第1話-①
通貨とは命だ──とヨハンナ・ヴィーアは、夕暮れでくすむ都心の自然公園のベンチ越しに考えた。
通貨が無ければ、物が買えない。物が買えなければ、人は腹を満たす欲求が叶わず、罪を犯してでも、その欲求を満たすだろう。
野生ならば、許される行いだろうが、人の世では、その行いは罪だ。
犯罪者は、然るべき報いを受け、人の世界に解き放たれるだろうが、一般人はその犯罪者を許そうとはしない。犯罪者のレッテルを貼られた者は、猜疑心で見る世間から逃れる為に、命を絶つだろう──。
だから、人の世に於いて、通貨は安心安全を買い、命を紡ぐ為に、必要なのだ。
だとしても、通貨を手に入れ、安心な生活を営むには、オレの両手は血で汚れている〈咎人〉だが──とヨハンナは自嘲し、目線をエルフ族やオーガ族にヒト族──と、人種が様々な子供達が遊ぶ公園の芝生に向ける。
すると、こちらへ歩むヒト族の男を目線の端で捉えた。男は、遊んでいる子供達に目も暮れず、ヨハンナの前に立ち塞がり、くしゃくしゃの紙袋を突き出す。
「報酬だ・・・・・・受け取れ」
ヨハンナは男から紙袋をもぎ取り、中身を確認する。紙袋には、札束がぎっしりと詰まっていた。
「確かに。ところで、運び屋さんよ。疑問に思ったんだが──なんで、報酬の受け取りを自然公園に指定するんだ? 別に〈
桜色のツインテールをいじくりながら、ヨハンナは、その可愛らしい見た目に反して、粗雑な男言葉で、運び屋の男に問いかけた。
「我々も、以前はそうしていた──。だが、〈メデューサ〉によるテロが多発し、〈エルフ〉の奴らの監視が厳しくなってな。摘発者が続出した影響で、〈遊園地〉とは無縁の自然公園が選ばれたんだよ。念には念を入れてな」
これで、満足か──と運び屋の男は付け加え、ヨハンナが口を開こうとした時「ちょっと、いいかな?」と幼い声に遮られた。
二人の視線が、声の主の方へと向く。視線の先には、深緑の制服を着たエルフ達を引き連れた青髪の少女が立っていた。
二人は、驚いた。深緑の制服とは即ち、エルフが属する王立軍事警察。通称〈軍警〉の証だからである。心の中で、舌打ちをしながらも、無言のままでは、逆に怪しまれる──そう判断したヨハンナは「軍警の皆さん方じゃねぇですか、一体何のご用で?」と口を開いた。
「貴女は、ヨハンナ・ヴィーアさん──であってるかな?」
「ああ──それは、オレのことですが」
「僕達は今、先々月未明に起きたメデューサのテロ捜査をしていてね──事情聴取に付き合って欲しいんだけど、いいかな?」
そこのキミも一緒に、事情聴取お願いしたいんだけど──と、運び屋の男を指さし、少女は語った。
二人の間に、重い沈黙が流れた。無論、二人はテロに関わってなどはいない。だが、罪を犯しているのは重大な事実だからである。運び屋の男はしどろもどろに「そんな、こんな筈では──」と呟く有り様である。
そんな男の様子を見て、ヨハンナは決心した
「はいはい、わかりました。ちょっと待ってくださいよっと──」とベンチに手をかけ、ヨハンナは立ち上がろうとした瞬間、ベンチの背後へと飛び、運び屋の男を残して、茂みの中へと逃げ込んだ。
数秒遅れて、少女の怒号が耳に入る。どうやら、運び屋の男は軍警に捕まり、他数名がヨハンナを追いかけているらしい──振り返り様に、追跡者の人数を確認する。少女を含めた婦警が三人、ヨハンナを捕まえようと詰め寄ってくる。
足に力を入れ、ヨハンナは速度を上げる。すると、瑞々しい茂みを抜け、無機質なレンガで出来た山々が連なる街へと足を踏み入れた。レンガの山々の向こうでは、水分を蒸発させる高熱の黒鉄がとぐろを巻き、コンクリートの煙突が薄気味悪い排煙を吐き出している。
鉄工業を生業とした多人種国家リバティ連邦。欺瞞と嘘が渦巻く国──その醜い全貌を、人が造り上げた景色が表していた。
タンタロスの美果 ホリウチ ユキヒロ @hiroyuki_02
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