影から聖女をサポートする

緑窓六角祭

[1] 聖女

「ねえねえ、桔梗姉、あのねあのね」年下の幼なじみがいきなり抱き着いてきた。

「どうしたの、茜ちゃん」受け止めて淡い金色の髪をそっとなでてやる。

「聞いて聞いて、あのね私ね、聖女になるんだよ」青い瞳をきらきらと輝かせて彼女は言った。

 その時、私はちゃんと笑えていただろうか。だいじょうぶ、きっとうまく笑えていたはずだ。


「今後は騎士団から離れて影から茜ちゃんのこと助けていこうと思うんだけどどうかな」

 その日の夜、副長室を訪れるなり私はそう言った。騎士団の実質的なリーダーである柳はまず長くため息をつくとレンズ越しに私を見た。

「聖女認定の話はまだ内密の段階で公表してはいないのですが」

「そうなんじゃないかと思った。でも茜ちゃんもみんなに言いふらしてるわけじゃないから問題ないんじゃないかな多分」

「一応明日には釘をさしておきます」


 私は茜ちゃんといっしょに村を出て、仲間を集め、この私設騎士団を立ち上げた。

 各地を巡って困っている人々を助けてまわり(さすがに無報酬とはいかなかったけどわりと格安で)、その結果として正式に教会によって団長である茜ちゃんが聖女に認定されることになった。

 それによって騎士団ができることは飛躍的に増大するはずで、そうなることは私たちの目標の一つであったし、また私自身も強く望んでいた。

 けれどもその夢がかなった時に私が茜ちゃんの隣にいられなくなることも私はきちんと理解していた。


「私は呪いつきだから。そんなのが教会公認の騎士団にいるのは体裁的にまずいでしょ」

 あえて私は笑ってみせる。

 黒い瞳に黒い髪、私が呪われた身であることを隠すのは非常に難しい。表立って迫害されることはないが今も忌避される存在であることにかわりはない。

「そう、ですね」

 どこか苦しそうに柳は答えた。

 いつものポーカーフェイスが崩れている。表情が隠せていない。まったく気にする必要なんてないのに。ずっと前からわかっていたし覚悟を決めていたことなのだから。


「でも私は茜ちゃんのこと守るって約束したから裏からひっそり守ろうと思うの。そのためには副長の協力が必要になってくるんだけど、それでどうかな」

 なんだか変に雰囲気が重くなりそうだったのでつとめて明るく私は言う。

「愛が重すぎる」

 あきれた声。空気は軽くなったかわりにどうも私がバカにされてるようだった。

「そういう感想はいいから」

「うちもずいぶんと大きくなりましたからね。そういう仕事をやってくれる人がいると助かりますよ」

 こうして私は表向きは騎士団から追放される形で秘密の仕事を請け負うことになった。

 心配をかけたくはなかったので茜ちゃん含めた創設メンバーには2年ほど1人で遠くの土地に行くと説明してもらう形で。


 日付のかわる前に私は最小限の荷物を持って館を出ていく。勢いのままに行動しておかないとずるずる長居してしまいそうだったから。

 新しい住居についてはすでに話がつけてあった。王都の辺縁にある小さな一軒家だ。

 治安があまりいい地域とは言えないがまあ裏の仕事をやってくにはうってつけの場所かもしれない。

 1人になってかたいベッドに寝転がってぼんやりと考える。夜明けにはまだ時間があった。

 こうして周りに誰もいないというのはずいぶん久しぶりなことだ。あるいは物心ついて初めてのことになるのかもしれない。

 私のすぐそばにはいつも茜ちゃんがいた。今はいない。遠くに離れている。

 むしろ近づいてはいけない。自分で決めたことだ。


 感情の整理がうまくつけられない。こうなることをずっと前からわかっていて、そしてわかっていながら自分でそれを推し進めてきたはずなのに。

 いざその状況に置かれてみると自分がどう感じているのかはっきりしない。混乱してうまくひとつにまとまらない。何もない場所に1人だけ取り残されたような、そんな気分に近い。

 泣いていた。鼻をすする。涙が止まらない。身を縮める。寒いわけでもないのに。

 名前を呼ぶ。届かない。答えはない。だいじょうぶ。私は1人でもやれる。

 その日、私は泣きつかれてそのまま眠ってしまっていた。

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