癒し、お作りします。

@SU_ZU_NA

第1話

 癒しとは––––––自分に安心感を与えてくれる存在である。

 癒しとはだいたいの人が持っているものであり、癒しの種類は人によって違うものだ。

 漫画や小説、アイドルや俳優など、癒しには色々なものがあるだろう。

 そして––––––私、七星朱里ななほしあかりも例にはもれていなかった。

 私の癒しは推しだ。

 その推しとは『ドキドキ☆キューピット♡』という漫画に出てくる男主人公、奈鳥港なとりみなとである。

 ちなみに『ドキドキ☆キューピット♡』という漫画は、高校デビューしたヒロインが、奈鳥湊と恋愛をする物語だ。

 私は略して『ドキドキ』と呼んでいる。とてもダサいかも知れないが、元々の名前がダサいから仕方がない。

 そう、題名は正直に言ってダサく、題名を見ただけでは誰もその本を取らないだろう。

 けれど私は、絵柄に惚れた。

 その本の絵柄が完全に私のタイプで、見た瞬間速攻購入した。

 そして家に帰り、本を読んだのだが––––––内容も、完全に私のタイプだった。

 絵柄がタイプで、内容も好み。

 その本を好きにならないで、他に何を好きになると言うのだろうか。

 よって私はどっぷりと、その本にハマってしまったのだった。

「あー、ほんっとかっこいいなぁ…」

 私は湊君を見て、そう呟いた。

「この本の中から、突然出てきたりしないかな。いや、私がこの世界に入り込む方が現実的か」

 どちらにせよ現実的ではないのだが、異世界転生系漫画をたくさん見てきた私からすれば、そっちの方が現実的だと思えた。

 私は自分でスマホに保存している、湊君の写真を見る。

 勿論自分で描いたやつだ。この本を好きな人がほとんどいないので、全てのグッズやイラスト、夢小説は全て私が書いたものだ。

 私も良い大人だけど、推し事だけはやめられない。

 それが私の癒しであり、幸せでもあるのだから。

「これで湊君が私のところに来てくれれば、完璧なんだけどな」

 そんなことあるわけないけど、と言って、私は笑う。

 すると突然、周りがとても眩しくなった。あまりにも眩しすぎて、目も開けられない。

 まさかこれ、異世界転生!?いや私は死んでいないから、異世界トリップか。

 それでもすっごい楽しみ!

 そして数秒ほどすると、周りの光は消え去った。

 私はそっと目を開いてみる。

 しかしそこは、先程と全く変わっておらず、私の部屋にいたままだった。

「なんだ、ただ眩しくなっただけか。期待して損した」

「あれ、ここどこだ?」

 突然後ろから声が聞こえてきて、私は驚いて後ろを振り向く。

 するとそこには、湊君がいた。

 え…?い、いや、幻覚…だよ、ね?

 でもリアル…え?本当に湊君なの?もしかしたら不審者って可能性も…

 私は頭がこんがらがって、思わず両手で頭を抱えた。

 一度目を擦り、もう一度湊君がいた場所を見てみる。

 しかしそこには相変わらず、湊君がいた。

「え、え…本物…?」

「大丈夫ですか?」

 心配してくれているのか、私に手を差し伸べてくる。

 初対面で、突然知らない場所にいて驚いているはずなのに、私のことを気遣ってくれるなんて…!

 私はあまりの尊さに、後ろの布団にバタッと倒れ込んだ。

「ほ、本当に大丈夫ですか!?喋れますか!?」

「大丈夫…貴方があまりにも尊いだけなんです…」

「は、はぁ…」

 あぁ、戸惑っている顔もかわいい…

「大丈夫なら俺からも少し、質問良いですか?」

「良いよ。それと、敬語はなしで」

 敬語がない姿での声を聞いてみたい…!

「あ、あぁ。わかった」

 あーもう、可愛過ぎる〜!もう尊いってぇ〜!

 私は内心悶ながらも、表面上ではなんともないかのように振る舞っていた。

「さっそく質問なんだが、ここはどこなんだ?貴方の家っぽいし、それに…なんか、俺のグッズらしきものもあるんだが…」

「あっ」

 湊君の存在が大きすぎて、グッズ達の存在を忘れてた…

 どう説明したら良いだろう。何を説明してもただのストーカーだ…

 顔がサーッと青ざめた。

 湊君に嫌われたのかと思って、この世の終わりかのような顔をしていただろう。

 そんな私を見て、湊君はゆっくりと私の元へ近寄ってくる。

 そして、話し出した。

「別に責めてないから、そんなに青ざめないでくれ。俺が貴方に悪いことをしているように感じる。

 俺のグッズらしきものがあるのは、ちゃんとした事情があるんだろう」

「〜ッ♡」

 一億点!百点満点中一億点んんんんん!!あー尊いぃぃぃぃぃ!!

