【永禄九年(1566年)七月下旬】その一


【永禄九年(1566年)七月下旬】


 ネーデルラント・新田交易会社の八丈島=マカオ船団第二陣が戻ってきた。


 今回の船団は、青梅将高に率いられている。俺と同様のモブ豪族出身のこの人物は、すっかり新田家の重要人物となっていた。


「将高、便利使いして悪いな」


「いえ、得難い体験でした。……それにしても、小桃殿の言葉の力はすごいですね。彼女がいなければ、とても対応できなかったでしょう」


「ああ。そして、言葉だけでは話は通じないからな。彼女の把握力、吸収力も新田の大きな戦力だ」


 頷いた将高は、本筋の報告を始めてくれた。


 ポルトガル商館によれば、粒ぞろいの真珠の定期供給に関して、インド方面から激烈な反応があったそうだ。それを独占できるのなら、ということで、マカオでのネーデルラント勢との交易について、引き続き歓迎するとの立場が示された。同時に、明の商人との直接交易も許容された。


 ポルトガルとの真珠の取り引きは、銀を対価とする形になった。何か買ってくれれば歓迎だと言うので、ポルトガル製の大砲や銃器、刀剣などをリクエストし、実際に幾つか確保してきたようだ。


 そして、明の役人、軍人との交流にも成功したそうだ。その際には、同行していた耕三、小桃が食事を提供し、喜ばれたとのことだった。逆に二人は、明の料理ともてなしを学びつつあるようで、頼もしい話である。


 明の軍人からは倭寇に手を焼いているとの話があったそうで、協力を申し出た状態だという。この時代の倭寇は、実際には純粋な和人の海賊と言うよりは、明の武装商人や周辺地域からの海賊らが合流して、連携、抗争しあっているような状態らしい。南蛮船には基本的には手出しはしてこないが、情報提供ならまったく問題ない。平戸辺りにも根拠地は多く存在していて、知る限りの情報を小桃が提供したそうだ。


 その流れから、また、ポルトガル商館からの推挙もあって、食事処兼商館を設置する許可が得られ、耕三と小桃は現地で開店準備にあたっているとのことで、話が目まぐるしい。


 商売の方は、真珠の対価で得た銀と、日本から持ち込んだ商材での明の商人との取り引きが本筋となる。ただ、今回は直接交易の初回なので、試供品の提供中心の動きとなり、次以降に本格的に、という顔つなぎ的な進め方となった。


 上州産の生糸や絹織物を商人に見てもらったところ、明での三流以上、二流以下くらいの評価だったそうだ。箸にも棒にもかからない可能性もあったので、まずは成功だろう。前回の明からの絹織物、生糸は各産地にばらまいてあるので、今後の改良も期待できる。


 そして、かねてからリーフデと付き合いのあるネーデルラント船が合流し、ひとまず傭船契約の形で八丈島まで来ているそうだ。このまま交易商会に合流してくれると助かるのだが。


「将高の目から見て、新田の商船はどうだった」


「航行に問題はないでしょう。商船として考えれば、もう一回りの大型化が望まれます。ただ、明の海賊船や和船ならともかく、南蛮船に砲撃で私掠を仕掛けられたら……、いえ、私掠でなく、沈めに来られたら対抗できません」


「現状の武装はバリスタだけだから、近づいてくれば戦いようはあるか。その意味でも、今回のポルトガルからの大砲確保は助かるよ。運用されている実物は、大いに参考になるだろうからな。後は、大型船の建造となると、鎧島では手狭になるか。……横須賀かな」


