、相手が古馴染みとなれば、通常の交渉とは別の展開になるだろう。そう考えて、特にお目付け役は付けずに送り出すと決めた。それを信頼と取るか、甘さと取るかは、好きにしてもらおう。


 仮に今川の臣従を受け容れるとすると、どういう条件が適正だろうか。正直なところ、関東における佐野氏や千葉氏とでは、今川の名の重みは違う。


 武家の世を切り開いた鎌倉幕府、現在進行系で危機に瀕している室町幕府、元時代での史実の江戸幕府を通じて、中央集権化が果たせずに諸侯が力を温存したことが、幕府崩壊の原因だと言えるだろう。


 ただ……、腐敗してまともな判断ができなくなった組織は、正しく退場させられるべきとの考え方もある。その方向性からすれば、内部に再生装置としての異分子を抱え込むべきなのか。


 まあ、そのあたりは全国を制覇してから考えるべきなのかもしれない。それとも、全国統一は上杉や織田、その他の勢力に任せるべきか。


 一方で、新田として全国平定する展開となった場合に備えて、幕府的な世襲体制で行くべきか、選帝侯のような仕組みでの実力者を頭に据える仕組みを取り入れるかは、考えておいた方がよさそうでもある。民主政は……、残念ながら現状では難しいだろう。関東の落ちつきを全国に展開し、一定の教育が施せている状況が数世代に渡って続けば、話が変わってくるかもしれないが。


 そして、今回の交渉相手となる今川氏真は、軍記物的には無能者であるかのように描写される場合が多いが、実際は戦国の世を生き抜いた柔軟な人物でありそうだ。家が滅びても殉じようとはしない生命力は、魅力的でもあるのだった。




 結城家の親子から畑作限定の関与について了承を取り、白川城の周辺村落の開墾を村人と共同で実施した。


 蕎麦、小麦の植え付けを進めるにあたって、蕎麦切り、うどん切り、ラーメンの屋台を導入したところ、蕎麦とラーメンが人気となり、料理人希望が幾人も出てきた。もちろん歓迎なので、一緒に屋台で領内を巡ってもらうことになった。


 佐竹、宇都宮領の内陸部の開発については、特に変わったところはない。肥料四天王を施し、開墾も進めつつ、作物のうまい食べ方を周知する、といったいつもの流れとなる。


 目新しいのは、香取海沿岸地域についてだった。汽水湖であるこの内海では、ウナギ、スズキ、キス、カレイなどの魚に、牡蠣、アサリなどの貝類も採れるそうだ。


 牡蠣が採れるなら、養殖もできるだろうか。汽水湖であるなら、帆立も確か生息できるはず。


 牡蠣や帆立は食べてもおいしいのだが、乾物にして明に持ち込めば高く売れそうでもある。試してみるとしよう。


 そして、湖畔各所の湊の整備も行われている。小舟の往来を妨げるつもりはないが、外海との取り引きの利便を考え、開口部の銚子の辺りに物資を集積するために、ある程度の大型船を往来させたいとの事情があるのだった。


 厩橋方面からの物資も、荷量にもよるが、香取海の西端から銚子方面に向かう場合も多い。そう考えると、やはり利根川と香取海は直結させたいところとなる。




 白川城に滞在していると、厩橋にいる間は利根川水運によって情報を素早く入手できていたのだと、改めて実感されられた。騎馬伝令を駆使しているとは言え、船の利便性とは比べようもない。


 白河から海に出るとなると東の岩城領を抜けるのが自然だが、現状で湊を貸してくれとは言いづらい。各勢力の旗幟が明確になるのは、まもなく厩橋を出立する運びとなっている、奥羽の各諸侯への使者が一巡りしてからとなるだろう。


 ……そう思っていたところに、近隣から訪問者があった。白河結城氏と境を接している勢力としては、西の蘆名、北の二階堂、石川、そして海沿いの岩城がある。


 今回の客人は、二階堂の当主夫妻だった。……奥さんの方は、伊達晴宗の長女だそうだ。大胆な話ではある。


「ようこそお越しくださいましたな。新田護邦と申します」


「二階堂盛義と申します。こちらは、妻の阿南です」


 黙礼した奥方だが、目がキラキラと輝いていて、好奇心がこぼれだしている。


 正式な交渉という雰囲気でもないので、緑茶と大福で縁側お茶会をすることにした。


 当主の二階堂盛義は……、「戦国統一」シリーズとは比べるべくもない著名な戦国SLG「織田家の野望」の、画像が表示されるようになった初期シリーズで、ひどく醜悪な絵柄を宛てがわれたことで、謂れのない侮りを受けた人物である。そうなった理由は、戦国最弱の大名であると判断されたからだとか。ただ、奥州では大名概念が関東や上方、西国とは大きく異なっていたようでもある。