 私は興奮しすぎて、ストーカーみたいになってしまっていた。

 マジすこぉ…もう私、死んでもいいわぁ…

…っていけないいけない!ここで死んだら、湊君が困ってしまう!

 私はなんとか表面上だけでも取り繕い、平然としている風の顔をしておいた。

「じゃあちゃんと説明するね。信じてもらえないかもだけど、聞くだけ聞いてほしい」

 そして私は、何があったのか全て話した。

 元々私は漫画で、湊君の存在をしっていたこと。

 グッズがあるのは、湊君のことが大好きだからということ。

 突然眩しくなったと思ったら、湊君が出てきたこと。

 余すことなく、全て話した。

 その話を聞き終わったあと湊君は、うーんと唸っていた。

「貴方が俺のことを知っていて、この世界に来て欲しいと思ったら本当に来た訳か…にわかには信じがたい話だな」

「やっぱり、そうだよねぇ…」

 そりゃあこんなぶっ飛んだ話、信じてもらえるはずがないか…

 私はそう思い、ため息を吐く。

 すると湊君が、私の頭をポンポンと撫でてきた。

「でも俺は、貴方の話を信じるよ。その態度を見る限り、貴方が嘘を吐いていることはないと、俺は感じた」

「…」

 流石少女漫画の男主人公、私には刺激が強すぎる…

 私は赤くなった頬を、両手で押さえた。

「大丈夫か?」

「あ、だ、だだだ、大丈夫です!」

 動揺しすぎだ、これじゃ社会人失格だよ…

 私は深呼吸をして、息を整えた。

「まぁ、なんでこうなったかはわかった。けど俺はどうやってここに戻ればいいんだ?」

「それは…私にもわからない…」

 そもそもなんで湊君がここに来たか、知らないしね…

「うーん、どこかに手がかりとかないのかなぁ…」

 私はそう言って、『ドキドキ』の漫画を探す。

 しかし不思議なことに、『ドキドキ』の漫画は見つからなかった。

 あれ…『ドキドキ』がない…?

 私は部屋の至るところを見てみるが、やはりあの本は出てこなかった。

 私は悲しすぎて、その場に崩れ落ちる。

 すると湊君が、あることを話してきた。

「そういえばここに来る前、なんか声が聞こえたな」

「え、なんて言ってた!?」

 もしかしたらその声がなんて言っていたかによって、帰る方法がわかるかも知れない!

 異世界に行く直前に突然謎の声が聞こえたっていう設定は、あるあるだし!

「えーっと…なになにをしたければ、召喚者を精一杯癒やせ、だった気がする。記憶はおぼろげなんだけどな」

 召喚者…?まさか、私のこと…!?

「港君…その召喚者ってもしかしたら、私かも知れない…」

「…は?」

 気まずい沈黙が、空間を支配する。

 私は慌てて、誤解されないように弁解をした。

「わ、私が港君を呼んだ訳じゃないから!

