忘却の果てのエデン 2
ものごころつく頃から一緒に育った。柔らかく笑う彼女の笑顔が、透き通るようなその声が、全てが――、
自分にとって唯一の、かけがえのないものだった。
( サーシャ…… )
君が選ばれた時、あの時を。
子供でしかなかった自分を、今でもずっと後悔している。
「サーシャなどという名前の者はここにはいない」
考えの中にいた
「どこまでお前が調べたのかは知らないが、
仮に昔いたとしても、今はもういない」
「……どういうことだ?」尋ねる佳大に、
「自分の意志で来たと言うのなら、会いに来たのだろう?
ならば尋ねればいい、お前はこの島に受け入れられたのだから」
そう言うと立ちあがり、李真は佳大を見下した。
その言葉で、完全に確信出来た。自分がちゃんと目的の地にたどり着けたのだと。
ここは――、この島は人を選ぶ。
闇雲に求めたとしてもたどり着けるわけではなく。佳大も3度目の航海にてやっとここに来た。むしろ奇跡と言ってもいいかも知れない、一生たどり着けない者が殆どなのだから。
きっと船は駄目にしてしまっただろう。でも、もうどうでもいい。もともとその為に必死で働いて手にしたものだ。
男が話したことが少し気になるが、
( やっと、来れたんだ……!)
佳大はグッと拳を握りしめた後、寝かされていたベッドから床へと降り。
それを眺めて、李真は着いて来いというように背を向けて部屋を出た。
彼に続いて部屋を出た佳大に、「あ、ケータ!」と、男とは反対方向からカティアが駆け寄ってくる。
「起きあがって大丈夫なの?」
佳大の目の前で心配そうに見上げる小さな少女に、大丈夫と。
「カティアのおかげで、もう元気になったよ」
「ほんと?」
「うん、本当。元気元気!」
笑って頭を撫でれば、カティアは嬉しそうな笑顔で「エール様に会うの?」と、そう無邪気に尋ねる。
「エール様……?」
「うん、そう。エール様はとっても綺麗なの、そして神様に愛されてるのよ!」
「――カティア」
少女の無邪気な会話を諫めるように李真がカティアの名を呼んだ。
「何か用なのか? 何もないならマティスの手伝いに行け」
手を払い、あからさまに邪魔だという男の態度にカティアは頬を膨らませ。
「何よ! 李真リーヂェンの意地悪!」
べーだ!と、カティアは男に舌を出し、佳大には笑顔で手を振って元気に走り去った。
文句を言われた当の本人は、小さくため息をついた。
「子供の扱いに慣れているんだな」
どうでもいいふうにとりあえず呟いた男の言葉に、佳大は軽く笑う。
「俺はグループ施設で育ったから。年下の子達が沢山いたんだよ」
カティアの態度を懐かしく思いながら佳大は言う。だが、その思い出の大半を占めるのはたった一人。
「エール様、って……?」
「エール、またはエルというのは昔の言葉で、神という意味だ」
佳大が話したどちらの言葉にも、大した反応も見せずに、李真はそれだけ言うとまた背を向けた。
知らなければ一生そのままで終わる。知っている者の方がごく僅か。
ここは「エデン」と言われる島。
望み願う者達からは「神」とも呼ばれるが者が住む島。
しかし神の如くの力を行使出来ても実際はただの人で。その肉体には寿命がある。
神に永遠を与えられたのは、愛されたのはその魂。肉体はただの器。寿命がくればその魂は、また新たな器を選ぶ。
10年前、新たな器として選ばれたのは佳大が愛した少女。
長い亜麻色の髪を揺らして、翠の瞳を細めて佳大の名を呼び、ただ嬉しそうに笑うサーシャの顔が今も脳裏から離れない。
ただ、会いたい。
もう一度彼女に会って、そして――……、
( 今の自分なら違う選択が出来るだろうか? )
それはもう今更で。過ぎ去った過去。
佳大は小さく頭を振ると、前を行く男の背に視線を向けた。
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