 実際の二階堂盛義は、どこか優しげで、戦国武将らしくない人物だった。ステータスを覗くと二十三歳で、武力、統率、智謀は低め、内政がB+とやや高い状態となっている。


 一方の阿南姫は、やや年上のようである。伊達晴宗の娘なだけあって、肝は座っていそうだ。


「これは、おいしいですなあ」


「大福(おふく)という菓子となります。よろしければ、もう一つ」


「いえ、この一つとしっかり向き合いたいと思います」


 そう言いながら幸せそうに咀嚼しているさまは、見ていて微笑ましくなってくる。


「本当においしいですね。新田では、普通に食べるものなのですか?」


「ええ、街で売られていまして、人気のようです」


「……街で買えるものなのですか?」


「菓子は色々と売られておりますな。今度、届けさせましょう」


「いえ、いつか厩橋へ行くのを楽しみにしたいと思います」


 遠回しに新田の奥州仕置を認めると言っているのかと思ったが、単に菓子好きのようでもある。


 大福の最後の一口を飲み込んだ二階堂の当主が、やや表情を改めた。


「二階堂は、蘆名と田村に侵食されて来ました。もちろん、こちらから攻め込んだこともありましたが」


「それは……、苦労されましたな」


 ここまでよく生き残ったと表現するべきなのかもしれない。


「そして、新田殿が来られなければ、五歳の長子を人質に差し出して、蘆名に屈服しようとしていたところです」


 その人質には、母の阿南姫、伊達晴宗の流れから蘆名の血が入っており、史実では蘆名盛氏、盛興の親子が落命した後、蘆名氏を継ぐことになる。


「息子の盛隆を人質に出しますので、新田に従わせていただけないでしょうか」


「お断りします。新田は、人質は取らない方針でしてな。それはともかく、奥州鎮撫に賛同いただけるなら、大歓迎です」


「しかし、人質なしでは、裏切られるのではありませんか」


「この時代、人質を取っても、裏切りが防げるものではありませんからな。まずは信じて、裏切られたら対処するまでです」


「潔いというか、なんというか……」


「奥州では、従ってもらえるなら、所領安堵をする方針でしてな」


「それなんですけれど」


 阿南姫は、いたずらっぽい表情を浮かべている。


 提案されたのは、所領を明け渡すので、夫を文官として使ってもらえないかとの話だった。


「蘆名が滅びるのならともかく、そうでなければ安心できる日は参りません。仮に蘆名が討滅されたとしても、そもそも二階堂は武家ではないのです。この人と家臣の話を聞いていると、どこまでも身を守るための兵事なんです。伊達では違いました。どうやって周辺勢力を平らげるかを常に考えています」


「そういうものなのか……。すぐに所領を放棄したいのですかな?」


「いえ、新田殿の奥州仕置が済んでからとさせてください。家中には武辺の者もおりますので、畳むとなると簡単ではないのです」


 いつの間にか、交渉相手が阿南姫となっているが、よいのだろうか。


「ならば、むしろ新田の兵力を入れた方がよいのかな?」


「状況がはっきりしたら、ぜひお願いできれば。現段階で入っていただくと、むしろ蘆名や田村を刺激すると思われます」


「こちらとしても、すぐに開戦となるとややこしくなる。承知した。準備を進めよう」


 二階堂盛義はほうっと息をついた。角張った顔に、穏やかな表情が浮かんでいる。


「文官としてなら……、まずは厩橋で新田風の統治に親しんでもらってからになるが、例えば小田原か河越か鎌倉か……」


「か、鎌倉ですかっ」


 反応ぶりに思わず目を見開くと、阿南姫が夫の腕を取った。


「失礼しました。……鎌倉は、父祖に縁のある地なのです」


 話を聞くと、二階堂氏は鎌倉幕府の草創期に京から下った文官の末裔で、二階建てのお堂が作られたことから、それを姓にしたらしい。二代将軍、源義家を補佐する十三人の一人だったそうだ。


 その後は、一族で代々、鎌倉幕府の政所執事、室町幕府の評定衆を務めてきたそうだが、奥州二階堂氏は、所領を守ろうと派遣された一門の者が土着した状態らしい。戦国の世が沸騰する中で、領地を削り取られて現状に至ったとのことだ。


