第12話

 次の日は書庫へ向かおうとした所で、レイリアに会った。

「書庫の棚が一つ、とても綺麗になっていると驚かれたわ。どうやったの?」

 どうやら自分の仕事ぶりは上々らしい。

「秘密、です」

「ふふっ、それなら黙っていましょうね。手柄を取られてしまうし。書庫は思ったよりも早く綺麗になりそうだから…今日はエマ様のところへ行きましょう」

 そう言われてユウはおや?という顔をする。

「名前を呼ぶことを、聖女様自らが許可をされたの」

「なるほど」

 聖女は言わば役職名だ。自分の預かりしれない所で決められたその役職名で呼ばれるのも嫌なのだろう。

 食事も摂るようになり、体力は回復しているらしい。

(良かった…)

 たぶん口には合うとは思うが、気分的に喉を通らなかったのだと思われる。

 あの一件以来、明るさを取り戻しているようで嬉しい。

「毎日ユウへ会いたいとお話があったそうなのだけど…私は聞いていなくて、ね」

 たまたま通りかかった時に、エマ自身に聞かれたという。

 "お願い"を誰かが握りつぶしていた事にエマ本人がたいそう怒り、責任を取らされた上級神官の一人は謹慎中とか。

(ざまぁ)

 一生出てくるなと言いたいが、そうも行かないだろう。

 しかし貴族同士で足の引っ張り合いをしているのは確からしい。

「さぁ着いたわ」

 先日の侍女と衛兵がユウに向かって会釈をしている。

 今まで目を逸らされたりされていた分、少し新鮮だと感じた。

「では、行ってきます」

「ええ、よろしくお願いしますね」

 その言葉に笑顔で頷き、ノックをすると内側から扉が開く。

「ユウ!待ってたわ!」

「こ、こんにちわエ」

 食い気味の様子に若干押されて、全て言い終えない内に引っ張り込まれて扉が閉められる。

「今日も誰も居ないから!」

 上気した表情で言われて逃げないから、と手を外す。

『元気で安心した』

「はい!」

 元気いっぱいの返事に嬉しくなる。

 そして案内してくれたソファに座った。

 指紋が付きそうなガラスのテーブルの上には、紅茶とお菓子が並べられている。

「毒消しをしたから、大丈夫よ」

『そんな魔法もあるんだ?』

 もしかしたら脱走聖女の本にも書いてあったかもしれない。後で確認しなくては、と思う。

「そうみたい。…あとは治癒と、浄化と、結界と、水を出すことくらいかな」

 流石に治癒と身を守る結界と、飲水にもなる水魔法は教えたらしい。

 毒消しも必要な魔法だろう。

 しかし限定的な教え方だ。ユウは魔法の事を話す。

『魔法は、イメージをしっかり作って、魔力をこめて名前をつければ発動するみたいよ』

 紅茶を頂きながら話すと、エマは驚く。

「そうなの!?…あのおっさん、嘘ついたわね…」

 聞けば、魔法は素質が大事でこの言葉を唱えればこういう効果が現れる、と説明を受けたらしい。

『素質は分からないけどね、エマなら全種類いけるんじゃない?』

 仮にも聖女だ。浄化が出来る唯一の存在。

 自分で身を護らねばならない時も来るだろう。

「そうかも…精霊がね、たぶんこれなんだけど…寄り添ってくれるの」

 エマは空中を浮遊する小さなホタルのような光を指差す。

 体が在るわけでもなく、様々な色があってフヨフヨと浮いている。

 自分も魔法が使えるようになりガッツポーズを取ってから、それらに気が付いた。

『そうそう、だから有名な魔法を唱えれば発動するよ』

「◯ラ!とか?」

 どうやら日本の国民的RPGの話はフランス圏でも通じるらしい。

『そうそれ。普通にファイアー!って言ってもいいんじゃない?』

「えっと、フランス語だと、フゥーかな」

 二人してRPGの技名を言い合いながら、お菓子をつまむ。

 相変わらず豪奢な部屋で、食器も美術館に展示されてそうなくらいの華美なものだけども、ユウとエマの間にある空間だけは、地球のごく一般家庭のお茶の間のようだった。

『エマ、結界って今張れる?』

「え?うん、出来る」

『持続性あり?音とか聞こえなくなる?』

 続けて聞くと、エマはなるほど、という顔をした。

「ちょっと待っててね」

 手を組み祈ると、彼女を中心に部屋の隅に向かって透明な板が展開された。

(おお、綺麗…)

