第9話 王立魔法学園生活、はじまる!(4)
目覚めると、見慣れぬ部屋のベッドで眠っていた。小さな部屋にベッドが一つ、窓から見える景色は真っ暗で、ちらちら星が輝いている。サイドテーブルには水の入った瓶とメモが置いてあった。
「『目覚めたらベルを鳴らすこと』――これかな」
ちりりん、と小さなベルを鳴らした。特に何も起きる気配はない。
マリエラが着ているのは白い簡素な服で、病院着のようだった。
しばらく待っていると、ノック音が聞こえて誰かが入ってきた。萌葱色の髪を三つ編みにしてサイドに垂らしている女性である。
「シュベルトさん、起きた? 調子はどうかしら」
「おはようございます……? その、特に何も」
「熱も毒もひいたみたいね。オリエンテーリングのこと覚えてる? あれから貴方、ずっと寝ていたのよ」
そうだった。ヴァンに抱え上げられて、眠ってしまったのである。
「覚えてます。それで夜、ですか」
「二日目のね。丸一日以上、眠り続けていたのよ。ここ、特別救護室A」
え、と戸惑うマリエラに、女性は優しく微笑んだ。喋りながら軽く診察される。
「私は救護教諭のシャリア。どういう状態だったか説明するとね、あなた、無数の吸魔ヒルに吸い付かれたでしょう。一匹一匹の吸魔力は微々たるものだけど、ヒルの牙に含まれる毒を一気に打ち込まれたことが原因で、ショック状態と中度の毒状態になってしまったのね。噛まれた痕には薬を塗り、体内には点滴をして処置しました。普通はあそこまで大量のヒルに遭遇することなんてないのだけど……先生も初めて見るくらいよ。毒妖花のこともだけれど、学園裏の森でこんなことになるなんて。よし、異常は無いようね」
「ありがとうございます。その、森の調査とかは」
「したわ。これからもする予定。今のところ、あなたたちが斬った毒妖花以外、あんなに巨大化したものは見つかっていないわ。他に巨大化した魔物も見当たらないし。単体の突然変異だったのかしら。それにしてもね……」
(やっぱりゲームのシナリオのせい?)
マリエラは苦笑いするしかなかった。
「そろそろ彼も来るかしら」
シャリアが言うのが先か、窓からコンコンと音がした。そこには箒に乗ったヴァンがいる。シャリアが指を振って窓を開けると、ヴァンは箒から降りながら部屋の中にすたりと着地した。
「彼女、さっき起きたところよ。じゃあねシュベルトさん。今日は朝までここで眠っていきなさい。何かあったらベルを鳴らすこと。お大事に」
ヴァンは黙って頭を下げ、シャリアが扉を閉めてから口を開いた。
「どう」
「どう? えーと、元気っぽい」
そう、と小さく呟いて、ヴァンは近くの椅子に座った。真顔でジーッとこちらを見てくるので、居心地が悪い。
「どうかした?」
「君さぁ、結構大変な目に遭ったの分かってる?」
「一日半くらい眠り続けたみたいね」
「暢気だな。こっちは気が気じゃなかったんだけど……ああ、いや、違う、こんなこと言いに来たんじゃなくて」
ヴァンは苛立ちを燻らせたような様子である。ガリガリと後頭部をひっかいている。
そうしていると年相応の男の子のようだ。
「ねぇヴァン。あのときは助けてくれてありがとう、ね」
「……。初めの、毒妖花が出現したとき。俺ですら気付かなかったのに、何でマリエラ嬢は気付けて、ソフィーさんをかばえた?」
「それ、は」
ゲームの記憶を思い出したからである。
ヴァンの目が深く、心のなかを見透かすような色を帯びていく。
「そして殿下ではなく、ソフィーさんをかばうことを選んだ」
「そりゃ、殿下の服が溶けて裸になろうがどうでもいいからに決まってるじゃない」
「まぁ確かに。それはそう。でも自分のことは? 自分よりもあの子を優先するのはどうして?」
ヴァン、なるほど鋭い。
本音を言うなら、メリバポイントを貯めて自分の悲惨エンディングに到達するわけにはいかないからである。そのためには多少どころかいくらでも体を張る。