 でもこの場には私しかいないし、この世界の中から召喚者を探せなんていう無理ゲーはしないと思うから、消去法的に召喚者は私ってことになるのかな、と…」

 もしその推理が違ったら、ごめんとしか言いようがない。

 その場合は明らかに私が悪すぎるので、全力で謝る。そして出来る限りの港君の願いを全て叶える。

 それしか出来ないのは悪いけど、まぁ合っていると思うけどね。

 これで間違っていたなんてことは、ないと…思う。

「はぁ…まぁわかった。なら貴方をたくさん癒せば良いんだよな?幸いにも貴方は俺のことが好きなようだし、癒す方法はたくさんあるだろ」

 あー、かっこいい。

「なら申し訳ないけど、これからよろしくお願いします…ほんとに申し訳ないけど…」

 私は港君に土下座をし、そう挨拶をする。

 推しが命なので、この程度は普通だろう。

 しかしそんな私の姿を見て、港君は慌てて私の顔を上げさせた。

「いやいやいや!別に貴方が悪い訳じゃないだろ?だからそんな土下座までする必要はねぇよ!」

「ありがとうございます…」

 有難き幸せ…

「なら、貴方の名前を聞いてもいいか?」

「私は七星朱里。二十三歳で、看護師として働いています!」

「えっ!?」

 なぜか湊君が驚いたように、私の顔をまじまじと見つめてくる。

 今の言葉に、何を不思議に思うところがあったのだろうか。

「…二十三?」

「そう、二十三」

 もしかして、私は子供だと思われていたのだろうか。

 そんなに子供に見えるのだろうか。私は自分の顔をスマホで見てみた。

 確かに、童顔かも知れない…が、この身長的に子供ではないと思うけどな…

「ご、ごめん。完全に子供だと…」

「…うん」

 別に推しに言われたことだし、気にしてなんかいない。

 子供だと思われていたことに、傷ついてなんていない。

「…まぁ良いよ。湊君の言葉だし、全然大丈夫。

 それと、私の癒しはなんなのか、教えた方が良いか。私の癒しは貴方と一緒に過ごすこと!」

 ずっと湊君と一緒に過ごすことを夢見ていたんだから!夢を見すぎて、湊君との夢小説を作っていたほどだし。

「それだけで良いのか?」

「勿論!それだけで、私は幸せだよ!」

「…そうか」

 照れている湊君も可愛いなぁ…直接好きだって言われて、恥ずかしいんだろうな…

「そういえば、湊君。これからどうやって過ごすの?」

「あっ…」

 全く考えていなかったのか…

 うーん、どうしようか。本音を言えば、湊君を私の家に泊めてあげたい。

 でも湊君を家に泊めると、未成年略取罪になってしまうんだよね。

 かと言って、湊君を放ったらかしにする訳にはいかないし…

「悪いと思っているが、ここに俺を泊めてくれないか?」

「喜んで!」

 先程まで悩んでいたのはなんだったのか。港君に言われたことで、一瞬で犯罪などという言葉が吹き飛び、港君を家に泊めることにした。

 だって、推しにそんなこと言われたら、承諾するしかないじゃないか。

 まさに推しに言われたことは絶対!という状況だ。

 犯罪だとわかっているけど、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだから…

 取り敢えず気を紛らわすために、買い物へ行こう。

「じゃあ早速、買い物に行こうか。一緒に来る?」

「あぁ」

 そして私と湊君は、スーパーへ買い物にいった。

 私は子供っぽく見えるらしいから、一緒に家に入る姿さえ見られなければ、大丈夫だろう。

「なにか欲しいものでもあったりしない?なんでも買うよ」

「さ、流石にそれは…」

「大丈夫、湊君に貢ぐことこそが、私の癒しだから!」

「え、えぇ…」

 ドン引きされてる…推しに引かれるのは悲しい…

「わ、わかったから!貴方の一番好きな食べ物を食べたい!」

「任せて!!」

 推しの好きな食べ物は、私の好きな食べ物。

 よって、私が湊君の好きなものを作れば、湊君は喜んでくれるはず!

 そして湊君が喜んでいる姿を見て、私も喜ぶ。

 まさにWin-winの関係だ。

「よし、じゃあハンバーグでも作りますかぁ!」

「え?」

「え?」

 あれ、湊君が好きな食べ物って、ハンバーグじゃなかったっけ?

 まさか、違っていた!?

「俺の好きな食べ物…」

 あ、嫌いだった訳じゃないんだ。良かった。

 恐らく港君は、なんで俺の好きなものを知っているんだ、とか言いたいんじゃないかな。

「湊君が幸せであることが私の幸せだから、湊君の好きな食べ物を作らせて」

 港君は目を見開き、私を見つめてくる。

 そして、こう呟いた。

「…変な人」

 変な人!?私、そんなに変な行動していたかな…?

 私は少しダメージを負いながら、買い物を終わらせた。

 そして家に帰り、さっそくハンバーグを作る準備をする。

「作るのはちょっと時間がかかるから、テレビとか見ていてくれて良いよ」

「ありがとう…ございます」

 私に敬語なんていらないよ、と言って私は笑う。

 対する湊君は、苦笑いしながらわかった、と答えてくれた。

 湊君にとっては私は大人なのかも知れないけど、私からすれば湊君は推しだからね。

 むしろ私のほうが、敬語を使いたいほどだ。

 そして少しの時間が経ち、ハンバーグが完成した。

 後は買っていた野菜を炒めて野菜炒めを作り、今日作っていた味噌汁と出す。

 勿論、白ごはんも忘れない。

「お待たせ〜」

 そう言って私は、港君に料理を出した。

 私が料理を作っている間に、港君はテレビをじっと見ていたらしい。

 私がやってきたのに気付くと、港君は私が手に持っている料理を持ってくれた。

 手伝ってくれるのは大変ありがたい。

 そしてそれと同時に、さりげなく手伝ってくれるのがカッコ良すぎる…!

「ごめんね、そこまで凝った料理は出せないんだけど」

 こうなるなら、もっと料理を勉強しておくべきだった…

「いや、料理を作ってくれるだけで十分ありがたい」

「そう?なら良かった」

 そうは言ってくれているけれど、もっと凝った料理を出せないことが悔しい。

 次からはもっと良い料理を作るように勉強しておこう…

 そして私たちは席につき、ご飯を食べ始めた。

 …こうして見ると、やっぱり普通の人にしか見えない。

 いやまぁ港君はれっきとした人なんだけど、漫画の中のキャラクターっぽくないなって意味。

 なんかこう…二次元のキャラクターだから、もっと明らかにオーラが違う感じなのかと予想していた。

 けれど実際は、普通の人。

 そりゃあある程度の違いはあるけども、そんな明らかに目立っているほど、周りの人との違いはないのだ。

 めちゃくちゃかっこいいけどね。

「…うまい」

 ほら、こういう所とか、私たちと全く一緒。

 反応とかも、特に違う点はない。

「ありがとう、嬉しいよ」

 推しに美味しいと言ってもらえて、私も嬉しい。

 あー、可愛い。食べてる姿とか可愛すぎかよ…もうほんとに尊死しそう…

「朱里さんは食べないのか?」

 朱里さん!?推しに名前を呼ばれた!?

