この世界で1番美しい死に方

うさぎ咲

1話

「6時、6時!」


フジテレビの定番の朝のニュース番組の目覚まし時計が、6時をつげる。


僕の脳みそは、まだ眠っていたい、という欲望と、早く起きなければ、という理性で、激しい戦闘を繰り広げている。

結局、理性が勝って、渋々布団から出る。


10畳ほどの狭い空間に、インスタント食品のごみが詰まったゴミ袋が溜まりに溜まりまくっている。

ゴミ出しの日はいつだったっけ?とカレンダーを見ると、あ、やべ、今日だ。急いで、ゴミを出しに行こう。多分、往復で3往復くらいするだろうけど。


部屋を出て、洗面所へ行き、顔を洗い、眼鏡をかける。鏡には、無精髭が生えている。いかにも生気がないだらしない大人の顔だ。急いで髭を剃り、眼鏡ではなくて、コンタクトをかける。

そうすると、一応、マシな大人に見えるから、不思議なものだ。


適当にお湯を沸かして、カップ麺を作る、ここまでが、毎日のルーティーンになっている。


あとは、店のシャッターを開けて、店の前を掃除するだけ。掃除といっても、適当に箒で掃くだけだけど。


「あら、冬夜くん。おはよう」


近くのおばさんに挨拶され、完璧スマイルで、おはようございます。今日も、掃除に精が入りますね、と爽やか青年を演じる。


掃除をしていた手を止めて、店の前をじろっと眺める。店の看板には、いかにも場違い、身の程をしらない名前がついている。【クレセント】三日月、という意味だ。



少し、僕の話をしよう。


僕の名前は、月島冬夜つきしまとうや。就職活動に失敗し、人生が狂った24歳。男性。職業は、一応あるけど、多分、世の中の人間は、無職だ、というだろう。


僕の人生は、一応、大学卒業までは、うまく行っていた。母は9歳歳下の妹を産んで、亡くなった。父が、僕たちを育ててくれた。親孝行できる子供になりたい、と思っていた。


勉強も、運動神経も、人並みよりはできた。顔もまあまあよかったし。高校は、地元の有名進学校に。大学も、そこそこの大学へ、推薦で、進学することができた。


アパート代や、教育費、学費は、父が払ってくれた。ありがとう、ありがとう、というと、毎回決まって、「将来、俺の店を継いでくれ」と、そういった。


僕は、本が大好きだった。いつか、自分が書いた本が、書店に並ぶ日が来ることを、夢見ていた。高校生の時、まぐれで小説を応募し、なんと大賞を取ることができた。その小説は大ベストセラーになり、そこから一躍有名になった。『天才高校生作家』という通り名までついた。のちに書いた他3作も、デビュー作には及ばぬものの、高い評価を得ることができた。小説家として、食べていくことができる。父に、親孝行ができる。そう、思っていた。


この時から、僕の人生は、少しずつ、少しずつ、狂い始めていく。


まず、就職活動に失敗する。小説家として生きていくこともできたが、妹はまだ高校生であり、学費だって、たくさんかかる。一応、他の職を持っていたほうがいいと思い至ったからだ。ただ、これからの何社受けても、「採用を見送らせていただきます___」「今回はご希望に添えかねる結果となりました___」何が、いけなかったのか。自分の、何が、足りなかったのか、全くわからなかった。


そうしている間に、父が、交通事故に遭って、亡くなった。あまりにも、突然だった。

残ったものは、父の保険金と、父の“店“だけだった。

僕は、父のことは、とても尊敬していたけど、たった一つだけ、意に沿わないことがあった。それが、父が開いた、店。【クレセント】。宝石店、とか、飲食店でもない。儲からない、いわば、『便利屋』。ガラスの張り替え、犬の散歩、家の掃除、木の伐採、なんでもやります、という、便利屋。


