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兄と私は、ロシア料理屋の木目調のテーブルをはさみ、コースの料理を食べた。

 静かに、息を潜めながら。

 狭い店内に居合わせた客たちが全員、わたしと兄の過去を知っているような、そんな被害妄想が止まらなかった。

 二人で暮らしていた頃も、この店には時々来た。

 その度に必ず、テーブルの下で手を握り合ったり、脚を絡め合ったりしていたから、この店を経営している初老の夫婦は、私と兄のことを、若いカップルだと思っているだろう。

 だから私達は、急かされるように食事をした。運ばれてくる食べ物を、ひたすらに口にねじ込み、噛み砕き、飲み下す。

 料理の味なんか、全く分からず、なにを食べていても固い紙を噛んでいるようだった。

 会話はなかった。駅でお互いの熱に気がついてしまっている。話すようなことなどなかった。

 私が気に入りのカクテルを注文しなかった理由だって、兄は訊ねてはこなかった。

 一杯や二杯のカクテルで理性が飛ぶほど、私は酒が弱くはない。

 ただ、一杯や二杯のカクテルを言い訳にしてしまいそうな自分に気がついているだけだ。

 早々に食事を済ませ、兄と私は店を出た。

 「ちょっとどこかで飲んでいかない?」

 ゆっくりと歩きだしながら、兄がそう誘ってきたけれど、私は首を横に振った。それは、取り付く島もない態度で。

 そっか、と、兄はうつむい笑った。

 「美月はもう俺とは飲まないんだね。」

 それは問いかけではなく、ただの確認作業だった。

 だから私は、素っ気なく顎を引くようにして一度だけ頷いた。

 「食事は? また行ってくれる?」

 今度のそれは、平静を装ってもわずかに揺れていた。声の震えを隠すためだろうか、兄がぎこちなく前に向きなおる。

 「行かない。」

 私はそう答えた。

 兄はなにも言わなかった。

 もう、酒は飲まない。もう、食事も行かないし、もう、兄とは会わない。

 本気だった。心の底から。

 兄にも母にももう会わない。私は天涯孤独の身だと思いこんで生きていく。

 無言のまま、徒歩5分の駅まで歩いた。

 行きでは確かにあった、お互いの肉体に対する熱情も、秋の夜の肌寒さに紛れて消えていった。

 私はそのことに安堵していた。だから、家まで送るよ、という兄の言葉に、つい頷いてしまったのだと思う。

 まともな思考能力があれば、拒否する提案であったのに。

 


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