 あぁぁ尊すぎ!!

「朱里さん?」

「え?あ、うん食べるよ」

 港君をじっと見つめすぎた。

 いやぁ、あまりにも尊すぎて…推しが尊すぎるのも、大変だなぁ。

 私が死にそうでもう…あぁ好き。

 すると突然、港君がフッと微笑んだ。

「ふぁ!?」

 突然の笑顔。

 そのような推しの不意打ちに、耐えられる者などいるだろうか?

 少なくとも、私は耐えられない!!

「大丈夫か?」

「は、ははは、はいぃ!全然大丈夫ですぅ!」

「…なら良かったけど」

 挙動不審すぎて、港君に怪しまれているよ…流石魔性の男、恐るべし。

 あの笑顔はほんと凶器だ。

 見た者誰しも、惚れさせる能力を持っていると思う。

 そう考えたら、よく耐えたな私。

「…なぁ、まだおかわりはあるか?」

 気付けば、港君は全て食べ切ってしまっていたらしい。

 私なんてまだ半分も食べ終わってないのに、食べるスピードが早いなぁ。

 まぁ私はずっと港君を見ていて、食べるのが遅かったからかも知れないけど。

「勿論あるよ。そんな美味しかった?」

 私はそう言いながら、おかわりした分のご飯を渡す。

「あぁ。今まで食べた中で…一番美味い」

 お世辞でもそう言ってくれて、嬉しいな。

「あはは、お世辞は大丈夫だよ」

「…お世辞じゃない」

「ふふっ、そうだね。ありがとう」

「本当に、お世辞じゃないんだ」

「え?」

 本当に私のご飯が、今まで食べた中で一番美味しいって言っているの?

 どこの家庭にでもあるような、素朴な料理を?

「…俺は元々、家族みんなでご飯を食べたことがないんだ」

 あぁそうだった。

 確か港君は漫画の中で、家族と一緒にご飯を食べたことがないんだった。

 港君は大企業の社長の息子。

 家族との会話は必要事項だけで、それ以外のことを話したことなどなかった。

 だからこそ港君は、愛を求めた。

 誰か自分を愛してくれて、信頼出来るような人を。

 そんな港君の心を溶かした人が、ヒロインだったっけ。

 自分を損得勘定で捉えず、無邪気な顔で港君に接したんだ。

 出会ったときは、港君は全く私に敵意なんかを向けてこなかったから、もうとっくにヒロインのことが好きなのかと思っていた。

 けれどそんなことはなくて、初めからこっそりと私を観察していた。

 突然眩しくなったと思ったら知らない人がいたのだから、誘拐されたと思ったのだろう。

 よく考えてみれば、初めて会った人を信用などしない。それは私だとしても、信用などしないだろう。

 その証拠に、私の話を聞いてくれたとき、「私を信じる」と言ったのではなく、「私の話を信じる」と言っていた。

 それは私自身を信じている証拠ではなく、あくまで話のみ信じたと言うこと。

 港君にとって私は、信じるどころか怪しさ満点だったのだろう。

 でも港君は、私のことを信用してくれた。

 もしかしたら料理に毒を入れたりしているかも知れないのに、食べてくれたのだ。

 本当にありがたい。

 そう思い、私は少し笑みを浮かべた。

 そして港君が、話を続けた。

「だから俺は、ここで朱里さんとご飯を食べることが出来て、本当に嬉しかった。ありがとう」

 そう言って港君は、私に頭を下げる。

 推しに頭を下げられて、私はとても慌てていた。

「えぇ!?むしろお礼を言うのは私の方だから!私こそ、癒しを与えてくれて、本当にありがとう」

 ここで謎の沈黙が落ち、また食べ始めた。

 そこからは一言も話さず、ただただ一緒にご飯を食べていた。

 港君にとって、その時間をどう感じたかわからない。

 けれど私にとっては、とても幸せな時間なのだった。

………

………

………

「港く〜ん」

「…なんですか」

 へにゃあと笑った顔で近寄った私に、港君はドン引きしながらそう尋ねた。

 そのようなところも可愛いな、と思ってしまう自分が怖い。

 まぁそれでも、改善する気はないんだけどね!

