忘却の果てのエデン 1

足早に嵐は通り過ぎ、午後には青空も戻った。

嵐が去った後の浜辺を歩くのがカティアは好きだ。そこには見たこともないようなものが落ちていたりするから。


ただ自分が暮らすこの島に嵐が直撃することは、せいぜい波が高くなるだけで。

砂が流されたのか、いつもより多く目につく鮮やかなガラスの欠片、シーグラスを拾っては、小さな袋に詰めて浜辺を行く。


直ぐにいっぱいになった袋の中身を持上げて、青空に掲げてみればキラキラと光が透ける。


「綺麗……」


呟いたカティアの瞳にも透けた光はキラキラと反射して。ふと――、その視線の先に見慣れないものを見つけた。



「………?」


何だろう。と、少し近づいてみれば、それは明らかに人の姿で、大人の男性のように見えた。


波打ち際、うつ伏せの状態で倒れている。


遠目では生きているのか死んでいるのかはわからないが、小さな少女でしかないカティアにはどうすることも出来ない。



「大変……、李真リーヂェンに伝えなきゃ!」


少女は人を呼ぶ為に急いで身を翻した。











その話はSNSなどでは拡散されることもなく、遥か昔から人々の間に語り継がれる噂。


原初の人間、そこから生まれた始めて人。罪を犯した兄ではなく神に愛された弟。


兄に殺され儚く散った弟の魂は、憐れんだ神により救いあげられ永遠を得た。


それは――、言葉通りの永遠。



終わることのない魂は肉体を変えて尚、生き続ける。神の愛を享けて今現在も。








「――あ、起きた!」


目を開けたと同時にそんな声が聞こえた。 


「ねぇ、具合どーお?」


自分の視界の中、覗きこんできたのは褐色の肌の少女。

ここは?と、声を出そうとして咳き込んだ。


「わっ、大丈夫!? あ、ちょっと待って、今お水持ってきたから!」


少女は危なっかしい手つきで水差しから水をコップに注いで、はい。とこちらに渡す。

むせながらも起きあがり、少女からコップを受け取ると一気に飲み干した。


冷たい水が喉を潤し心地好い。



「……ありがとう、助かったよ」


コップを返してお礼を言えば、


「あたしはカティア! お兄ちゃんは?」


首を少し傾げて尋ねる少女、カティアに答える。


「ぼくは佳大ケイタ。――ありがとう、カティア」


名を呼んで再びお礼を口にすれば、少女ははにかんで笑った。





「――ところで、ここはどこなんだろう?」


換気の為か、せっせと窓を開けているカティアに佳大は尋ねた。


「えっ? あっ、うーん……」


それは答えれないことなのか、振り返ったカティアは困ったような顔をして、

「ちょっと待ってて。 今、人を呼んでくるから」

と、部屋を出ていった。



カティアが開けた窓から入る風には、微かに潮の匂いがする。

どうやら、あの嵐は乗り越えれたみたいだ。窓から見える空にも雲ひとつない。


あの嵐を受けてこの穏やかさ。まるで――、










「――失礼する」


カティアに呼ばれたのだろう。声と共に部屋に入ってきたのは、ややキツイ目付きの背の高い男。自分より少し年上だろうか?



男は視線を合わすことなく部屋の隅に置いてあった椅子を掴むと、佳大のベッドの横に置き優雅に座る。


部屋に入ってきてから椅子に座るまでの動作すべてが、流れるようにそつがなく。

思わず見とれていた佳大は、腕を組み椅子に腰かけて、こちらを眺めている男の黒い瞳と出会った。


「私の名前は、李真リーヂェンという」


「あ、俺は――、」


慌てて名乗ろうとした佳大を静かに手で制して、李真と名乗った男は、「名前はいい」と。



「お前の聞きたいだろうことを答える前に、私から先に尋ねたいことがある」


尊大な態度だが、それが男の整った容姿と相まっていて。


「な、何か?」


思わず気圧された佳大に、


「お前は、ただ漂着したのか? それとも、



―――?」


切れ長の瞳を細めて、李真は問う。


その意味は――。




「俺は……」と、佳大は一度言葉を切った。


脳裏に浮かぶのは、揺れる亜麻色の髪に翠の瞳の少女。

 



「俺は…、『神』に会いにきた。



………いや、サーシャに会いにきた」

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