「あの子はいずれこの国の宝になる。それに可愛いもの。守ります」
「……また、予知?」
「予感です」
ソフィーが国の宝になるのは間違いない。彼女がいないと《災厄》を鎮められない。同室で共に生活し始めて三週間ほどだが、ソフィーはいい子だと思うし、可愛い。嘘は何も言っていない。
「ふうん。まぁいいけど。……自分のこともさ、大事にしなよね」
ヴァンは興味を失ったらしく、急に立ち上がるとマリエラから離れ、窓枠に腰掛けた。マリエラに背を向け、足を外に出してプラプラしている。
「それとさぁ」
そう言ったきり、ヴァンは黙った。
待てどもなかなか続きの言葉を言わない。
「それと、何ですか?」
「俺がいたのに。……こんなことになる前にさ、守れなくて、ごめんね」
ヴァンはそのまま窓から飛び降りた。ぎょっとしたが、箒に立ち乗りして飛んで行ったようである。
「何いまの。言い逃げじゃん……」
たぶん。たぶん――ヴァンが一番言いたかったのは最後の言葉なのだ。そのことに思い至ってマリエラは顔を覆った。
不器用か。
翌朝、寮の朝食が始まる前に目覚めたマリエラは、養護教諭のシャリアから退院許可を貰い、部屋に帰った。早起きして朝学習をしていたソフィーには泣きじゃくりながら抱きしめられ、感じていたよりも好かれているのかもしれないと思った。
○
マリエラはソフィーと一緒にいることが多かった。同室であるし、自然と仲も良くなった。ソフィーは魔力量が多く、魔法実技では十分授業についていけるのだが、座学については落ちこぼれのため、マリエラはよく勉強を教えている。
マリエラとソフィーの近くには、フィリップとヴァンがいることも多々あった。単純に席が近いのである。フィリップはマリエラに話しかけやすいらしく雑談を振ってくる。おそらく、話しかけただけで黄色い悲鳴をあげることはないし、政治的・恋愛的意味で勘違いしない相手だと分かっているからだろう。
その流れでフィリップはソフィーにも話しかける。ソフィーも王子の存在に慣れてきて、がちんごちんに緊張することはなくなった。自分のような庶民は眼中にないだろうと決めつけているらしく、変に取り繕わず話せているようだ。マリエラの見たところ、フィリップはソフィーと喋っているときはなかなか自然体である。
ヴァンはヴァンで男女ともに人気があった。本来なら学園に入ることなどない、異次元に優秀な存在である。彼の力の一部を見た生徒たちが発端となって〝悪魔のような男〟だとも言われている。人間離れした強さと、人を誑かす悪魔のような外見の良さ、の意味らしい。たまに悪い笑みを浮かべているところが尚良いらしく、先輩後輩関係なく全学年の男子生徒から憧れの的になっている。
そしてこの男、マリエラ以外の女生徒相手にはかなり丁寧な対応をするのである。流石、長年フィリップの隣にいただけあって、まるで王子が姫を接待するような感じだ。
それを見たときのマリエラの衝撃といったらなかった。目を丸くして凝視である。
すれ違ったときに髪飾りを落とした女生徒に、『小鳥のように可愛いお嬢さん、あなたの美しい羽が落ちましたよ』と言って微笑み、気障な感じで手渡していた。マリエラはぶるっと震え、両腕に鳥肌が立っていた。ヴァンの傍にいたフィリップが、苦笑いしてマリエラに会釈してきたのもよく覚えている。
誰だあいつは。
しかしそんなヴァンは女生徒からキャアキャア言われる人気である。
そしてマリエラは、家格だけは強かった。ガリ勉していたこともあり、成績は優秀な方。フィリップやヴァンとは比べものにはならないが、有名人である。
そんな三人とよく一緒にいる平民の子――ソフィーを、面白く思わない人はいる。思うだけなら自由だし別に構わないのだが、『悪意を持って何かをする』という低俗な輩も、残念ながら学園にいた。
……ゲームのシナリオ上のものだと思いたいが。
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