「そういうことなら、鎌倉の責任者にできるかどうかはともかくとして、任地にすることは検討できると思うぞ」


 二階堂盛義は目を輝かせている。


「ただ……、阿南姫は、伊達家の出身だし、妹が蘆名に嫁入りしたばかりなんだろ? 敵対関係を結ぶ可能性があるが、それでもいいのか?」


「妹が蘆名の世継ぎの妻となり、兄が岩城の当主で、石川も養子に弟が入っています。田村の当主の妻は叔母ですし、この辺りの領主はだいたい親戚なのです。それでも、本気で殺し合っているのです」


 凄まじい世界である。そう考えると、今では懐かしく思える怒号おじさんこと長野業正の婚姻政策は、あの時点では破綻はなかったわけだから、意味があったのだろう。少し悲しげな瞳の阿南姫が言葉を続ける。


「どこも、家の存続がなにより大切なのです。……でも、盛義殿は戦いを好む性格ではないし、息子も蘆名にやるにはあまりにも優しげで」


 この夫妻の息子は、蘆名の嫡流が絶えた際に、今回蘆名の若年当主に嫁入りした伊達の姫と結婚して、蘆名を継ぐはずだった人物となる。そして、二階堂びいきの動きから家臣に疎まれ暗殺されてしまい、蘆名の没落を招くことになる。まあ、それをもって無能だとしてしまってはひどい話である。


「ただ、将来的な臣従にあたって、一つ条件があるのです」


 話はついたものかと思っていたのだが、なにごとだろうか。


「戦さには参加させてもらいます。よろしいですね」


「行政官僚になってくれるのでは?」


「あたしがです」


 胸を張る姿を目にして思いだしたが、この阿南姫は夫を亡くしてから、女城主になった人物だったか。二階堂盛義を見やると、諦めたように頷いている。


「それは……、まあ、かまいません。盗賊追捕などもありますし」


「いえ、戦さに参加しなくてはならぬのです。このまま、二階堂がただ文官になったのでは、息子のためにもなりません」


 そういうものだろうか。ただ、思いとどまるよう説得するのは難しそうでもあった。




 阿南姫は宣言どおりに新田の軍勢の中に入り込み、常備兵らに混じって各兵種の体験をこなした。


 結果として、彼女は鉄砲に魅入られたようだった。その様子からは、どこか往時の小金井桜花が思い出された。


 新田の鉄砲隊は、数では雑賀衆を圧倒しているのだが、どこかおとなしい印象がある。そう考えると、勝ち気の阿南姫が率いるのはありなのかもしれない。


 そんな中で、畿内からの報せが届いた。足利将軍の後継争いがいよいよ煮詰まってきていて、足利義栄が畿内へ入る見込みとなったそうだ。一方の義昭も、上洛支援を各国へ要請しているというが、新田にはやはり連絡は来ていない。


 まあ、京に関わるには遠すぎるし、朝廷から奥州鎮撫の勅命を受けた存在というのもあちらからすれば微妙だろうし、接触しづらいのは無理もないのかもしれなかった。




 二階堂領、結城領において開墾、施肥といった方策が進められる中で、先触れを経てやってきたのは岩城家の当主だった。こちらも、剣豪使節到達前の来訪となる。


 阿南姫の兄で、伊達晴宗の長子だったのが養子となって岩城家に入った岩城親隆(いわきちかたか)は、どこか優しげな雰囲気を醸し出す人物だった。


 ステータスを覗くと二十九歳で、武力はCと低めながら、統率はB+なので領主としてはそこそこだろうか。そして、外交Aが目を引く。確か、伊達家周辺で和議外交に奔走したんだったか。戦乱の耐えぬこの時代にだから、苦労人なのかもしれない。


