ガラス越えの恋、無敵な恋、切ない恋
武美館
ガラス越えの恋
人生最初で最後の恋
先日ミーちゃんが死んじゃった。最後まで私の傍でゴロゴロと鳴きながら息を引き取った。
黒猫のミーちゃん。私のたった一人のお友達。私の幼馴染。
でも残念、男の子じゃないから初恋とも言えない。ミーちゃんがいなくなって、残念。
悲しくはない、色々と貰ってばかりだったから。
悲しくはない、最後まで夢を見せてくれたから。
悲しくはない、悔しくて泣いたとき、顔を綺麗にしてくれたから。
悲しくはない、寂しいだけ。
看護師さんが色々とお世話をしてくれて、ミーちゃんの灰を使ったペンダントを首にかけてくれた。地肌で感じたいから服の中に入れて、とお願いしたらこれでいつも一緒だね、と服の中に入れてくれた。
私、腕が動かないから、看護師さんにお願いしないと入れられないから。でもうれしい、看護師さん、いやな顔一つもしなかった。ミーちゃんが私の部屋でしたいたずらを思い出して、笑っていた。
でも、これで私一人になっちゃった。
お父さんもお母さんもいない、ミーちゃんもいない、私一人だけの部屋。
―――...
看護師さんが新しい猫が欲しいか聞いてきた。でもやっぱりミーちゃんの代わりにはならないからいいやって答えた。
だって、この部屋は私とミーちゃんのお部屋。私とミーちゃんは幼馴染で、この部屋で育って、この部屋で思い出をいっぱいにしたんだから。
でもミーちゃんがもういないから、少し、寂しいかも。いつもならこの夕焼けを一緒に見ていたのに、もう私だけ。
ふと、ミーちゃんが庭に続くガラス戸の方にいた気がしたから、窓の方を見る。
そしたら見えた。
ミーちゃんみたいな、少しぼさっとした黒髪の青年。初めて同じ年頃の異性を見かけたからびっくりしたよ。
庭に塀がないから全体が見えちゃった。ちょっと猫背で眠そうだけど、目だけは色々と観察している理知的な目。
男の子ってああいう風に歩くんだって、初めてしった。
後で看護師さんに聞くと、彼は近所の高校に通っている生徒さんだろうって言ってた。
多分私と同い年だって、教えてくれた。
また、あのぼさっとした黒髪、みたいな。
――...
雨の日は少し冷え込んで席が出てしまう。看護師さんは毛布を掛けてくれたけど、やっぱりちょっと息が苦しい。
こういう日にミーちゃんはおなかの上じゃなく、脇の方に寝そべってくれる。看護師さん湯たんぽじゃなくて毛たんぽだ、って笑っていたね。
ミーちゃんがいるような気がしたから横を見ると、またあの青年が部屋の前を通っていた。濡れたガラスの向こう側に、傘をさして、余計に猫背になって歩いていた。
傘をさし忘れたのか、ちょっと髪の毛が濡れている。
看護師さん、前ミーちゃんがいたずらをして水をかぶっちゃったって言っていた。その時、ふさふさだったミーちゃんがあまりにも悲惨な顔をしていたから大笑いしちゃったって。あれは部屋の中でも聞こえていたからびっくりした。
濡れたまま部屋に入れられなくて乾かしちゃったから、どのような悲惨な姿なのか知らないけど。
さっき通ったあの青年の髪の毛のように、ぼさっとしていた髪がぺっちゃりと皮膚にくっついていたのかな。
―――...
今日もミーちゃんがあの青年が通ることを教えてくれた。もう真冬だからスカーフとか着こんでいる。
ミーちゃんは全然寒がりじゃないからわからなかったけど、人って寒いとくしゃみとかするんだね。部屋の前で大きなくしゃみが聞こえたからびっくりしたよ。
鼻も赤くなっていたし、面白かった。けど、彼が寒いお陰で新しいことを知った。
人って鼻水が出ると袖でふいちゃうんだね。私、鼻血がでても自分で吹けないから、看護師さん呼ばないといけなから。
でも看護師さんに聞いたら笑って普通はしないよって、言っていた。ハンカチを使うんですって。
ハンカチなんて使ったことないからどういうのか聞いたら、明日持ってきてくれるって。
―――...
