第24話 子の親

 翌日、朝帰りしたアイルが、朝食の席でレインに言った。

「レインさん、昨日市長に子供の話、聞いてたでしょ?」

「うん。」

レインが答えると、

「あれ、どうも市長の本当の子じゃないらしいですよ。」

アイルが言った。

「え?それって、どういう事?」

レインが聞くと、

「レインさん、市長と離婚したんですよね?市長はその後、新しい人と結婚したんだけど、それでもなかなか子供が出来なくて、それでどうやら・・・。」

アイルが言葉を切った。レインが市長と結婚していた事を、みんなは知らないと思って、驚いているかどうか周りを見渡したのだ。しかし、誰も驚いていない。みな、黙々と食事を摂っている。だが、聞き耳を立てている。

「どうやら、何?」

レインが先を促した。

「ああ、はい。その新しい人には、実は恋人がいて。まあ、市長と結婚する前からつき合っていた人らしいですけど。それで、本当はラブフラワーの前で愛し合ったのはその恋人とだったそうなんです。それでラブフラワーの実が成って、子供が生まれたってわけ。」

アイルが言った。

「じゃあ、お嫁さんとその愛人との子供なのに、それを市長の子供だと偽って育ててるってわけ?」

レインではなく、シルクが言った。

「そうなんだよ。それを本当は秘密にしているわけなんだけど、まあ、どっかから話が漏れるんだなー。」

アイルは情報収集に長けているので、そういう事も掴んで来るのだ。

「じゃあ、やっぱりあの人は、誰とも愛し合っていないのか。」

レインがぼそっと独り言を言った。

「レインさん?」

じーっと目の前のテーブルを見つめているレインに、ロックが心配になって声を掛けた。すると、

「僕、ちょっと行ってくる。」

レインは突然立ち上がり、カフェを出て行った。


 何をしに行くのか、自分でも分かっていないのに、レインは市長の家へ向かった。かつて自分も住んでいた家だ。

「こんにちは。あの、僕・・・。」

チャイムを鳴らして、ドアが少し開いたので、レインがそう言いかけると、

「おや、レイン様ではないですか!ああ、お久しぶりです。お元気そうで。」

出てきたのは執事だった。一年ほど前までレインはここに住んでいたのだ。使用人達はみな、レインを歓迎した。そして、応接間に通され、お茶を出された。

「突然来てしまって、すみません。恐縮です。」

お客のようにもてなされ、縮こまるレイン。そこへ、市長が現れた。

「レイン、どうしたんだい?もうここへは来ないんじゃなかったのか?」

レインは離縁されて出て行く時、

「僕は、二度とここへは来ません。さようなら。」

と、力強く言ったのだ。悲しいとか、悔しいとか、色々な思いが溢れそうになるのを必死に堪え、涙を堪えて吐き捨てた言葉だった。

「あの、お子さんの事で。」

レインは人払いを願った。そして、市長と二人きりになると、

「単刀直入に聞きます。お子さんは、あなたの子ではないのですか?」

と、いきなり言った。市長は面食らった様子で、

「な、何を言い出すかと思ったら。変な噂でも聞いたのかい?心配してくれたのかな。いや、大丈夫。僕の子だから。うん。」

と、言った。レインは嘘だと思った。様子がおかしい。そして、思わず、市長に抱きついた。

「レイン?」

市長はまたもや面食らったが、それでもレインを抱きしめ返した。

「可愛そうな人。誰も愛せないんですね。」

レインは涙を流してそう言った。だが、

「いや、そうではない。僕は彼を愛した。だからこそ、君と別れた。それに、金に物を言わせて恋人とも別れさせたんだ。」

と、市長が言った。

「・・・は?」

レインは顔を上げた。

「今、なんて?」

レインには寝耳に水だった。

「彼を愛したから、僕と別れた?つまり、僕と結婚していながら、他の人を愛したって事?」

レインがそう問うと、市長はばつの悪そうな顔をした。

「いや、まあ、そうなんだ。すまない。」

市長は顔を背ける。

「僕は、子供が出来ないから離縁されたと思っていたけど?は?じゃあ、僕のせいじゃないじゃん。で、金に物を言わせた結果がこれか?無理に奪った彼は、あんたじゃなくて、元彼の事を愛してたってわけか。はっ、あんた、自業自得だ。」

レインはそう言い捨てると、さっさと館を後にした。カフェに戻る道すがら、腹が立って仕方がない。

「バカバカ、僕のバカ。あんな奴の為に泣いたりして。それにしても、新しい人もひどいな。金目当てに結婚したってわけか?それで、子供を作ってやって、愛人とは今もよろしくやってるってか。はっ、もうやってらんない。」

 カフェに戻って来ると、そろそろお昼の準備が必要な時間だった。

「ごめん、今すぐ取りかかるから。」

レインはすぐに仕事に取りかかった。


 雨が降った。レインの心が泣いているかのようだ。

「レインさん、どうしたんですか?」

レインは、実際に泣いていた。悔しくて仕方がない。仕事が終わると、部屋に籠もって泣いていた。そこへロックがやってきたのだ。

「ロッキー。」

レインは泣きながらそう呼び、両手を広げた。ロックが近づいて行くと、レインは立ち上がってロックに抱きついた。

「レインさん、何があったんですか?」

ロックが優しくそう言うので、レインは今日あった事を話した。

「そうだったんですか。やっぱり、レインさんは今でも市長の事が好きなんですね。」

と、ロックが言ったので、

「はあ?何聞いてたの?ばっかじゃないの?もういい、出てって。出てってよ!」

レインは怒りにまかせてロックを押した。だが、畑仕事で鍛えたロックの胸は、細腕のレインが押してもびくともしない。

「レインさん、ごめんなさい。怒らないで。そうじゃないんです。同情するくらい、愛情があったんですねって事です。でも、今は市長より、僕の事を愛しているでしょ?それは分かっています。ちゃんと。」

ロックがそう言うと、レインは大人しくなった。それで、ロックはレインをもう一度抱きしめた。

「愛情深い、優しい人ですね、レインさんは。僕は、そんなレインさんが大好きです。だから、嫌な事はもう忘れてください。市長の事は嫌いになっていいんです。ね?」

ロックがそう言うと、

「うん。あいつの事は嫌い。ロッキーの事は、好き。」

レインがそう言った。そして、レインはロックに口づけた。ロックはレインの涙の跡を両手でぬぐい、それから深く、口づけた。

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