第153話 辺境の村 イストエンドル

 俺がフォレスト・ボアを解体している間。アイリーはテーブルと椅子に【清潔クリーン】とさり気なく『不壊』を付与しつつ、子どもたちと談笑している。


「この村に名前はあるの?」


 ――ボク、知らない

 ――アタシ知っている。イストエンドルよ

 ――ミクちゃんすごーい


 イストエンドルか、まんま東の果てという意味なのだろうか。【ワールド・マップ】スキルにも表示されていない名だ。俗称なのかもしれない。


 大理石の作業台の横に鉄板を取り出し、ファリナが解体済みの一角ウサギを焼き始めた。泡魔法で作ったタレをかけ、子どもたちに串打ちをした肉を手招きして呼び、一本ずつ渡した。500g以上あるニクニクしい串肉だ。


 フォレスト・ボアのスジ肉は寸胴鍋に入れ、根菜とともに煮込んだ。

【グラビティ】をかけた鉄鍋蓋で圧縮して高速で煮込んだ。軟らかい部位には串打ちをした後、縦斬りにしてこちらも串肉として焼いた。飲み物用のコップは持参していないようなので木製のジョッキを【収納袋】から取り出し水をいれてひとりひとつ渡した。


 水はファリアが出してくれた。ダンジョン産の【魔法水筒】だ。水属性の魔石を入れておくと水が枯れることなく湧き出す優れもの。旅には欠かせない一品だ。


 ――綺麗な水!

 ――濁ってない~

 ――魔法みたい!


 泡魔法で作った液体調味料を鍋に入れ、村人が持つ椀に入れた。串肉を食べて腹をさすっている女の子に配膳を手伝ってもらった。


 ――アタシ手伝う~

 ――私もお母さんに注ぐ~


 アイリーが母親たちのグループと年寄りのグループにも【清潔クリーン】をかけボサボサ頭やベトベト髪だったものが、風に靡いていた。村特有のスラム臭のような匂いが和らいだ。

 代わりに焼いた肉の匂いとタレの匂いが立ちこめ、それを嗅ぎつけた仕事途中の男衆たちが最後に広場に姿を現した。男衆は全体的に背が低く横幅が広い。「ドワーフ族に似ているわね」とファリナが作業していた手を止めずに教えてくれた。


 種族のせいで王国から疎外されてしまっているのか。


 ――何ごとだ

 ――冒険者たちが肉を持って来てるって話だぞ

 ――振る舞ってくれるのか

 ――なんでも森の主を倒したそうじゃ


 ――おお、これで狩りに行けるな

 ――薬草も忘れるなよ


「男性の方も空いているお席へどうぞ」

「ワシらも貰ってよいのか」


「300キロ級のボアでしたので、食べきれないほどありますよ」

「そうか、いただこう」


 恰好を崩した男たちが思い思いのテーブルに着いた。


「あんたらはどこの村の冒険者なんだ?」

「東の果て、馬で四日の場所にある村ですね」


「歩いたらどれくらいかかるんだ」

「ん~大人の足で二十日くらいかな」


「二十日か、遠いな」

「そうですね、途中、何もなかったです」


 ――だろうな、ここが最果てと言い伝えられているからな

 ――うむ


 男達が頷きあっている。


「みなさんは、ずいぶん昔から住んでいるの?」


 ファリナも男衆に尋ねた。


「親父の代からだな、ガスマン王国が出来た時に、ドワーフってだけで王都から追い出された連中が集まって作った村らしい。150年ほど前の話だ。俺たちは二世だな、ハーフ・ドワーフってやつだ」

「へえ、女性は人族に見えますが」


「そうそう。女性はヒト族が半分、ハーフ・ドワーフが半分だが、ハーフの女性は母親のヒト族に似るからあんたらには見分けがつかないかもな」

「そういうことですか」


 ここから西に行くと王都なのか尋ねてみた。王都までに街がひとつ、村が二つほどあるらしい。ただ150年前の情報だから今はどうかな、という返事だった。この村から出ないのか尋ねると、出ないとのことだった。


 出ない理由を尋ねたところ、南の山を越えた森はエルフの縄張り。西の街はヒト族の街。北に行くと海賊の村。東は何もないからな。という返事だった。この村の南側の森の手前側だけが狩場で、この村なら十分食料を賄えると云う。


「エルフは全員、私たちの村に移住してきましたよ。今は南側にエルフはいないと思います」


 ファリナがエルフの顛末を説明した。


 ――そんなことになっていたのか

 ――王国もエルフの森を焼き払うなんて馬鹿なことを

 ――300年かけて復讐されるな

 ――エルフの恨みは長いからな


「ドワーフ族は酒が好きかと思っていたのですが、飲まないのですか?」

「あー今は作ってないんだよ、東の土地が枯れてしまったからな。あんたら持っているのかい?」


 ビール樽を収納から取り出したところ、三〇人ほどの男衆が空いた木製ジョッキを片手にガタっと席を立った。まだあるから焦らなくていいと伝えると樽の前に長蛇の列が出来た。


 どうやら彼らの口に合ったようだ。


 ――あんたらの村で作っているのか?

「いや、これは自分のスキルですね、村が出来てまだ一年、エルフと獣人と人族で作った村なのでこれからですよ」


 ――鉄も取れるのか?

「海側でクロムとチタン、村で採れるのはミスリルですね」


 ――面白そうな村だな

 ――ああ、面白そうだ

 ――誰か一度行ってみるか、大人だけなら二十日なら行けるだろう。

 ――おお、俺は興味があるぜ

 ――詳しく聞かせてくれよ


 結局、夜通しで村のことと、互いに知りたいことを語り尽くせた。ビール樽が五樽も空くと女衆が呆れていたが、アイリーとファリナが子どもや女性の服を女衆と一緒に作り始めて、今度は男衆が呆れていた。意外とこういう閉鎖的な村でも悪くないな。


 二つの月が重なると、魔獣行進モンスタ・パレードが起こるので、月を見て移動してくれとだけ注意を促した。実際、毎月一回は今も変わらず小規模な魔獣行進モンスタ・パレードは続いているのだ。


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