 その透き通った魔力は、彼女の心を表しているようだった。

「ハイできた!…盗聴されないためね?」

『ご明察〜』

 前回は筒抜けだった。話が漏れるのはエマにも自分にも良くない。

 それに女性二人の話をおっさんどもが盗み聞きしているのを想像すると、気色悪い。

 結界は解くまでそのままだそうだ。便利だから自分も覚えたいとユウは思った。

『そうだ、勉強してるんだって?偉いね』

 しかしエマは肩をすくめて言う。

「偉くないわ。何も知らないと、いいように扱われるだけって思ったから」

『ごもっとも。…何か有用な知識はあった?』

「えっと…あ、聖女のことを聞いたの」


 この世界に聖女はいないのか?


 …と。

 歴史の先生は女性だそうで、悲しそうな顔をして教えてくれたと言う。

「聖女の出身地の貴族と、彼女が生活していた領地の貴族と、召喚をする神殿に出資していた貴族と王族とか、そういう人たちで争いが起こってしまったって」

 そう言って彼女は口をつぐむ。

「分かった。その先は言わなくていい」

 聖女を奪い合う中、殺されたのかもしれない。その時の瘴気はどうなったのだろうか。

 この世界が滅んでないところを見ると、次の聖女が召喚されたのかもしれないが…もしかしたら、次の聖女をぜひウチから!的な要素で害された可能性もある。

(それもムカつく)

