第8話 王立魔法学園生活、はじまる!(3)
オリエンテーリングの日を迎えた。
(うん、どこか、こうなる予想はしてた)
四人一組になって学園裏の森を散策するイベントである。教師による占いでランダムにチーム分けされるのだが、マリエラのE班はソフィー、フィリップ、ヴァン、と仕組まれたようなメンバーだ。
そういえば、森の散策が初期イベントにあったような気がする。しかし好感度を上げ下げする何かが思い出せない。
「このマップの四カ所を巡ってスタンプを貰い、学園に戻ってきたらいいんだね。じゃあソフィーさん、行こうか」
フィリップはソフィーの隣を歩き、森の入り口へ進む。ちらりと振り返ったフィリップは、マリエラとヴァンにウインクした。気を利かせたつもりらしい。
「斜めの方向にいってるなー我が王子は」
「完全に勘違いしたままじゃありませんか」
あわわわわと擬音を背中に貼り付けたソフィーが、どうしましょう、とマリエラを振り返る。マリエラは慈愛の満ちた表情で『がんばれ』と口パクした。ソフィーは目をうるうるさせつつ前を向き、フィリップの話に頷いている。
「なんかフィリップ上機嫌だね」
「そうですの?」
流石ヒロイン。ソフィー本人は粗相がないように考えることで精一杯で、相手の機嫌など分からないようだが。
学園裏の森は濃く清純な魔力に満ちている。魔力含有率が高い場合に現れる、透明な葉を持つ樹木も見かけた。
今回散策する範囲は狭い。獣道は行かないし、危険な魔法植物、魔法動物が出ることもないと言われている。お喋りしながら親交を深め、学園裏の森を見ることが目的なのだ。
「なんか面白いこと起きないかな」
「あなたがそういうこと言うと本当に起きそうだからやめてくださる」
直径三センチほどの赤いハズの実を千切りながらヴァンが言った。本当に何かが起こりそうで、マリエラの脳内がチリチリする。もう少しで何かを思い出しそうなのだ。
「ん? その実って」
「ハズの実。美味しいんだよな」
――待て。確か選択肢で『赤い実を取ってみる』『やっぱりやめておく』という二択があって、それで――
「ッ、ソフィーさん!」
「どうしましたかマリエラさ――」
猛然と駆けたソフィーはマリエラの体躯をかばうように抱きしめた。直後、左から突然巨大化した毒妖花が現れ、三メートルの頭上からサラリとした粘液を大量に浴びせられる。
「なッ――」
急接近に感知できなかったヴァンが形相を変え、風魔法で毒妖花の茎をぶった斬った。ズシィン……と重い音がして、毒妖花が地に落ちる。ほんの数秒の出来事だった。
「はぁ……ソフィーさん、無事ですか?」
「まっ、マリエラ様ぁ!」
ソフィーは無事だ。マリエラはほっと息をついた。自身の背中はじんわり熱いが大丈夫だ。
「とっ、溶けてるんですかこれ!? マリエラ様は大丈夫なのですか? ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
マリエラの背中側の服が無惨に溶け、ホルターネックのようになっていた。ブラ等も一緒に溶かされたので、毒液に濡れた背中がさらけ出されている。ジャンパースカートが地面に落ちそうなのを両手で支えた。
「そんなに慌てないで。大丈夫ですソフィーさん。毒妖花の花弁から排出される液体は服の繊維を溶かす作用はありますけど、人体に影響はあまりありませんから」
「ほんとうですか……? 助けていただいて、ありがとうございます……」
「てゆーかこの突然変異、なに? このへんに出るような魔物でないし、俺がここまで接近されても気付かないってありえない……」
ヴァンが深刻な顔をして考え始めた。
(それは――これがシナリオイベントだからだ。ヴァンがやや焦りを滲ませて考え込むのも仕方がないけど、これは多分どうしようもないやつ……毒妖花遭遇の選択肢を選んだのはヴァンだけどね!)