「そんなに嫌な顔しないでよ。

 ただ純粋にさ、学校は大丈夫なのかなって。この世界に来てから、そろそろ数週間は経つでしょ?」

 そう、港君がこの世界に来てから、そろそろ数週間が経つ。

 その数週間はとても大変だったな…

 私が仕事に向かうときに、港君がいってらっしゃいって言ってくれたり、私が帰ってきたときに、ただいまって言ってくれたり、港君がゲーセン行きたいって言ってくれて、一緒に遊びに行ったり−–––––

 …よく考えたら、そこまで大変なことじゃなかったな。

 私が嬉しいがあまりに興奮しすぎて、ただ疲れているだけだ。

「うーん…そろそろ帰れるんじゃねぇの?」

「そうだよねぇ、もうだいぶ癒してもらっているし」

 ほんと、もう十分なほど癒してもらっています…

「まぁ俺はこれからも、朱里さんに甘えていけば良いんだろ?」

「うん」

 甘えてくれるだけで、私は本当に幸せになれるから…ほんとに…

 すると突然、港君が正座している私の足の上に、頭を乗せてきた。

「はわぁ!?」

 きゅ、急に何が!?

 私の幻覚か!?いや、その割には足の触感がリアルだ!でもこんなことありえるはずがない!!

 港君の可愛すぎる行動に、私の頭はショートしてしまっていた。

「いや…甘えたいなって思ったんだよ。嫌なら止める」

「いやいやいやいや!全然、なんなら一生このままでも良いよ!」

「流石にそれは遠慮しとく」

 甘えたいなって何!?そんな可愛いこと言わないで!私が耐えられない!私は未成年淫行者になりたくなんてないの!

 それにツンデレがすごいんだけど!!今回はデレてからツンだったけど、どっちにしろ尊い!

 ギャップは世界を救うんだ!だから推しのギャップは尊いの!!

 …あぁダメだ。これ以上考えると、頭がおかしくなりそう。

 もうこれ以上は、港君について何も考えないでおこう。

 ていうか今朝だから、もう仕事に行かないといけないんだよね。

 でもとても気持ちよさそうに寝ている港君を起こすことなんて、私にはできない!

 …今日は仕事を休もうか。

 そう思い、私は働いている病棟へ電話をかけた。

「あ、もしもし。七星です」

『あら、七星さん。どうしたの?』

「今日は推しが尊すぎるので、休んで良いですか?」

『病院で待ってるわね。もし遅れてきたら、覚悟しなさい』

 そこでブツッと通話が切れた。

 やばい…私の上司は普段温厚だけど、怒らせたら怖いタイプだ。

 もし遅刻なんてしたら…その後の未来は想像すらしたくない。

 今は七時二十分で、出勤時間は七時半だから…後十分しかない!?

 でも港君を起こすなんて…!?