儲かるわけがない。今は、スマホ一つで、なんでも解決する時代だ。それなのに、便利屋とか、しかも、店の名前だけ綺麗で、中は、普通のザ・昭和って感じの家なのに。


ただ、一応、儲かる仕事ではないのは父もわかっていて、工場の仕事にもついていたけど。


昔から、父は、僕に、この店をついでほしい、と言い続けていた。流石の僕でも、無理だ、と突っぱねたけど。


だから、初めは、小説家として生きていこうと決めた。だが、その世界はそんなに、甘くはなかった。


新しい本を書くにつれて、評価は落ちていき、だんだん、売れなくなっていった。書店には、端っこの方に、申し訳なさそうに置かれている自分の本がある。


それを見るたびに、ああ、自分は、小説家といて生きてはいけないのだ、と悟ってしまう。


最終的に僕が行き着いた場所が、父の店を継ぐ、ということだった。


ただ、スマホ一つで解決する現在。この店を訪れる人だなんて、近所のおばさんしかいない。しかも、「もう!私の息子がねえ、全く勉強しないの____」だの、「ごめんなさいね。娘の反抗期で、この胸のモヤモヤを誰かに___」だの、僕はただの愚痴聞き係か!!


そこからは、生活リズムも崩れ、実質職なし、妹の学費は、父の保険金と自分の貯金で賄い、妹自身も受験勉強と共にバイトをしている。不甲斐ない兄でごめん、と思うけど、自分も、日々を生き抜くので精一杯。


小さい頃は、ピシッとしたシャツを着て、革靴を履いて、革の鞄を持って、自分の会社へ出勤している自分をよく思い浮かべていた。ただそれは、社会にうまく融合した、一部の人間のことなんだと、今、身に染みて実感している。ただ、それを認めたくないからか、外見だけは、しっかりしておきたいのだ。



 ジリリリリ



家のチャイムが鳴った。もう昔の家だから、チャイムの音は、ピンポーンじゃなくて、ジリリリリという昭和の音がする。


「はい」


どうせまた、どっかのおばさんだろ。ガシガシと頭をかきながら、出てみるとそこには、真っ黒で大荷物を持った女性が1人でそこに立っていた。


「なんでも、してくれるんですよね?」


彼女は、看板の横に書いてある、『ガラスの張り替えでも、犬の散歩でも、なんでもやります!!』というフレーズを指差した。


「え?ああ、一応」

「すいません。中に入れてくれませんか?」


何かに追われているのか?と感じるくらい、切羽詰まった様子で、彼女はそういった。


ああ、それもそうか。外で待たせるわけにはいかないし。


どうぞ、といって、全く履いていないスリッパを差し出す。多分、大丈夫。臭くない。埃はまあ、うん。大丈夫な、はず。


ていうか、なんでここを訪ねてくるんだ?


一応、居間としてあるこの家の中で1番綺麗な部屋へ通す。


座って、キョロキョロと不躾に家を眺めている女へ目をやった。全身黒尽くめで、口元は何重にもマスクをしてある。黒尽くめ、というよりかは、あの、太陽を遮断する服、なんだっけ?紫外線を遮断する服を全身に着ている。しかも、何重にも重ねて。


お茶を差し出すと、喉が渇いていたのだろうか。グイッと一気に飲み干した。それと同時に、カーテンを全部閉めてもいいですか?と一言。別にどうでもよかったから、ああ、どうぞと言うと、カーテンを全部閉めた上に、持っていた荷物から黒色の布を取り出して、カーテンの上にかけた。


「すいません。これでもいいですか?」


昼間だし、節約をしないといけないから、と電気をつけていなかったから、部屋は真っ暗に。


「あ。すいません。電気つけますね」


電気をつけて、賞味期限が切れ、消費期限は切れていない腹を壊すだけの茶菓子を出す。


「すいません。ご用件はなんでしょう」


口を開いて、言いにくそうに、また閉じて、そして、また開いた。その口から紡がれた言葉は、とんでもないものだった。


「“夜限定“でいいです。1回につき、5万円払います。だから、どうか、私の彼氏になってくれませんか?」

「はい!わかりました!!・・・・・・えっ、すいません。なんて言いました?」

「私の、“夜限定“の彼氏になってくれませんか?」


空いた口が塞がらない、とは、まさにこのことだ、とこの時初めて、僕は学んだ。

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