文芸部へようこそ!

高山小石

第1話 平田夏歩は可愛いクラスメイトの羽柴優美に誘われた

「それなら文芸部に入らない?」


 それは、高校に入学してから友達になった可愛いクラスメイト羽柴はしば優美ゆみからの誘いだった。


 中学校では演劇部だったので、最初は演劇部に入ったんだけど、みんなで楽しくやっていた中学校とは違って、大会連覇を目指す体育会系だったので、やめた。


 絵を描くのが好きだったから、次に美術部にも入ってみたけれど、美大を目指すガチ勢が多くてやめた。


 運動部は寮完備の大会常連組しかいないので、選択肢にものぼらない。

 ちなみに英語系や放送系も大会連覇中だ。


 みんなスゴいよ。スゴすぎる。


 進学校であるこの女子校はガッチガチのカリキュラムで、私は授業についていくだけで精一杯。他の子みたいに、勉強しながら部活にまで全力をつくせる余力がない。本気で予習復習しないとついていくことすらできないので、家ではもちろん通学中だって勉強で忙しい。部活でくらい息抜きしたい。


 そう思う私は情けないのかもしれないけれど、切実なのだ。


 優美が誘ってくれたのは、一緒にお昼を食べながら「入部必須だから早くどこかに決めなくちゃいけないんだけど、どうしよう」と私が話したからだ。


「文芸部って、なにするんだっけ?」


 講堂で部活紹介を見たんだけど、他がスゴすぎて文芸部は印象も残っていない。


「三月に新入生勧誘用の冊子を作って、秋の文化祭ではテーマを決めて部誌を発行するの。だから本格的な活動は年二回かな」


「それだけ? それ以外の時はなにしてるの?」


「音楽ききながら本読んだり、おしゃべりしたり、お茶したり?」


「ほんとに? 実はどこかに投稿するノルマがあったりとかしない? 賞をとるまで出しまくれーみたいな」


「ないない」


 優美は笑って詳しい説明をしてくれた。

 習い事にいそがしい子もいるので(さらに習い事とか! 超人か!)、そういう子たちが入る部活らしい。そういう子たちは普段は部室にも来ない幽霊部員なんだけど、部誌にはちゃんと期日以内に原稿を上げてくれるのだとか。


「部誌に作品と名前が載ってないと、さすがに部員とはみなされないからね」


 その日の放課後、部室を案内してくれて、部誌も見せてもらった。

 部員全員の作品が載っているという部誌の、目次から気になるタイトルかつ一番短そうなのを選んで読んでみる。


 難解な漢字が多用されているわけでもなく、意味不明な文章の羅列でもない。するする読めるしオチもあって普通におもしろかった。


「私は習い事とかしてないから、だいたい部室にいるんだけど、誰もいないとさみしいんだよね。まぁ勉強ははかどるけど」

 

 優美は一人の時、部室で宿題や予習をするらしい。飲食可能なファストフード店やファミレスより静かだし、長くいても大丈夫だから快適なのだとか。


 他にも部室に来る子はいるみたいだけど、確かにこの日は誰もいなかった。まさに理想的な環境だ。


「入部します!」


 ※


「はろー。新入部員ちゃん」


 入部届を出し、正式に文芸部員となって数日後、見知らぬ人が部室にやってきた。

 いや、見知らぬ人は私の方で、先輩であろうその人は、目の下のクマがひどい。


 優美が慣れた様子で声をかける。


「お疲れ様です、丸山まるやま先輩。彼女は私のクラスメイト平田ひらた夏歩かほちゃんです。丸山先輩が部室に来たってことは、無事に脱稿できたんですね」


「うん。なんとかギリギリ間に合ったよー。で、読む?」


 ふっくらした外見なのに、どこかゲッソリしている先輩はにやりと笑った。


「読みます!」


 優美はパイプイスに座り直して姿勢を正すと、先輩はウキウキした様子でカバンから紙の束を出した。

 ぷくぷくした指がかわいい……え、それ何枚あるんですか?