「三浦の外洋寄りの土地でしたか。鎧島から水運ですぐですから、よいと思います」


 頼れるこの人物との対話は、話が早くて助かる。


「それと、和人奴隷の買い戻しの件だが……」


「その件については、佐竹義重をこちらに呼びたいと思うのですが」


「かまわんが……、佐竹義昭が先日の戦いの後に、自決してだな」


「既に本人も知っております。弟が当主になって、白河方面に去ったそうですな」


 把握済みならば否やはない。やってきた佐竹義重は、穏やかな表情で床几に腰を下ろした。


 青梅将高に促されて、義重は見てきたことを話してくれた。


「和人奴隷は、明の商家でも南蛮人のところでもきつく扱われていた。どちらかと言えば、明の方がましだったようだが。自分たちの言葉が話せないからと、獣のように……。忍者らの探索によれば、慰み者にされている和人も一人や二人ではないようだ。和人以外にも奴隷はいて、同じように扱われていたのだが……。和人奴隷への扱いに、強い憤りを禁じ得なかった」


「そうか……」


「けれど、かつて乱妨取りを是としてた自分が、彼らを非難するのはおかしいんだ。あそこにいた奴隷は、佐竹が売り払った者かもしれない。だが……、どう考えるべきか、わからなくなってしまった」


「海を渡って、視野が広がったんだろう」


「視野が?」


「ああ。これまでは世界を、佐竹とそれ以外として認識していたのが、日本とそれ以外になったんだろう」


「護邦殿は、あの小田原攻めの折りにも奴隷を買い戻していて、今回も買い戻した。だが……、将高殿は和人以外の奴隷も買い求めておられた」


「そうなのか?」


 問いを向けると、将高が頷いた。特に指示はしていないのだが、さすがの判断力である。


「はい、南方の国からの者が中心となります。扱いは、和人奴隷と同等かそれ以上にひどいようです。明の者に買われた場合、技能があったり、言葉の覚えが早い奴隷はまだマシなようですが、南蛮人が買った際には、ほぼ例外なくひどい扱いですな」


「ふむ……。奴隷を購入することは、奴隷商売を活発化させてしまう可能性もある。それでも、虐げられる者がいれば、救っていきたい」


 と、佐竹義重がまた口を開いた。


「救い出された者達はどうなるのだ?」


「解放して、自由にさせるさ。故郷に戻りたい者は手助けするし、新田領で暮らしたければもちろん支援しよう」


「和人でなくてもか」


「そりゃ、そうさ。……義重は世界を見たために、佐竹だけから日本全体に、身内感覚……とでも言えばいいのかな、家族意識を広げたんだと思う。だから、和人奴隷の苦境に憤りを覚えるようになったんだろう。ならば、そこから、さらに世界全体に広げてみたらどうだろうか」


「世界に……。けれど、連中が和人に害を為している。そんな相手にどうして」


「奴隷を虐げるのは、なにも明や南蛮人だけではない。和人だってやるときはやる」


「ああ……、そうだな」


 義重は、おそらく自ら乱妨取りをしたことはないのだろう。初対面の時の擁護についても、佐竹の所業だからと自分を無理に納得させた結果だったのかもしれない。


「国や民族で分けるのではなく、悪事を為す者と、害を受けている者に分けるのはありかもな。ただ、なにを悪事かと決めるのも難しい。……佐竹を討ったのは、悪事を為していたからではない、俺の都合さ」


 さすがに、義重の表情がきつくなった。けれど、彼が口にしたのは恨み言ではなかった。


「民を虐げる勢力を、討つというのか」


「いや、善行を為すには、それをするための力を得るのが先決、といったところかな。だから、さほど悪虐でない勢力もこれまでの過程で討ってきている。那波氏や桐生佐野氏、藤田氏に本庄氏だって、本来なら討たれるべきことはしていないだろう。ただ、力を得なくては、善行も為せないこんな世の中なんでな」


 と、佐竹義重の頭上に浮かんでいた赤い▽印が白色に変じた。佐竹家からの離脱を決心したことで、浪人状態となったのだろう。


「新田の家中に加えてくだされ」


「頼めるか」


「はい」


 目の前で床几に座る若武者の白い▽が、また赤に染まる。


「……北奥州で手が足りなくてなあ。あるいは、船団指揮でもいいんだが」


「お心のままに」


 こうして、頼りになる人物が新たに加わったのだった。


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