これが私の生きる道

叶奏

一歩目.牢にて、少女は黄昏れる



「ア ァア ア、アアアッ!!!?」


 そうか、と心のどこかが納得の声を上げる。

 人間というものは、どうやら、過度な痛みを覚えると一周回って冷静に世界を見れるようになるらしい。


「ぅぁッ、……ぁ、あ…………」


 呼吸が苦しい。

 今日は一時たりとも運動なんてしていないはずなのに、体中がけったいなダルさで覆われている。


「……………………」


 視線の先には無数の灯りで飾られたシャンデリアが煌めいていた。

 ああそうさ。

 まったくもって、相応しくない。



 瞼を閉ざす。


 断罪の証で麻酔もかけずに斬られた右足の付け根は、きっと、今もなお止まらぬ血をどくどく吐き出しているのだろう。





 ☆☆☆





 いつにない冷気が頬を触れた感覚に、ふと、目を覚ました。


 凍えた石の床。


 ここが牢屋というものなのか。

 横に視界を倒せば、確かにそこには堅牢たる鉄の格子が嵌っていた。ご丁寧なことに、魔力弾きの加工を施してある。

 手枷には魔封じの効能を持たせているのだから、とも思わなくはない。十中八九、私のことを恐れている証であろう。

 自分らと変わらぬ人間だというのに。化け物か何かかとでも本気で考えているのか?


 両手を後ろでかっちり拘束されている以上、手を使って起き上がるのは難しい。

 普段は魔法でちょちょいのちょいなのになぁ、なんて心中ボヤきつつ、一番近い壁でどうにか上半身を立たせる。


「ぅあ、」


 途中何度かふらついてしまったのは、右足が根本から無くなったことによるバランス感覚のズレによるものだろう。

 生まれてからこの方、もちろん右足無しの生活なんぞ送ったことはない。慣れるのにもまた時間がかかりそうだと、溜息を吐き出した。正直、めっちゃ面倒いだろうとしか思えない。


 とにもかくにも、今後どうするかを決めなくては。


「……いや、決めなくともいい、か」


 小さく声を出してみれば、石壁に反響して普段より大きめに聞こえた。

 どうせ私の行く末は、私を断罪した人どもが決めるのだ。

 私があれやりたいこれやりたいと言ったところで、耳を傾けてもくれないのが現実。だったら、自分で自分の道を定められるようになるまでは、何も決めずに、流されるままいたほうが良いだろう。

 まぁどうせ、己で己の道を定められる日など、一生来るはずもないが。


 結局、私は私の思うままに生きることなどできなかった。

 ここ数年は私は私であろうとしてきたも、最終的にはこの有様。


 やはり。

「…………無理……なのだろう、なぁ」



 私の生まれは、特段恵まれていたわけでもないし、主だって困窮していたわけでもない。

 幼き頃は近くに住む子らと、よく遊んだものだ。おそらくはどこにでもある日常風景で、当時の私はそれを当たり前と受け止めていた。


 全てが狂い始めたのは、私に、平凡として有り余る以上の魔法の才が宿っていると見出されてからのこと。


 齢六より通うことの義務付けられている初等学校。

 ここテンプロート王国で生きていくために必要な最低限の知識と技術を叩き込まれるこの場所は、庶民に極々紛れている稀有な天才を見つけ出す目的を持った機関でもある。

 わざわざ六歳という、発達具合によってはまだまだ手の掛かる年齢を始まりとしているのは、成長の余白が多く残されている幼き内に、将来大輪を咲かせるであろう小さな才の芽を国のモノにしたいという裏の意味も隠されているらしい。


 とはいえ、そうポンポンと世界を揺るがしかねない天才など、出てくるものでもない。

 出てくるのなら、その程度の才を特別なものとして持て囃されるわけがないからだ。


 だから私も、幼き私も、そんな才能を持ってみんなからチヤホヤされるのを羨ましがる、単なる子どもに過ぎなかった。

 六で地域の学校へ入学し、七、八と学友と戯れながら日々を楽しく過ごし、九、十になるにつれて自分には普通に生きてくのかなぁとちょっとずつ現実も見え始めた。


 初等学校は四年間で全員が卒業する。

 都市部へ行けば中等学校、さらに首都たる王都へ出向けば超一流のエリートを育成するための高等学校も存在するが、義務である初等学校の学費が免除されているのに対し、後ろ二つは学費がいる。そもそも入るための学力試験で狭すぎる門を突破しなければならない。


 普通の家庭の子は――その子がどうしてもと望まない限りは――初等学校を卒業したら、家業を継ぐ前準備に入るか、家業の無い家ならばどこかへ弟子入りをするか、己の信念を持つものは夢へ向けて歩き出す。

 初等学校で見出される程の人でないのならば、すなわち中・高等学校での学費を免除にして貰えるだけの実力を持っていないことと同値。


 興味を示す対象の移り変わりが激しい六から十の子どもが、四年間、中等学校ヘ入学するための学力試験で、元は平々凡々な頭脳の持ち主が学費免除の成績を収めんと一心不乱に努力し続けれるのなら、それはもはや特別と冠されるだけの才能と言えるだろう。


 私の場合、実家が個人の飲食店を営んでいたため、卒業したら厨房に入ったり、店に出たりなどをして経験を積む予定だった。


 いつか眠れる才能が開花して、全世界に名前を轟かす――と、さすがに十になってまで信じていたというと全くの嘘になってしまうが、それでも微かな憧れを捨てきれずにいた、初等学校で習得すべき内容をさらい終えて、後は卒業するのを待つだけの、ほんの一ヶ月にも満たない期間。



 私が特大の過ぎる魔法の才に目覚めたのは、このときだった。


 それは、物心がついてから抱き続けていた憧れを無に帰し、かつ自分の人生が真っ暗であると早々に気付く、一連の出来事へと繋がっていた。


 世間から見れば、別段真っ暗というわけではない。むしろ人によっては、眩い未来へ胸をときめかせる者もいるだろう。

 逆を取れば、人によっては苦痛のみ残された未来に息を詰まらせる者もいるということで、私の場合、それは後者に当てはまった。



 今でも時折思うのだ。

 約束されたエリートへの道が、もし仮に私にとって最高なものとまではいかなくとも、せめて難儀と感じさえしなければ、と。


 もちろん、一生涯を悩みゼロで突き進めるくらいに世界が楽な作りをしていないことは、承知の上だ。

 しかし少なくとも、私は右足を根本から無くすことはなかっただろうし、こうやって魔力封じの枷を付けられ、凍えた牢屋に閉ざされることだってなかっただろう。


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