「あ、カホちゃんも読みたい?」


 思わず凝視してしまった私に、先輩は気を使ってくれたようだ。


「いえ、私は」


 ここ数日、毎日この部室に来た私がやったことと言えば、部誌をパラパラ読んだ他は、ペットボトル片手に優美とおしゃべりしながら宿題や予習をしていただけだ。


 だって私のここでの目的は息抜きなのだ。

 「勝手に読んでいいからね」と本棚に置かれている市販の分厚い文芸小説など読みたくもないし、人気なのかも知れないけれどやたらと巻数の多いラノベも読む気力がない。

 

「先輩の作品は夏歩も部誌で読んでたから、丸山先輩がどのペンネームか当てられるんじゃない?」


「え」


 部誌には、載っている作品それぞれペンネームで書かれていて、最後にまとめて執筆した部員の本名があいうえお順に明記されている。

 先入観をなくすためか、本名だと恥ずかしいからか、ペンネームと本名がつながらない仕様になっているのだ。


 詩と小説、作品のジャンルごとにペンネームをわけている部員もいるみたいで、ペンネームの数が部員数より多いわ増減するわで、最初びっくりした。


「それいいね! もし当たったらジュースおごるよ!」


「えぇ?」


 読むのを断れない雰囲気になってしまった。


 「私、読むの速いから先に読むね」と言いながら、早くも紙を手に取る優美が読んだ後に私が読むかたちで、分厚い紙束を読んでいくことになった。


 うわぁ。こんなに長い小説よく書けるなぁ。

 ネクタイの色からして三年生だよね? 受験大丈夫?


 そんなことを考えている間に、机には優美の読み終わった紙がどんどん積まれていく。その勢いに押されるように、私も文字を追い始めた。

 

 そりゃ部誌の作者の一人かもしれないけど、誰かなんて、そんな簡単にわかるもんなの?

 あーあ。これ読み終わるまでに何時間かかるかなぁ?

 ペットボトル一本じゃ割に合わないよーと思っていたのは最初だけだった。


 この文章知ってる!

 部誌の中で異彩を放っていた、なんかエロいヤツだ!

 いや、エロいって言っても部誌だから直接的表現は一切ないんだよ? なんか深読みしたらエロいっていうか、もだえるっていうか、って誰に言い訳してんの自分!


 これ、わかったって言ったら読むの終わりになるのかな?

 どうしよう。作者はわかったけど、先が気になって最後まで読みたいんだけど。


 部誌に載っていた短編では予定調和というか毎回きれいに終わっていたのが、これだけの量だ。登場人物からして多いし、設定が深いし、展開が読めない。


 私は作者に気づかないふりをして読んでいるうちに、いつの間にか夢中で物語を読み進めていた。


「はーい、時間でーす」

「帰宅時間だよ」


 肩を揺すられて気がついた。

 え、もうそんな時間?

 ああー、読み終われなかった。後ちょっとだったのに。

 満足げな優美はすっかり読み終わったらしく、紙束は私の方にしかなかった。

 悔しそうな顔をしてしまったんだろう私に、丸山先輩は紙束を差し出した。


「良かったら、続き、持って帰る?」


「いえ。明日またここで続きを読ませてもらってもいいですか?」


「もちろん! 読みたいって言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう」


 だってイイところだったんだよ!

 すっごい続きが読みたい! でも持って帰れない!

 先輩の大事な作品だっていうのもあるけど、万が一、親に見つかったら恥ずか死ぬから!

 部誌ではひかえられていた表現が全開になるとこうなるんですね! 勉強になります!

 

   ※


 すっかり丸山先輩のファンになった私は、これまでの丸山先輩の作品を部室で読むようになっていた。うん。顔面崩壊しているのを家族に見られるのが嫌すぎて、家では読めない。


 部室でなら、私ひとりだとうまく言葉にできない心の叫びも「うんうん。わかるよ〜。ここ最高だよね!」と優美が笑顔で返してくれるので、ほんと癒やされる。


「アンタ新入部員?」


 また見たことのない先輩がやってきた。ネクタイの色からして二年生だ。

 スカートみじかっ。髪こそ染めてないけど、おかたい制服をこんなに着崩している生徒、初めて見たよ。なんて言うんだろ。ギャル系? 