 まさに四面楚歌の状況であり、私は思わず頭を抱える。

 すると私の声がうるさかったのか、港君がパチリと目を覚ました。

 そのまま無言で、港君はむくりと起き上がる。

「あぁ!起きなくて良かったのに!」

「いや、仕事があるんだろ?行ってこいよ」

「うぅ…」

 私は泣く泣く、港君を家に置いて仕事へと出かけた。

 ちなみに到着したときには時間ギリギリで、上司にはすごく冷たい目で見られながらも、怒られることは回避したのだった。

………

………

………

 俺が初めてこの部屋に来たときは、誘拐されたと思った。

 俺、奈鳥港は社長の息子であったので、誘拐されることは度々あった。

 なので今回も、誘拐されたと思ったのだ。

 子供だと思ったが、子供を利用して誘拐するのもよくある手数だったので、内心警戒しながらも表面上は穏やかに接した。

 しかし、その肝心の誘拐犯の様子がおかしかった。

 突然俺のことを見て「本物?」などと言ってくるものだから、俺の調子も狂ってしまう。

 俺からすれば、お前が誘拐したんだろ!という話であった。

 そして一番気になるもの。

 それは部屋のあちこちにある、俺らしき人物のグッズのことだ。

 明らかに俺のストーカーとしか思えなかったが、相手の態度を見ると、俺のストーカーというわけではなさそうだ。

 なので相手を絆して俺のグッズ(らしきもの)の件について聞いてみたのだが、その話が信じられないようなものだった。

 曰く、俺が漫画の中のキャラクターで、女はその漫画で俺のことを知っていた。

 そして突然俺がこの部屋に現れて、驚いていたのだとか。

 普通なら信じられない話だが、現に俺のことを知っていたから信じるしかない。

 それに何故かこの女からは、謎の信憑性を感じられた。

 この女は初対面、特段対人能力がズバ抜けている訳でもない。

 なのに何故か、信憑性が感じられた。だから俺は、その女の話を信じた。

 普段の俺ならば、ありえない行動。このような行動を親に知られれば、叱られるだけでは済まないだろう。

 それでも俺は、女のことを信じることにしたのだ。

 そして話は進み、俺が元の世界へ帰る方法についての話になった。

 その話を聞いて、眩しくなったときに聞こえた声を思い出した。

『––––––をしたければ、召喚者を精一杯癒せ』

 という内容を。

 そのことを伝えると、女は突然慌て出した。

 突然、

「港君…その召喚者ってもしかしたら、私かも知れない…」

 などと言い出したのだ。

 俺からすれば、意味がわからないどころの話では無い。

 俺が突然この世界に飛ばされた原因が、その女だとすれば相当殺意が湧いただろう。

 しかし女は自らの意思で召喚したわけではないと言っていたので、まだ許した。

 そんなことよりも、俺が女のことを癒せということが重要だった。

 何故俺が、こんなやつを癒さないといけないのだ。

 正直に言ってメリットなんてないし、ただただめんどくさい。

 しかしこのまま何もしないと一向に帰れないままなので、しぶしぶ女を癒すことにした。まぁ表面上はちゃんと取り繕ったが。

 ちゃんと女を癒すために、俺は女に何が癒しなのか聞いてみた。

 すると、女はこう答えた。

「私の癒しは貴方と一緒に過ごすこと!」

 ただそれだけで良いのかと、俺は思った。

 普通ならば、何かを奢ったり、俺に変なことをさせたりするものだと思ったが…

 この女は違った。

 …ちょっとだけ、こいつを信用してやっても良いかもな。

 俺の心の中では、そのような考えが芽生えていた。

 その後色々なことがあったが、取り敢えず俺はその女の家に住むことになった。

 ちなみにその女の名前は、七星朱里というらしい。

 俺はまだ未成年なので、朱里さんが未成年略取罪になってしまうかもと考えた。

 しかしそうすると俺が住む場所がなくなり、野宿したければならなくなるので、それだけは断固拒否なのであった。

 そして朱里さんは謎に、俺の好きな料理を作りたいなどと言い出した。

 俺の好きな食べ物はハンバーグだ。昔、乳母が素朴なハンバーグを作ってくれてから、ハンバーグが好きになった。

 しかし、そんな子供っぽいものが好きだなんて言えない。

 だから朱里さんの好きなものを作ってくれと言ったのに––––––朱里さんは、俺の好きなものを作ると言い出した。

 何故、俺の好きな食べ物を知っているのか。もしかしたら、たまたま好きな食べ物が被ったのかも知れないと考えた。

 しかし朱里さんは、俺の幸せが自分の幸せだから、俺の好きな食べ物を作らせてくれとのこと。

 俺の好きな食べ物を知っている理由は、先程漫画で見たと言っていたので、信じるしか無い。

 しかし、今はそこが重要なわけでは無い。

