全日本ツッコミコンテスト

丸子稔

第1話 高志と竜也

 高校三年生の秋といえば、周りは就職試験や受験勉強で大変な時期だが、俺は来春から相方の小平竜也とともに大阪のお笑い養成所に行くことが決まっているため、そんな彼等を同情の目で見ていた。


 そんなある日、俺は日課にしている自分の名前(中道高志)のエゴサーチを済ませた後、漫才のネタ探しのためランダムにネット検索していたところ、ある大手事務所が主催する『全日本ツッコミコンテスト』というオーディションが、近々開催されるという情報を掴んだ。

 そのオーディションは一風変わっていて、予選は二人一組で漫才を披露するのだが、東京で行われる本選にはなぜかツッコミの者しか参加できないというものだった。

 ツッコミを担当している俺は、その規定に少し引っ掛かりながらも、とりあえず竜也に伝えることにした。


「もしもし。今、電話大丈夫か?」


「ああ。で、用件はなんだ?」


「来月、大竹事務所が『全日本ツッコミコンテスト』というオーディションを開催するんだけど、知ってるか?」


「いや。で、その変なタイトルのオーディションは、どんなことをするんだ?」


「まずは全国を七つのブロックに分けた予選会を開いて、そこでは二人一組で漫才を披露するんだけど、東京で行われる本選にはなぜかツッコミの者しかいけない規定なんだ」


「ふーん、そういう事か。だから、そういうタイトルなんだな」


「お前、このオーディションの意図が分かるのか?」


「つまり大竹事務所は、ツッコミのうまい人材を探してるってことさ。今、巷では能力の高いツッコミ芸人がもてはやされてるだろ? そういう芸人になりうる人材を発掘して、一から育てようとするのが、このオーディションの意図なんだよ」


「なるほどな。でも、それなら、なんで予選は漫才をやらせるんだろうな」


「それが一番手っ取り早いからさ。ツッコミの腕を見るには、なんといっても漫才が最適だからな」


「でも、それだと、ボケ役は使い捨てみたいにならないか?」


「まあ、そう思うコンビもいるだろうな。そういう奴らは、端からこのオーディションには参加しないだろうな」 


「お前もそう思ってるのか?」


「いや。俺はこのオーディションに参加してもいいと思ってる。今の俺たちの実力を測るには、いい機会だからな」


「でも、もし合格しても、お前は東京には行けないんだぞ」


「はははっ! お前、もうそんなこと考えてるの? それ、ちょっと気が早くね? 心配しなくても、今の俺たちの実力じゃ、予選通過なんて夢のまた夢さ」


「俺だって予選通過できるなんて思ってねえよ。でも、万が一ってことがあるかもしれないだろ?」


「ねえよ。九分九厘ねえよ」


「それって、確率的には万が一より上なんだけど」


「ぐっ……ほんと、変なところばかり、ツッコミうまくなりやがって」


「毎日、お前に鍛えられてるからな。で、オーディションは参加する方向でいいんだな」


「ああ」


「じゃあ、後でエントリーしとくよ」





 翌日から俺たちはオーディションに向けて、ネタ作りとネタ合わせに取り組むことになった。

 初めの頃こそ二人とも半分遊び気分だったが、やっていくうちに「どうせなら予選突破を狙おうぜ」と、どちらからともなく声が上がり、途中からはいつも以上に真剣に取り組んでいた。

 

 そして迎えた予選当日、俺たちは特に緊張することもなく舞台に上がり、完璧ともいえる漫才を披露した。

 その結果……





 なんと、オーディション合格!

 しかも、他の合格者を圧倒する、ぶっちぎりのトップ合格。

 最初の頃は万が一にも合格は無いと思っていた俺たちにとっては、まさに奇跡のような出来事だった。


「まあ、俺は奇跡だなんて思ってないけどな」


「お前、最初は『合格は九分九厘無い』とか言ってたくせに、よくそんなこと言えるな」


「最初はそう思ってたけど、俺たちの漫才で客が爆笑している姿を見て、俺は合格を確信したよ」


「確かに、ほとんどの客が笑ってたな。俺、人を笑わせるのがこんなに気持ちいいだなんて、あの時初めて知ったよ」


「でも、浮かれるのも今だけだぞ。本選には全国の予選を勝ち抜いた猛者たちが集まるんだからな」


「ああ。しかも今度は、俺一人で行くんだもんな。本選の内容も当日まで教えてくれないし、不安で仕方ねえよ」


「今からそんな弱気でどうするんだよ。そんなんじゃ、やる前から結果は見えてるぞ。本選の内容は俺が予想してやるから、当日までその予想を元に稽古しようぜ」


 こうして俺は、竜也が立てた予想を元に稽古することになった。

 ちなみに予想の内容は、ジャンルを問わず様々な画像を参加者に見せて、その都度的確なツッコミを入れさせるというものだった。


「面白い回答をするのはもちろんだが、時間も大事だぞ。あまり時間を掛け過ぎると、間延びして笑いが半減するからな」


「それは分かるけど、いろんな画像に瞬時に面白いツッコミを入れるなんて、難しくね?」


「だから、少しでもそれができるようになるよう今から訓練するんだよ。昨日、いろんな画像をピックアップしてきてやったから、早速始めるぞ」


 そう言うと、竜也はまず、屋根に風船を乗せながら走っている車の画像を見せてきた。


「……えーと、『この風船、バランス力が半端ねえな』かな」


「遅い! 回答はまずまずだが、いかんせん遅すぎる。それと、最後の『かな』は余計だ。今後一切使うなよ。じゃあ、次はこれだ」


 竜也は俺に強烈なダメ出しをするやいなや、今度は首輪をした猫が散歩している画像を見せてきた。

 俺はさっき竜也に言われたことを踏まえ、大して考えもせず『首輪って、犬だけのものじゃなかったのか!』と瞬時に回答した。

 すると……





「全然面白くない! 速ければいいってもんじゃないんだよ。そこに面白さが無ければ、なんの意味もないんだ」


 俺はまたしてもダメ出しを受けてしまった。

 その後も竜也は、「お前、やる気あるのか!」とか「遅いうえに面白くない!」とか、とても相方とは思えない程の罵声を浴びせてきたが、俺はそれに挫けることなく、本選までの二週間みっちり稽古した。




 そして本選前夜、興奮と不安が入り交じって中々寝付けないでいると、竜也から連絡があった。


「どうだ、東京の夜を満喫してるか?」


「そんな余裕あるわけないだろ! 本選は明日なんだぞ」


「冗談で言ってるんだから、そんなに怒らなくてもいいだろ。まあ、お前がナーバスな気持ちになるのも分かるよ。どうせ、明日のこと考えて寝付けないんだろ? 今から俺がおまじないをかけてやるから、よく聴いとけ。じゃあ、いくぞ。ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい、明日お前は、他の参加者の顔がみんな野菜に見える~」


「……えーと、何それ?」


「あのなあ、相方が恥を忍んでリラックスさせてやってるのに、その返しはないだろ」


「恥ずかしい気持ちはあるんだな」


「ぐっ……お前こういうツッコミをさせたら、ほんと天下一品だな」


「お前にいつも鍛えられてるからな。でも、今ので大分リラックスできたよ。もう少しで寝れそうだから、最後にさっきと違うおまじないをかけてくれよ」


「お前も欲しがるねえ。じゃあ、とっておきのものをかけてやるから、よく聴いとけよ。ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい、明日一日だけお前はスーパーマンになれる~」 


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