 固まって答えられない私をよそに、優美はいつもの調子で声をかける。


「お疲れ様です、宮森みやもり先輩。脱稿したんですか?」


「んーん。なーんか行き詰まっちゃってさー」


「もし良かったら、読ませていただいても?」


「いーよ。あ、アンタも読む?」


 前回と同じく作者を当てるという名目で、私も読むことになりました。


 えー。この人、小説というか文章書けるの?

 行き詰まってるってことは書き始めたばっかりだとか?

 ぺったんこなカバンから整えられた指先で取り出された紙束が……え? 丸山先輩のより分厚くないですか? それで途中?

 あ、ギャル語で枚数も多くなってるとか?


 失礼なことを考えている間に、あっと言う間に私の前に勢いよく積まれていく紙束を一枚ずつ読んでいったんだけど。

 

 この文章、知ってる!

 なんか不思議な雰囲気のヤツだ!

 短編なのに、読後感も微妙に後引いてた。


 てことは、これホラー系だ。

 ひぃいい。いきなり主人公だと思ってた人が死ぬとかやめて! 

 しかもこれ呪い系じゃない?

 いや、もう、ちょっと、死にすぎだから! ほんとはやく解決してぇ!

 

「おつー」

「帰宅時間だよ」


 えええええ。

 ちょ、ここで止めるのは困る。

 やっと(おそらくもう死なない)主人公になって、呪いの元凶を探りに出かけたところだったのに!

 思わず涙目で見上げていた私に、先輩は髪をかき上げながら言った。


「あー、ソレ、持って帰る?」


「いえ。明日またここで続きを読ませてもらってもいいですか?」


「いーよ。……ありがと」


 最後はぼそぼそ声で聞き取れなかったけど、続きを読む許可はもらえて良かった。

 解決まで読まないと気になるから、早く読み終わりたい!

 でも、持って帰ったら呪いまでついてきそうで、持ち帰りたくない!

 一人でなんて絶対に読めないから優美のいる部室で読むしかない!


「……続き、なるはやで書くね」


「心待ちにしています!!」


 いやマジで!


 怖いから一緒に帰ろう、と最寄り駅まで優美にくっついて帰っていたら、優美はしみじみ言った。


「夏歩を文芸部に誘って良かった」


「え、あ、うん。なんか想像していたよりも充実してるよ」


「ふふっ。私も楽しい。これからもよろしくね」

 

「うん。こちらこそよろしくね。誘ってくれてありがとう」


 その後も、運動部と文芸部をかけもちしながら凝ったトリックを使ったミステリを書く先輩や(どんな頭してるんだ!)、あなたがホラーキャラですかって姿なのにコメディ書いてる先輩と部室で出会って、作品を読ませていただきました。

 

 主な先輩たちと一通り顔を合わせたあとに、作者を当てられたからと、簡単な歓迎会を開いてもらった。

 テスト前は優美と一緒に勉強できたし、先輩たちからは過去問を融通してもらえ、勉強のコツも教われた。分厚くて長い本も読めるようになって読解力もついた気がする。


 でも、読むのと書くのはまた別だった。


 文化祭の時はどうやって書けばいいのかよくわからなくて、アドバイス通りに書くだけしかできなかった。さらっと読めておもしろい先輩たちの作品は本当にスゴいんだなってよくわかった。


 新入生歓迎号にはもっとちゃんと書きたいんだけど、やっぱりなかなか書けない。


「私の強みってなんだろう?」


「素直なところ」

 

 優美の言葉に、うんうんと先輩たちも頷いてくれている。

 そんなこと初めて言われたよ。

 だいたい『飽きっぽいね』とか『こらえ性がないね』だもん。


 でも、みんながそう言ってくれるんなら、タイトルはこれにしよう。


『文芸部にようこそ!』

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