 人の幸せが自分の幸せだと言うやつが、この世に存在するとは思わなかった。

「…変な人」

 本当に、変な人だ。

 俺が初めて出会った、とても馬鹿な人。

 俺を保護する義理などなくて、俺に気遣う必要などないと言うのに、この人は俺をとても気遣ってくれる。

 出会ってすぐに俺の心を奪っていって、その心を掴んで離さない。

 ここまで人に惹かれたのは初めてだ。

 何故かこの人からは、普通の人には感じられない魅力が感じられた。

「お待たせ〜」

 そう言って朱里さんは、作られた料理を持ってきてくれた。

 俺はその料理を受け取り、机に並べる。

 そして俺は料理を食べ始めた。

 その料理は俺がいつも食べる料理ではなく、一般家庭にあるような料理だ。

 毒味は何故かする気がなかった。社長の息子はよく狙われるから、毒味など当たり前。

 毒味をしなければ死ぬ可能性があるのだから、勿論今回も毒味をしなければいけないのだが––––––気付けば俺は、毒味をせずハンバーグを口に含んでいた。

「…うまい」

 思わず、そう呟いてしまった。

 俺がいつも食べる、一流シェフが作る料理ではない。

 しかしその料理はとても美味しかった。

 ハンバーグの味が、昔に作ってくれた乳母の味にとても似ていて––––––

 すると朱里さんが、じっと俺のことを見つめてきていることに気付いた。

 正直、ジロジロと見られながら食べるのはあまり好きじゃ無い。

「朱里さんは食べないのか?」

 朱里さんはその問いに答えない。

 もう一度朱里さんに尋ねると、慌ててご飯を食べ始めた。

 面白い人だな。いくら見ていても、全く飽きない。

 そう思うと、不思議と笑みが浮かんできた。

 その笑みで朱里さんが挙動不審になっていたが…あまり深く関わらないでおいた。

「…なぁ、まだおかわりはあるか?」

 美味しすぎて、もう平らげてしまった。

 がっついてしまって少し恥ずかしいが、朱里さんは笑顔で料理のおかわりを追加してくれた。

「そんな美味しかった?」

「あぁ。今まで食べた中で…一番美味い」

 今まで食べたどの料理よりも。

 一流シェフの料理よりも、そこらじゅうの女が作って渡してきた料理よりも。

 この料理が、一番美味かった。

 しかし美味しい料理を作っている自覚がないのか、朱里さんは冗談は良いよと笑っている。

 俺は本当のことだ、と二度言った。それでようやく、朱里さんは本当だと信じてくれたらしい。

 そして俺は、何故か朱里さんに自分の事情を話そうと思った。

「…俺は元々、家族みんなでご飯を食べたことがないんだ」

 朱里さんは突然話し始めた俺の話を、静かに聞いてくれている。

 だから俺は、話を続けた。

 ただ利用するためだけにいる、存在。

 そんなやつと馴れ合う気はなく、ただ自分に得になるように調教されてきた。

 だから食べるのは、遊ぶのは、勉強するのは、いつも一人。

 兄弟を誘っても、両親を誘っても、メイドを誘っても、全て断られた。

 そのうち俺は、家族に何かを求めることを諦めた。

 朱里さんは俺のことを、漫画で知っていると言っている。なので俺の事情も、漫画で見ていたのだろう。

 だからか朱里さんは、少し悲しそうな顔をした。しかしその後すぐに、少し微笑んだ。

 色々なリスクを背負ってまで俺のことを思ってくれる朱里さんに、感謝を伝えておかなければ。

「だから俺は、ここで朱里さんとご飯を食べることが出来て、本当に嬉しかった。ありがとう」

「えぇ!?むしろお礼を言うのは私の方だから!私こそ、癒しを与えてくれて、本当にありがとう」

「「…」」

 その後はずっと黙っていた。

 一言も喋らず、ただ黙っていながら二人で料理を食べていたのだった。

………

………

………

 俺は今、夢の中にいた。

 そこは真っ暗で、何も無い。歩いている感覚も、何かに触れている感覚もなく、ただふわふわと浮いている。

 すると突然、謎の声が聞こえてきた。

『––––––癒しはどうだい?』

 俺は周囲を見渡してみる。

 しかし、周りには相変わらず何も無い。

 するとまた、声が聞こえてきた。

『脳内に直接話しかけているから、何も見えないよ。だから君が答えるときは、脳内で答えてくれ』

 直接脳内に話しかけているという者。

 その者の声はどこか見覚えがあり、俺が朱里さんに会う前の––––––

『その通りさ。ボクがこの世界に君を連れてきた、張本人さ』

 その発言を聞き、俺はそいつに殺意が湧いた。

 俺を勝手にこの世界に連れてきて、謎の試練を課してきたやつが、能天気そうな声で話しかけてきていると言うのだから。

『そんなに怒らないでよ。君もこのまま帰れなくても困るだろう?

