第2話 ドキドキの東京決戦
竜也のおまじないが効いたのか、あれからすぐに眠りについた俺は、すがすがしい気分で決戦の朝を迎えていた。
「よし、一丁やったるか!」
俺は自らに気合を入れ、早目にホテルを出て本選の行われる会場へ向かった。
スマホの地図アプリを頼りに歩を進めていると、途中で特に遊具等を置いていない広めの公園があったため、近道しようと横切っていると、そこには様々な光景が広がっていた。
老若男女問わず散歩やジョギングしている人たち、通勤通学途中の会社員や学生たち、ゲートボールやグラウンドゴルフに勤しむ老人たち。
──東京といっても、俺の住んでいる街と大して変わらないな。
そんなことを考えている間に、いつの間にか公園を抜けており、前方にスマホの画像と同じ建物がそびえ立っているのが目に入った。
「でけえっ! こんな大きな所でやるのかよ!」
俺は驚きのあまり、周りの人たちが引くような大声を出してしまった。
さっきまでは東京も大したことないなと思っていたのに、これじゃ完全に田舎者丸出しだ。
俺は周りの視線に耐えられず、逃げるように会場へ入った。
「オーディション参加者の方ですね。それではこちらに必要事項を記入してください」
受付で簡単な手続きを済ませると、俺はそのまま控室に案内された。
──時間もまだ早いし、どうせまだ誰も来てないだろうな。
俺は勝手にそう思い込み、やや乱暴にドアを開けると、そこには既に三人の参加者が待機していた。
彼等の手にはスマホが握られていたが、俺がドアを開けた瞬間、彼等の視線は完全に俺一点に集中していた。
──おい、おい。敵同士とはいえ、そんなに睨まなくてもいいじゃないか。
彼等は俺が席に着くまでの間、まるで猛獣が獲物でも襲うかのような鋭い目を向けてきた。
──竜也の奴、昨日参加者の顔がみんな野菜に見えるなんて言ってたけど、俺にはライオンかトラにしか見えないぞ。
俺は他の参加者が揃うまで、ひたすら色んなジャンルの画像を見て、心の中でツッコミを入れていた。
やがて七ブロックの地方予選を勝ち抜いた総勢二十八名が集まり、スタッフに促され全員で舞台へ移動すると、壇上にテレビで観たことのある人物が立っていた。
「皆様、おはようございます。私がこの『全日本ツッコミコンテスト』というオーディションを主催している武田事務所社長の武田英雄です。今の時代どんなバラエティ番組においても、ツッコミ役というポジションは必要になり、そう言う人材を見つけ出すのが、このオーディションを開催した主たる目的となります。皆様は地方予選を勝ち抜いてここに来ているので、既にツッコミの技術は優秀だと思っています。ここを更に勝ち抜くには、自分の実力プラス運が必要となりますが、果たして誰がその運を導くことができるのか、じっくり拝見させてもらいます。それでは次に、オーディションのルールについて簡単に説明します。皆様はまず、こちらであてがったそれぞれのボケ役とともに、三分間漫才をしてもらいます。台本は一切ありません。皆様はボケ役が放ったボケに、瞬時にツッコミを入れてください。最初は戸惑うかもしれませんが、やっていくうちに段々と相手の特徴が分かってきて、ボケが予想できるようになると思います。それでは皆様、ご健闘を祈ります」
社長のルール説明が終わるやいなや、参加者たちは一斉にザワつき始めた。
「台本のない漫才なんて、できるわけないだろ」
「たった三分で、相手の特徴なんてつかめねえよ」
「そもそも、初対面の人間のボケを予想しろなんて、無理な話だよな」
──竜也の予想は外れたけど、これはこれで面白いんじゃないかな。やっぱり、ツッコミ力を見るには、漫才が最適だし。
参加者たちが皆不満を口にする中、得意の漫才で合格者が決まることを聞いて、俺は少しホッとしていた。
「それでは、只今からオーディションを始めますので、ゼッケン番号1番の大田さん以外の方は舞台下へ移動願います」
司会者に促され舞台下へ移動すると、一万人は優に入る会場の中に、観客席には俺たちしかいないという、ある種異様な光景が広がっていた。
わざわざこんな広い会場を用意したのはもしかすると、この先お前たちの力で満席にしてみろという、主催者側のメッセージかもしれない。
そんなことを考えていると、舞台袖からいきなり五十歳くらいのおじさんが出てきて、挨拶もそこそこにいきなり漫才が始まった。
二十代中盤くらいの大田さんは先頭バッターのプレッシャーからか、そのおじさんとまったく息が合わず、見る見る顔が赤くなっていった。