部屋が少しごたごたしてきた。ミーちゃんがいつも青年が通る事を教えてくれるから。
あの青年のおかげで色々と知ることが出てきたから、彼の事をミー君って呼ぶことにした。髪の毛もミーちゃんに似ているから、姉弟なのかもね。
看護師さんが色んなハンカチを持ってきてくれて、見える場所に飾ってくれた。淡い色のや、凝った刺繍がされているもの。単色なのとか、きらきら光るハンカチとか、色々飾ってくれた。
これなら、あの青年、ミー君も気が付いてくれるかな。ガラスの向こう側から、見えるのかな。
―――...
最近ミーちゃんの事を思い出せなくなっている。覚えているのは、あのぼさぼさの毛並み、そして名前の由来となった鳴き声。
けど、最近毎日ミー君が歩いているのを見れる。私、頑張って彼が下校する時間に合わせて起きるようにしているから。
これって、有名な待ち合わせっていうのかな?ガラス越えでミー君と待ち合わせする、私ほんのひと時の色めいた時間。
ミーちゃんのおかげだね!幼馴染のミーちゃんがせっかく見つけてくれた男の子だものね。私、頑張らなくちゃ。
だって、恋する乙女は無敵なんだから。無敵になれるんだよ、私?
―――...
ようやくミー君がガラス越えで視線を合わせてくれる。恥ずかしがり屋さんなのかもね。
でも、うれしい。せっかくハンカチとか、髪留めとか看護師さんにお願いして部屋に飾ってもらったんだもの。
けど、最近はミー君をみない。外が暑いから、涼しい時に通学しているのかな?
後で聞くと、夏休みなんですって。
おかしいよね、せっかく自分の足で学校にいって、友達作って、運動とかお絵描きとかできるのに、わざわざ休むなんて。
私も彼のように、歩いて行って、無駄話したい。ミー君と一緒に、歩きたい。
いつもの夕焼けを見るだけじゃなくて、走って夕焼けを地平線まで追いかけたい。
あの、ぼさっとした髪の毛、ミーちゃんと同じ髪の毛を、自分の手でもふもふしたい。
なんで
なんで、ガラス越えじゃないと、いけないの
―――...
最近、起きていられる時間が少なくなってきた。息をするのも難しくて、酸素マスクというのを付けないといけないんだって。
今日は、お医者さんが来てくれた。ちょっと恥ずかしいから、窓のカーテンを閉じてもらった。ミー君に恥ずかしいところ見せられないからね。
お医者さんと看護師さん、ひそひそ話していたけど、もう聞こえなくなってきた。最近耳も遠くなってきちゃったみたいだし。
お医者さんが帰った後、看護師さんがカーテンを開けてくれた。
そしたらそこにミー君がいたの!すごいでしょ?
私、お医者さんが来た時頑張った甲斐があったよ。だって、今日はミー君と視線が合ったら、手を振ってくれたんだもん!
うれしい!
―――...
今日は、疲れちゃった。
頭も、動かない。
看護師さんに、お願い、した。
ガラス越えの、ミー君の、通学を、見たいから。
でも、残念。
今日は、見れなかった
寂しいよ、ミー君
久しぶりにミーちゃんの夢を見た。私の膝の上でゴロゴロ鳴いているの。
でね、私、ミーちゃんの頭を撫でられたの。やっぱし、すごいふかふかだった!もしかしたらミー君の髪の毛もこうなのかもしれない!
そしてミーちゃんが付いてきて、って言ったの。そしたら私、歩けたの!ミーちゃんすごい!
ガラス戸まで自力で歩けたのよ?ミーちゃんのぼさぼさ毛並みパワーすごい!
ミー君も外で花を持ってきて、待っててくれたの!ガラス越えじゃなくって、自分でガラス戸を開けて超えられたの!
やっぱし、恋する乙女は無敵なんだよ!
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