第155話 旅の五日目

 陽が落ち、急速に辺りが暗くなってきた。

 南の森から伸びる尾根の影が西日を遮り、漆黒を彩り足元を不明していく。いい塩梅だ。岩肌の中州の向こう側から水無川を渡って来る男たちの足音と声が聴こえる。


 ――あの煙はなんだ?

 ――肉を焼いている匂いだ


 ――湯気にも見えるぞ

 ――湯を沸かしているのか?


 ――石鹸の匂いがするな

 ――へっへ、若いメスの匂いだ


 静寂の中で西からの風にゴロツキどもの声が乗りここまで届く。


「ファリナはいい匂いがするからな」

「風向きは東でしょう、臭わないわよ」


「ベルン、どれくらい堀ったの?」

「川沿いに1キロ、深さ3メートル、幅は川の半分」


「越えられないわね」

「水に落ちたらこの暗さと静かさだと方向感覚も失う」


「肉が焼けたわよ」


 野営のためのテントの西側に土の壁を盛っているため川底から釜土の炎は見えないはず。


「ファリナ、ガスマン王国の貨幣はロルヴァケル王国のものとは違うのよね、使えるの?」

「使えないわ、両替もしていないはず。ダンジョン硬貨なら共通で使えると思うけど」


「そういやサヴァイア強盗団オーガはガスマン王国の貨幣を持っていたな」

「伯爵閣下に全て献上したわよ」


 ああ、そうだった。この国の金を持っていないと宿にも泊まれない。素材を売るか。


「冒険者ギルドはあるんだよな」

「あるはず。でも国交がないから、ギルドも別組織だと考えた方がいい。GランクかFランクスタートになるわ」


 冒険者ランクは気にしなくていいか。身分証と売買のためには会った方がいい。


「素材が売れればいいさ、商業ギルドでもいい」

魔法金庫マジックトレジュリはこの国では使えないの?」


「使えるわよ、だけどギルドで販売の登録をしないと」

「面倒だが、先のことを考えれば登録はしておくか」


「その前に身分証が必要よ」


 存外、そのあたりはしっかりしているんだな、明日は野盗の相手は最低限にして、街は無視して王都まで行こう、と二人に声をかけた。


「野良盗賊は無視するの?」

「稼げないから相手にしなくていいんじゃない?」


 確かにこの辺りの野盗相手に倒しても一銭にもならない。その後、水の音はしたが、中州からの下品な声は聞こえなくなった。


 改めてワールドマップスキルを開いて、辺りの地形図を確認した。王都まで半日とはいえ道程としては100キロ以上残っている。城門を冒険者として抜けるためのダミーの背負い鞄の用意が必要だ。かつてアイリーが作ってくれた一角ウサギに草原トカゲのベルト付きのリュックが在庫に残っていた。中に魔法収納袋を入れておく。


「服装は冒険者の装いでいいわよね」

「ああ、武器は木剣でもぶら下げておこう」


「どう見ても新人には見えないわよ?」

「中堅辺りの恰好でいいだろう、あまり目立つ必要もないよ」


 レベル20前後のバイオレットアルミラージの皮素材のベストに森モグラのツイード素材のズボン。火炎百足の甲羅で作った肘当てと胸当て、そして膝当てを準備して枕元に並べた。防具はアイリーが好きな色に染色してから『不壊』を付与した。


「西の森が懐かしいわね」

「アタシがレベルアップ酔いしたところ?」


「そうそう」

「あれは大変だったわ、体が熱くて」


 ファリナも思い出したようだ。俺はその前のゴブリンジェネラル戦を思い出した。いずれにしてもあの頃は声も出せず、毎日を必死で生き抜いていた。もう1年半も経つのか。早いものだ。


 ◇

 五日目


 翌朝、馬車台は仕舞って馬で駆けることにした。上流側に道を切り開き遡ってから川を渡った。


「今更だけど中級の冒険者は馬に乗らなわいよ」

「・・・そうだったな、迂闊だった」


「行商人を装う?」

「いや、このまま冒険者でいい。馬に乗る冒険者で押し通そう」


 ――無理やりね

 ――うん、王都までに妙案を考えましょう


 畦道に獣道、ろくな道路整備が出来ていない道を西方へ進んでいった。


「この辺りの町や村って、互いの町村を行き来しないのかしら」

「ドワーフの村も、野盗の街もそんな感じね」


 二人の会話をファリナの背中越しに聞いていた。王都から追い出された住人たちだから、それぞれの切り拓いた村で生活をするのだろう。ここから先はまた違う景色になると思うのだが。


 ロルヴァケル王国と比べると魔獣や野盗が存在しない空白地と呼べる場所が多い。ヒトの行き交いが無ければ野盗も仕事がないのはわかるが、見渡す景色も随分と様変わりした。


 南側に見えていた森林は見えなくなり、一面が開けてきた。なだらかな丘や牧草地帯になりそうな平原が広がる。ただ人の手は入っていない。


 盗賊の街から二時間ほど進んだところ、ようやく道らしき轍のある道が存在するようになった。ただし、普段使いされているようには見えないが。

 気候が乾燥気味なのか、青々と茂っているわけではなく枯草のような色の雑草を掻き分けるように群生している。


「薬草類は無さそう」

「随分と土地が痩せているな」


「高い山も大きな川もないわね」


 水気の無い土地柄なのか、風も随分と乾燥して喉と唇に渇きを感じた。




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