 外見も実直そうな人物で、腰が低いが卑屈ではない、といった印象である。白川城の廊下でのお茶会には、阿南姫も参加していた。


「妹から、一度は顔を出すようにと厳命されましてな。ご迷惑かもしれないとは思いながらも、罷り越しました」


「迷惑などととんでもない。お騒がせしております」


「騒ぎなどと……、まあ、確かに情勢は変わっておりますがな」


 微笑む様子は、なかなかに明るい。少なくとも話は通じそうではある。と、来客である伊達の係累二人のうちで、妹にあたる方が口を開いた。


「平和をもたらしてもらえるなら、多少の騒ぎは致し方ありません」


「阿南姫には、声がけだけではなく、同席の労まで取っていただき感謝いたします」


「あら、もう臣下だと思っていましたのに。呼び捨てで構いませんのよ」


 その言葉に、やや慌てた様子を見せたのは岩城親隆だった。


「おい、阿南。二階堂家は既に臣従済みなのか?」


「いえ、あたしが先行して臣下として動いているのです。蘆名攻めとあらば、先陣を務めさせていただこうかと」


「なんと……、だが、伊達は……」


「兄様には、蘆名の矢面に立つ二階堂の気持ちはわからぬのです。まして、うちは元々の武家ではないのですから」


「だが、なにもお前が……」


「このまま、ただ屈服して文官になったのでは、我が子の道が狭くなります。あたしが新田の先陣で活躍するか、あるいは命を落とせば、二階堂の家名も高まりましょう」


「あー、兄妹の対話中に悪いが、新田では文官の地位が低いなんてことはないぞ。両方こなせる者もいるが、内政特化型も貴重な存在だ。宰相的な存在の道真も、本来は軍事面もこなせるのに、内政面に注力して大幹部状態だし、里見勝広や箕輪繁朝、用土重連、大道寺政繁らを軽んじる者はいないぞ?」


「ですけど……」


「意図はわかるが、無理はしないでくれ」


「妹は、昔から言いだしたら退かないたちでしてな。覚悟された方がよろしいでしょう。それにしても、新田の家は、二階堂とはまた違う意味で武家とは雰囲気が違うようですな」


「まあ、これまでは戦さだけをやる豪族が多かったようだが、新田は領内での商業、通商、産業振興への目配せに加えて、自らも手掛けているからなあ。内政面の重要性もよそとは異なるんだ」


 史実では、豊臣による全国制覇が成立すると、直臣のうちの文治派が幅を利かせて、武断派が反発するとの流れがあった。新田では当初から内政組の重要性が認識されており、これまでのところ目立った対立軸はない。


 ……あるとすれば、緑茶派と紅茶派と、それにほぼ重なりつつもずれも見られる、和菓子派、洋菓子派の対立くらいだろうか。


 ただ、いつか国内で武力行使の必要がなくなれば、話は変わってくるだろう。


「さて、岩城の方針ですが、新田殿の邪魔立ては致しません。今のお話を踏まえて、そう決めました」


「助かります。ただ、よろしいのですかな? 奥方は、新田が討った佐竹の姫だと聞いておりますが」


「そこはお気になさらず。お梅と離縁しろとの話でしたら、また話は変わるのですが」


「そのようなつもりはありませぬ。佐竹が憎くて討ったわけでもないですしな」


 岩城が明確に敵対してこない方針となったのは、とても助かる状態である。緑茶は既に飲み干されており、続いて紅茶と林檎酒風味のスポンジケーキが供された。砂糖と卵、バターなども自由に使えるようになり、洋菓子もだいぶ充実してきていた。


「しかし、伊達は本拠とだいぶ距離がある土地の勢力とまで縁戚を結ぶのですな」


「父、晴宗の兄弟姉妹の頃から、近隣勢力へ養子を送り込み、また、嫁入りもさせています。二代にわたって周辺に行き渡った感がありますけれど……、戦さを止める力を持たないのは、これまでの経緯で明らかですね」


 確かに、奥州での戦さの頻発度合いは、かつての香取海北岸・西岸の小田、結城、小山、宇都宮、佐竹といった顔触れによる、入り乱れての攻め合いに似ている。


「この辺りでは、あとは弟が石川の養子になっておりますな」


 伊達晴宗の十五になる息子が入って、石川昭光と名乗っているそうだ。当主は三十代後半の石川春光となる。 


「お味方するように、あたしからも働きかけましょう」


「それがしからも、岩城の方針は伝えておきます」


 二人の口振りでは、その弟くんはあまり重視されている感じではなさそうだ。


「石川領より北に位置する田村一族は、どう動きますかな」


「さて、蘆名とは仇敵のような間柄となっていますが……」


 伊達の従属勢力的な立場からほぼ脱却した田村氏は、家臣によって幽閉されていた石橋氏当主の尚義を追放させ、石橋四天王を傘下に収めたそうだ。田村の北側には、半ば従属状態の石橋勢と、かつて奥州管領を称していた二本松畠山氏がいる。


 その二本松畠山氏は、蘆名と田村に両側から圧迫される形となり、風前の灯状態に陥っていた。


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