第152話 ガスマン王国 辺境の村

 四日目 


 辺り一面の草木を採掘スキルで3m幅に刈り取りながら、身軽になったメリッサが軽快に歩を進めていく。

 やがてなだらかな丘、原生の林を抜け、小高い山の山頂へとたどり着いた。そこから見下ろすと、斜め下30度くらいの視界の先に廃材を使った簡易の柵に囲まれた小さな集落があった。


 百人ほどが暮らす小さな村だろうか。屋根が50ほど見える。ガスマン王国の辺境だとすれば、さながら東の果ての村といったところか、東西に楕円形のような形の柵で覆われていた。


「立ち寄ってみるか?」

 ――賊の村じゃなければいいけれど

 ――遠見スキルで様子はわかる?


「暮らしに余裕があるようには見えないな」

 ――受け入れてもらえるかしら

 ――余所者は警戒されるよね


 間違いなくそうだろうな。軽装の男女三人だ、珍妙にしか見えないだろう。とりあえず立ち寄ってみよう。


 東側の小さな入口の前には村人らしきものが木の槍を持って佇んでいる。緊張感らしきものは感じない。日常的には平和な村なのだろう。風袋はノースタム族に似ているようにも見える。健康的に陽に焼けた少年といったところか。


 ――一角ウサギかスモール・ボアでも狩って行く?

「近くにいるか?」


 ――村の南側の森にいるわね

「手土産に数匹持っていくか」


 背の低い丘のような山の尾根を村の南回りに進んでいった。樹々が深くなったところで下馬した。


 ――弓を使うわ


 アイリーが弓を取り出し狙いを付けた。俺からは何も見えない。


【遠矢】【スナイプ】


 ヒュン!


 キュウー


 一角兎の悲鳴が聞こえた。草木に隠れていたようだ。一射で三匹射抜いていた。思わず口笛を吹いて笑ってしまうような腕前だ。近づいて手に取り、腹を裂いて贓物をかき出して捨て血抜きをした。


 その匂いに釣られてスモール・ボアではなく、一回り大きな体調二メートル弱のフォレスト・ボアが獲物を奪いに突進してきた。木製の投げナイフであっさりと眉間に刺さって前のめりに転がった。


「これだけで十分だろう」

 ――そうね


 麓に降りる獣道をファリナが少しだけ手を入れ、馬が降りられるように整地してくれていた。


 村の入口まで降りると流石に警戒された。


「何用だ」


 ああ、東から来た冒険者でここらあたりのことを知りたいと告げ、手土産の一角ウサギとフォレスト・ベアを差し出した。


「ああ?森の主じゃねえか、アンタらが狩ったのか」

「主?不味かったか?森の守り神か?」


「いや、違う。こいつのせいで一角ウサギを狩っても直ぐに奪われて困っていたんだ」

「ああ、それはなにより」


 レベル13程度の魔獣だからさほど気にも留めなかったけれど、村人にとっては一角ウサギが取れないのは死活問題かもしれないなと思った。


「村長に紹介すればいいのか?俺はトゥーリオだ」

「ああ、ベルンだ、こっちはアイリーとファリナ」


「アンタ、片手でフォレスト・ボアを持てるのか、300キロはあるぞ」

「ん?冒険者だからな、これくらいなら問題ない」


 トゥーリオと名乗った男が、村の中に入っていった。その後ろから馬を降り付いていった。

 自分の生まれ故郷の北の村よりは大きな集落だ。家というか小屋の様子は似たようなものだ。屋根と壁はあるが三方にしかない。道路側がオープンなのだ。

 

 奪われるものが何もないというアピールなのだろうか。そういった主張の方がしっくりくる。単に材料不足なのかもしれないが。


 立派とは言えない家から、村長らしき年老いた男性がトゥーリオに続いて出てきた。


「あんたがたが森の主のフォレスト・ボアを狩ってくださった方かね」

「どうやら。そうらしい。東の果てから来た冒険者だ。王都を目指していたらこの村が見えたので立ち寄らせてもらった」


「それはそれは、ところでその肉を村にくださるのかね」

「ああ、村で食べてくれるならそのまま渡そう。解体が必要なら捌くがどうする」


「それだけの巨体、お言葉に甘えて解体してもらえると助かる」

「わかった、捌こう、何処で解体すればいい?」


「トゥーリオ、街の中央広場を案内しなさい。あとは肉を焼いてもらう手配を」

「なんなら、捌いたあと焼いて食えるようにしようか?皿と器を用意してくれればいい」


「それは助かる。頼む」

「ああ」


 村長が話した街の中央の広場には、バーベキュー会場のような施設があった。ただし老朽化していて手入れされていない。


「普段は、ここで皆が食べるのか?」

「大物を仕留めた時だね。今回がまさにそれだ!」


 なるほど。壊れかけの作業台のような石で足場を組んで木の台を無理やり並べたようなものがあった。トゥーリオにとっても久々の肉なのだろう。舌なめずりが止まらない。一刻も早く村人に声を掛けたそうにそわそわしている。


「これを借りてもいいか」

「おう、好きに使ってくれ、俺は村に声をかけて来る」


 押してみるとグラグラと不安定な台だ。悪いが勝手に補修しておこう。


 以前、山で取って来て収納しておいた大理石の巨石をそのまま取り出して、作業台と入れ替えた。モノが良いから文句はあるまい。その上にフォレスト・ベアを寝かせ、腹を裂いて贓物を取り出した。アイリーはその辺のテーブルと椅子を補修してくれている。ファリナはウサギを肉に卸してくれるようだ。


「こいつらは仕留めても魔石に変わらないと云うことは地上種の魔獣なのか」

「そうだと思うわよ、魔石はあると思うけれど、ダンジョン産ではないわね」


「ラビット肉はソフィアの店で初めて食べた肉だ」

「懐かしいでしょう」


 もう一年以上前になる。確かに懐かしい。


 解体をしていると村の子どもたちが徐々に集まってきた。遠目で作業をしている様子を窺っている感じだ。薄汚れた巻頭着というかボロ布に近い。補修に補修を重ね継ぎ接ぎだらけだ。アイリーが手招きをして、【浄化】と【清潔クリーン】をかけて綺麗にしてあげている。飛び跳ねて喜ぶ子供たち。


 子どもの笑顔はどこの世界も無邪気でいいな。


 次に現れたのは皿と椀を持った母親たちか。その後ろから老人たちが物珍しそうに歩いてきた。多分に漏れず母親たちも老人たちもボロ着を羽織っている。これがこの世界の村人の現実か。かつて銀貨4枚程度で売り払った北の村の古着を思い出した。


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