 まぁ君からしたらこの世界にずっといたいかも知れない。

 けれど朱里からすれば、逮捕されるかも知れないという危険と隣り合わせで生きているんだから、迷惑でしか無いよね』

「…」

 確かにその通りだ。

 このままずっと俺がこの世界にいれば、朱里さんはいつか逮捕される可能性がある。

 そのようなことになってしまえば、俺は耐えられる気がしない。

『そうだろ?誰しも好きな女を逮捕されたくなんてないさ。

 だから早く元の世界に戻れる方法を、ちゃんと聞いていてね』

「…」

 こいつの言いなりになっているのは癪だが、今は従う他ない。

「言うならさっさと言え」

『生意気な子供だな。まぁ良いけど。

 伝えることはたった一つ。

 夢から覚めて一時間後に、君は元の世界に帰れるということだけだ。だから朱里に伝えたいことがあれば、今から伝えておきなよ』

「は?それはどう言う––––––」

 そこで、俺の夢は途絶えた。

 周りには、今となっては見慣れた部屋。

 朱里さんが買ってきてくれた、俺用の服。

 俺が何か言いかける前に、強制的に夢を途絶えさせられたのか…

 元の世界に戻る方法と言いながら、教えてくれたのは元の世界に帰るまでの時間だったじゃないか。

 俺は少し苛立ちながらも、その心を胸の中にしまっておいた。

 朱里さんにこのような感情を、ぶつけるわけにはいかないから。

 そして俺はいつも通りに、リビングへと向かう。

 今日の夢のことを、朱里さんに伝えなければ。

「あ、起きたの?おはよ〜」

「…おはよう」

「朝ご飯はもう出来てるよ。座って食べな」

「…あぁ」

 俺と朱里さんは席に着き、朝ご飯を食べ始めた。

 言うなら今しかない。

 そう思い、俺は覚悟を決めて、朱里さんにこのことを話すことにした。

「朱里さん。確か今日は休みだったよね?」

「うん、そうだよ」

「なら、話したいことがあるんだ」

 俺は少し重たい雰囲気を纏いながら、朱里さんを真っ直ぐに見つめる。

 そんな俺の反応を見て、とても重要な話だと思ったらしい。

 朱里さんは先程の笑みをなくし、気を引き締めたような表情をした。

「急な話なんだが、慌てずに聞いて欲しい。

 俺はもうすぐ元の世界に帰れるらしい」

「えっ…」

 朱里さんは目を見開き、俺の方を見た。

 そりゃあそうだろう。

 一緒に同居していた人に突然、もう帰ると言われたのだから。

 恐らく俺でも困惑するだろう。

「本当に急でごめん。でも俺をこの世界に連れてきていた人が言っていたんだ。

 俺が起きてから一時間後に、元の世界に帰るって」

「っ…」

 朱里さんは一度俯く。

 しかしすぐに顔を上げ、俺に微笑んだ。

「そっか、よかったね。今まで私の我儘に付き合ってくれてありがとう。

 これからもどうかお幸せに」

 笑みを浮かべているが、その瞳の奥ではとても悲しそうな感情を感じ取れた。

 そんなに悲しい顔をしないでくれ。

 貴方がそんな顔をしているなんて、調子が狂う。

 貴方はもっと喜んで、楽しんで、そして笑うような人じゃないか。

 そんな貴方が悲しんでいる姿を、俺は見たく無い。

 ましてやその悲しさを我慢している姿なんて、想像したくもないんだ。

「…お願いだ、我慢しないでくれ…」

 そう言って俺は、朱里さんを抱きしめる。

「え?どうしたの、港君」

 とぼけないでくれよ。俺は全てわかっているんだから。

「そんな悲しそうな顔をして、笑わないでくれ。俺の前でくらい、我慢しないで欲しいんだ…」

 俺は先程よりも強い力で、朱里さんを抱きしめる。

 苦しいかも知れない。痛いかも知れない。

 それでも俺は、朱里さんを強く強く抱きしめた。

 すると朱里さんは俺にしがみつき、声を上げて泣いた。

「うっ…うぅ…うわぁぁぁぁん!」

 やっぱり、我慢していた。

 俺の胸の中で、気が済むまで泣いてくれ。

 これは俺の弱さが招いたことだから。

「行かないで、行かないでよ、港君!寂しいよ、離れたくないよ!」

「…」

「もう二度と、一人になんてなりたくない…」

「…」

 俺も朱里さんがいない未来なんて、考えられない。

 けれど、それが宿命なんだ。どう頑張っても、俺と朱里さんは、離れる定めなんだよ。

 …残り時間が後五分ぐらいしかないな。

「…俺は貴方と出会えて、本当に良かった。貴方のおかげで、色々なことを知ることが出来たんだ。

 俺は貴方を癒すなんて言っていた。でもそれは間違いで、実際に癒されていたのは俺だったよ。

 貴方が俺に安心感を与えてくれて、愛を与えてくれて。本当に嬉しかった。ありがとう」

「…わ、私も、港君に出会えて嬉しかった。私も貴方に癒されて、港君といた生活が夢のようだったよ。

 夢ならば、覚めないで欲しい。ずっとこかにいて、帰らないでほしい。でもそれは叶わないんだよね。

 だって貴方には、帰る場所があるんだから」

 俺の帰る場所。

 それは俺の家のことだろう。

 俺からすれば、自分の家に安心感などなく、癒しなどもってのほかだ。

 しかしそれでも、俺は家に帰るんだ。俺を待っている人が、元の世界にもいるから。

「俺に癒しを与えてくれてありがとう。

 愛してるよ、朱里」

「私も癒しを与えてくれてありがとう。

 愛してるよ、港君」

 俺達は抱きしめ合い、口付けを交わす。

 そして朱里がそっと離れ、涙を流しながら俺に微笑んだ。

「さようなら、港君!会おうね!」

「…あぁ!な、朱里!」

 その瞬間、目を開けられないほどの光に包まれた。

 光が消えた後、俺は目を開く。

 そこは、俺が朱里の世界に転移する直前にいた場所であった。

「…」

 俺は大きくなって、必ず朱里を迎えに行くよ。

 今は自分の意思で異世界に行く方法はないけれど、何を使ってでも絶対行ってみせる。

 だから、それまで待っていてくれ。

 俺が朱里に『ただいま』って言いに行くまで。

………

………

………

「あーあ、行っちゃったか…」

 私は港君が消えた後、大粒の涙をたくさん流した。

 良い歳した大人が、こんなに泣いているなんて、と言われるかも知れない。

 それでも私は、悲しみが隠せなかった。

「港君…」

 すぐに離れていくから、覚悟はしていたはずなのに。

 すぐに離れていくから、期待はしないでおこうとしていたはずなのに。

 そんなことがどうでもよくなるくらい、心を奪われていた。

 泣いて、何度も泣いて、もう床は涙でびしょ濡れだ。

 すると床の上に『ドキドキ☆キューピット♡』があることに気付いた。

 私はそれを手に取り、中身を見てみる。

 その本の中身は、特に変わっていない。しかし港君が本の中にいる。

 その事実から、私は港君がすぐそばにいるように感じられた。

 それはただの妄想で、本当はとても遠くにいる。

 そんなこと、わかりきっているよ。

 でも私は、何故か港君が近くにいると思えるんだ。

「…港君」

 早く直接会いに来てね。

 港君に『おかえり』って言いたいから。

 そしてまた、私の癒しを作ってよ。

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