──ああ、可哀想に。ただでさえ難しい設定なのに、見本のないままやらされて対処の仕様がないよな。でも、大田さんには悪いけど、なんか段々トマトに見えてきたんだけど。
その後の大根やゴボウもトマト同様スベり倒し、未だ誰もまともに漫才ができていないまま、いよいよ俺に出番が回って来た。
「それではゼッケン番号7番の中道さん、舞台にお上がりください」
俺はすぐさま立ち上がり、心の中で(今日一日俺はスーパーマンだ)と言い聞かせながら、舞台へ駆け上った。
それと同時に、舞台袖から四十歳くらいの何の変哲もないおじさんが出てきて、「俺が相方の坂本です」と告げられた。
この見た目普通のおじさんが、一対どんなボケをするのか身構えていると、彼はおっとりとした口調で「俺、休日に仲間と草野球やってるんだけど、晴れてるとフライがぶたにくいんだよな」と、いきなり意味不明なボケをかましてきた。
──はあ? ぶたにくいだと? やばい。このボケの意味がまったく分からない。このままだと、さっきのトマトや大根の二の舞だ。
脳をフル稼働させて考えている俺に、「あっ、ごめん。ぶたにくいじゃなくて、ぎゅうにくいの間違いだったよ。はははっ!」と、おじさんはすぐさま二の矢を放ってきた。
──ぎゅうにくい? さっきがぶたにくで今回がぎゅうにくということは、もしかすると、とりにくに対してのボケなのか? ということは……なるほど! そういうことか。
俺はボケの意味に気付くと、すぐにツッコミを入れた。
「おい、おい。それって、ボケが強引過ぎるだろ。とりにくいのとりにくの部分を切り取って、ぶたにくやぎゅうにくに変えるなんてさ。俺だから良かったものの、普通は気付かないぞ。ほらっ、あの9番のゼッケンを付けてるおじさんを見てみろ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるじゃないか」
苦し紛れにライバルを巻き込んでしまったが、審査員はこれも戦略だと思ってくれるだろうか。
「ところで、君まだ若いね。大学生かい?」
「いや、まだ高校生だけど」
「びー! ということは、まだ十代か。俺にとっては随分昔のことだな」
──びー? 驚いた時に出る言葉といったら、普通は『えー』だよな。それを『びー』ってボケるってことは……なるほど、そういうボケね。
「いや、いや。さっきも言ったけど、ボケが強引なんだよ。(えー)をアルファベットのAに見立てて『びー』ってボケるなんてさ。ほらっ、あの9番を見て見ろ。また訳が分からないって顔してるじゃないか」
俺は一度ならず二度までもライバルをいじってしまった。後でちゃんと謝ろう。
「俺、かき氷が好きでさあ。あの細かく削った氷の上から、しょうゆを垂らして食べるのが乙なんだよな」
「いや、それ大根おろしの食べ方だから!」
「この前、家でコロッケ食べてたんだけどさ。半分くらい食べたところで、なんかいつもより味が違うなと思ってよく見たら、コロッケじゃなくてたわし食べてたんだよな」
「ああ、それ分かる。確かに、コロッケとたわしって似てるもんな。って、そんな訳ないだろ! そもそも、半分ってなんだよ。そんなの、一口かじった時点ですぐ気付くだろ!」
最後に快心のノリツッコミを決めたところで、ちょうど制限時間となった。
──とりあえず、今やれるだけのことはやった。後は運を天に任せるのみだ。
俺は半分スッキリ、半分モヤモヤした心情で舞台を下りた。
その後、控え室に戻り、さっきの漫才の反省していると、出番を終えた9番のゼッケンを付けたおじさんがうつむき加減で部屋に入ってきた。
「さっきはいじってしまい、すみませんでした」
俺が素直に謝ると、おじさんは「別にいいよ。君の言った通り、ボケの意味に気付かなかったのは本当なんだから」と、笑顔で返してくれた。
「でも君、いい度胸してるよな。普通ああいう所では、緊張で周りなんか見えてないものだけど、君にはちゃんと見えてたんだな。まだ高校生なんだろ? 将来有望だな」
「いえ、いえ。全然そんなことないです。実は俺、あの時相当テンパってたんです。相手のボケにすぐ反応できなかったから、このまま普通の返しをしただけだとちょっと弱いと思って、咄嗟におじさんのことをいじってしまったんです」
「咄嗟にそういうことを思い付くなんて、やはり君は只者じゃないな。多分、このオーディションも合格するんじゃないかな」
おじさんの言った通り、俺は三名の合格者の中の一人として、表彰式の後に武田事務所と契約を交わし、高校卒業後にプロとして本格的に活動することになった。
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