 まるで替えの利くブラック企業の社員のようだ。

 聖女にだって家族や恋人もしくは夫が居ただろう。替えになど、ならないのに。

『…はぁ。だからって、この世界じゃなくて異世界から攫うのはおかしいね』

「ホント!酷いわ。今までもそういう人がいたなんて、可哀想」

 その時の聖女に、ユウのような同郷の存在がいたかは謎だ。

 脱走聖女には確実に居なかったようだが。

「帰りたい…」

 エマはポツリという。

 そして顔を上げてユウは?と聞いてきた。

『うーーーーーん。今更帰った所でアパートの契約も切れて荷物も無くなってるだろうし、大変なことになりそう…』

 ちょっと想像するだけで頭が痛い。

 警察の事情聴取になんと答えればいいかもわからないし、連日マスコミに追いかけられまくるだろう。銀行口座が凍結されているのも確実だ。

 しかもこちらのことを覚えるのに必死で、元の仕事は頭の片隅に追いやられている。

 やりかけの仕事を目の前に出されても、何も出来ないだろうという自信があった。

「家族は?」

『いないよ。…あーーーーっと、気にしないで!』

 ごめんなさい、という顔のエマに慌てて手を振る。

『ちっさい頃にね、事故で亡くなってんの。だから親の記憶がほとんどなくて…育ててくれたのは母方のばーちゃんだけど、もう…7…8年前か。それくらいに亡くなっててさ』

 両親ともに兄弟が居ない。

 誰か身内が居ないのかと聞かれても、父方の祖父の兄弟が生きていたっけ…?というくらいに怪しい。

 だからアパートを借りる時は非常に大変なのだ。病気もおちおちしてられない。

『だからね、天涯孤独っていうと大げさだけども…まぁ友達もいたし、ばーちゃんには厳しくも愛情を注いでもらっていたし、不自由は無かったよ』

 自分の背景を説明すると、彼女は納得したようだった。

「だからユウは冷静なのね」

『うん、そうかも』

 小さい頃から、来るものは避けることは出来ない、ならばそういう事に対処出来るようになればいい、と祖母に言われて育ってきた。

 だから何かが起きてもいちいち驚かない子になったのだ。

「すごく納得出来る」

『はは…ジェイにも順応性が高いと言われるよ…』

 レイリアも辛いなら泣いていいのよ、と言われたが別に辛くもなかった。

 ジェイが居てくれたお陰かもしれないが。

「ジェイって?」

『あ、言ってなかったか。えーと、銀狼の獣人だよ。18歳だから、エマの方に年が近いね』

「獣人!?」

 ここには居ないしねぇ〜と思いつつ説明をすると見てみたいと言う。

「一応習ったの。でも見たことないから実感がなくって」

『そうだねぇ。こっちきて世話焼いてくれたのがジェイだったんだけど、凄く格好いいよ。シベリアンハスキーを銀色にして、目を緑にした感じ。でも身体はほぼ人間』

「不思議」

『うん。私もそう思う』

 首の繋ぎ目はどうなってるのとか見せてもらったことはあるが、人間のうなじのようだった。

「仲が良いの?」

『そーだね。いつもワンセットで仕事してるから』

 腕っぷしが強いので今は衛兵の鍛錬を受けているよ、とついでに教える。

「私の護衛には無理かな?」

『たぶん無理。上級神官って人間至上主義だから』

 自分の色も魔族のようだと言われて、おっさんどもが私がここに入れるのをめっちゃ渋ってるのはそのせいだ、と言うとムスっとしてくれる。

「ママの色に似てきれいなのに!黒は良くない色じゃないわ!」

『うん、ホント。あの人達が日本に放り込まれたら、慌てるんじゃない?』

 きっと魔族だらけだ、魔大陸か!?と混乱しまくるだろう。

 二人して半狂乱のおっさんを想像してしまい、くすくすと笑い合う。

『黒ってフランス語でなんていうの?』

「ノワール」

『おお、格好いいね。こっちの世界の、自分の名字にでもしようかな』

「ファミリーネームはなんていうの?」

『タケダ。言い難いっしょ?』

 本当は武田友奈という名前だ。ずっとユウと呼ばれて来たから、慣れているあだ名をこちらでも名乗った。

「うん…日本人の名前って本当に独特ね。お兄ちゃんがSNSのアカウントにクロジシって付けてたわ」

 思わずユウは吹き出す。

『黒獅子かぁ、格好いいね!てことは、お兄ちゃんは黒髪?』

「そうなの。目の色もママに似てて羨ましくって…」

『まぁまぁ、女の子はパパに似ると美人になるって日本では言うよ?』

 なぜそんな言葉があるのか分からないが、ユウも小さい頃に言われた記憶がある。

「だといいけど…」

 自覚が無いのだろうか。こんなに美人だというのに。

 そんな風に笑いながら話をしていて…1時間くらい経過した所で上級神官が乱入してきた。

 ジロリとこちらを睨んでいる。

 結界を張ったから会話が聞こえなくてやきもきしたのかな、と飄々とした顔を向けると舌打ちして衛兵に指示を出す。

 もちろんユウを追い出すためだ。

「ユウ、明日も来てね!」

「かしこまりました」

 手を振るエマに振り返すと、扉が閉まる。

「…何かあったの?あなたが入って少ししてから神官が来て、穴熊のように扉の前をウロウロしていたのだけど」

 迎えに来ていたレイリアがサラリと神官をディスるので、ユウは思わず吹き出してしまう。

 衛兵も肩が震えていた。

「エマが結界した、それが何か?」

 すっとぼけるように言うが、それだけで何が言いたいか伝わるだろう。

 上級神官が盗聴していたという事実が、レイリアと衛兵に伝わればいい。

 彼女はため息をつき、なるほどね、と呟くとユウを伴って宿舎へ戻る。

「明日も、会える?」

「ええ。今日と同じ時間にあなたとのお茶の時間が設定されたわ」

 エマは相当頑張ってくれたらしい。

 彼女のためにも、聖女に関して早い所何か掴まなければ!と、勢い込んで午後に書庫の掃除を再開したが…次の棚にはめぼしい本は無く、不発に終わった。

(そう都合よく行くわけもない。また明日だ)

 そう思い、ユウはジェイと食事をして彼の話を聞いて心を落ち着けるのだった。

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