そう、ハズの実を取る選択肢を選ぶと、毒妖花が襲ってくる。本来ならヒロインのソフィーの服が、上半身まるごと溶かされるスチル解放になるのだ。毒妖花の蔓がソフィーの両腕を捕らえ、溶けつつある服を引き裂かれる――そのとき好感度の高い攻略キャラが助けてくれるのだが、注意事項がある。好感度も上がるが、フィリップの場合にはメリバポイントも上がる。誰にも見せたくない欲が高じて、すぐに『早く囲いこまないと……』と思い詰めるのが彼なのである。
(好感度は上げたいけれど、メリバポイントは駄目)
一つミッションをクリアして、マリエラはやりきった思いだった。
「このこと報告しに一度学園に戻ろう。ほらマリエラ嬢、残った布で一旦再構成するからこっち向いて――あ」
マリエラがヴァンの方を向いたとき、彼の顔がぞっとしたような驚愕に染まった。少し近い距離にいるフィリップもヒュッと息を吞んだ。
ビタビタビタァッ――と背中側から冷たくてぬめぬめして得も言われぬ不快感の固まりが多数貼り付いてきた。
ぬる、もぞ、と動いたものが右肩を這い出してきて、マリエラの視界に入る。
「イッいやああああああああああああ」
吸魔ヒルである。白くてぶよぶよして全長二十センチ直径八センチほどある巨大な幼虫みたいな見た目の魔物。吸われる魔力は微力なものの、とにかく気持ち悪い魔物。
マリエラは我を失って叫び、ヴァンの元へ駆けてその体に抱きついた。
「きもちわるいきもちわるいヴァン様おねがいたすけて取って取ってこいつら取ってええええええええ!」
「うぇぇ、気持ち悪っ」
そう言いつつ、ヴァンは手づかみで一匹一匹剥がし、地面に投げつけては魔法で燃やす。
「私もお手伝いしますっ」
「ソフィーさんは来ちゃだめえええ! こいつら女を狙ってくるからあああ気持ちわるいいいいい」
「でっ、でもっ」
「マリエラの言うとおりだよソフィーさん。たぶんあれ、さっきの毒妖花に寄生してたんだね……そして、毒液がかかって芳しい匂いを放つマリエラに飛びかかったんだ。吸魔ヒルの群れが一斉に飛び跳ねてかかってくる光景は世にもおぞましいランキング堂々一位だよ……」
「安全圏から冷静に解説されると腹立つんで黙ってくれませんかね殿下あああ!」
「あのマリエラが僕にこんな口をきくなんて、吸魔ヒル、おそるべし」
「天然ちゃんなんか!? あっ、いッ、おなか! おなかの方にきてるっやだああああ」
背中側は危険だと、吸魔ヒルがもぞもぞと正面側に移動してくる。気持ち悪すぎて涙が出てきた。抱きついていた身を少し離すと、ジャンパースカートと紐の切れたブラが地面に落ちた。
ヴァンが「フィリップは見んな」と言うのと、マリエラが「殿下は見ちゃだめです」とフィリップの両目を目隠ししたのは同時だった。
「ヴァヴァヴァヴァンさま、ヒルがっ、む、胸にはりついてきてるっ無理無理無理もう焼いてちょっとくらい火傷しても大丈夫だからあああああああ」
「バッッッカもうちょっと辛抱しろ」
「むむむむりむりなんかいっぱいいるうううう」
「くっそ、なんでこんなに多い? 服脱がすぞ、いい!?」
マリエラは一も二もなく頷いた。ヴァンが指を振るとマリエラの残っていた服が一瞬で破けて消えた。そして胸や腹部分には吸魔ヒルがビッタリと貼り付いていた。
「こンのッ!」
プチンと額に青筋をたてたヴァンが吸魔ヒルを剥がしては投げ、仕上げに真っ黒い炎で燃やした。全てが終わったあと、ヴァンもマリエラもぜーはーと肩で息をしている。
「ありがとうヴァン様……ほ、ほんとにありがと……」
生理的な涙で頬を濡らし、顔を覆いながら言うマリエラは、チョーカーとショーツ一枚しか身につけていない惨事である。
ヴァンは自分のブレザーを脱いでマリエラの体にあて、見えないようにしつつ目を逸らしながら言う。
「えーと……残った服で再構築できるけど、着て帰れる?」
「……気持ち悪くて」
アレが這い回ったあとの服など着たくない。なにしろまだ体中に感触が残っていて気持ち悪い。とても気持ちが悪い。
「だよねぇ」
うへぇと苦々しくヴァンは笑い、自分のブレザーを毛布のような大きな布に変えると、それでマリエラの体をすっぽり覆い包む。
「俺の抱っこで申し訳ないですけど、お姫様?」
「お言葉に甘えますヴァン様……。あなたが素直に優しいと変な感じがするわ」
そう言うと、ヴァンはいつもの斜に構えた笑みに戻った。どうも、と軽々横抱きにされ、ソフィーたちの元へ行く。
「俺もこれは壮絶に可哀相だなと思うワケ。まぁあと、いいもの拝ませてもらったし」
「いいもの?」
「マリエラ嬢のハダカ~」
わざとおどけて言うヴァンに、マリエラは恥ずかしがるのをとうに超えて脱力した。
「もうなんだっていい……さっきのアレに比べたら」
「しおらしいマリエラ嬢も調子狂うなぁ。ヒルに噛みつかれた痕が結構あったから、救護室でちゃんと手当してもらいなよ」
「うん……」
ヴァンの腕のなかで揺られていると、ようやく体が安心したのか、どっと疲れがやってきた。重い瞼を上げておくのも億劫になってくる。
「マリエラ様ぁ……大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫よソフィーさん」
「マリエラも災難だったね」
「ああ殿下、あなたの騎士、お借りしてます……」
「いや俺は別にフィリップの騎士じゃないよ。ほら、眠らないでよね。意識のない人間って重たいんだから」
心底迷惑そうな声にゴメンと謝りながらも、たぶん間もなく意識が落ちるだろうなぁと他人事のように思った。上半身のあちこちが熱を持ったように熱く、頭がくらくらする。ヴァンの白いシャツに、もたれかかるように頭を寄せた。
「ごめんなさいチョット無理そう。……ヴァン様って、案外いい匂いがするのね」
「マリエラ嬢?」
「疲れたら、荷物みたいに浮遊魔法で……持っていってくれたらいいから……」
ヴァンにとって人一人宙に浮かせて運ぶことぐらい造作も無いはずである。抱きかかえるよりもずっと楽だ。マリエラにそれをしないというのは、たぶん、それくらいは大事にしてくれているからで――一応、公爵令嬢だと認知はしているからだろう。
沼に引きずり込まれるよう眠りに落ちる淵で、ヴァンの焦った声が聞こえた気がした。
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