第5話 天賦の才だなぁ最高だよ

「うーん……うーん……」

 ふと目線を向けた先に、食事の乗ったトレイを両手にウロウロとしている女学生がいた。あの子どこかで見た気が……。

「あの子……席なくて困ってるみたいだね。一緒に食べようか」


 俺の視線に気づいたらしい円香がそう提案してきた。「そうだな」と返した俺はキョロキョロしているキョロちゃんへと近づいて声をかけた。情けは人の為ならず。


「もし席なくて困ってるんだったら一緒に食べないか?」

 そう言うと、女学生はぱあっと表情を明るくさせてこう言った。

「ありがとうなのです。どこを探しても席が空いてなくてさーちゃん困っていたのです」


 この独特の語り口調。思い出した。この子は今朝正門前で勧誘活動をして生徒会に連行されていた子だ。


 しまった。面倒な子に声をかけてしまったかもしれない。しかし時すでに遅し。彼女はめちゃくちゃ可愛い笑顔で円香の待つ席へと座ってしまった。しかもなぜか俺の隣に。


 仕方なしに俺も仮称キョロちゃんの隣に腰を下ろすも、彼女はマイペースなのかお礼もそこそこにもうご飯を食べ始めていた。


「お二人は、恋人さんなのですか?」

 せめて名前くらいは聞いておこうと、話しかけるタイミングを伺っていたこちらの都合を全てぶち壊す唐突さでキョロちゃんは尋ねてきた。


「こ、恋人! その、わた、私達は……」

「いや、友達だよ」


 こらそこ、なんでそんなに慌てるんだ。こういうのは堂々としている方が返って怪しまれないんだぞ。


 キョロちゃんはじーっと俺と円香を見比べると、何かに納得したのか頷いてこう言った。


「お邪魔をしてしまって申し訳ないと思っていたのでよかったです。でもまさか、こんなに食堂が混むとは思いませんでした。さーちゃんびっくりです」

「食堂の事知らないって……やっぱり新入生だったのか?」

「そうです。そういうお二人は先輩さんですか?」

「今年で二回生になるよ。困った事とかあったら聞いてね」

 円香はニコニコ笑顔のキョロちゃんに、これまたニコニコ笑顔でそう返した。


「なんと! 嬉しい提案なのです。さーちゃんは音楽をやりたくてここに来たのですが、なんの講義を受ければいいのかわからなかったのです」

「音楽か……確か、岡山先生のところが専門の中でもわかりやすいって評判だったような」

「後は御子柴先生とかかなあ。私達は音楽専攻じゃないからそれくらいしかわからないや。ごめんね?」

「いえいえ。それだけわかれば十分です。教えてくれたお礼に……お二人にはさーちゃん印のワッペンをプレゼントします」


 そう言って、キョロちゃんはカバンから彼女の顔がデフォルメされたワッペンを取り出した。


 マスコットのグッズみたいで可愛らしかった。作りもしっかりしていて、鑑賞物として100点の出来だった。朝配っていたのはおそらくこれだろう。しかし、なんのために……?


「さーちゃんは皆に覚えられたいのです。だから、こうしてさーちゃんのグッズを作っては配り歩いているのですよ」

「ふうん……」


 なんとも独特な理由だったが、周防学園に通う人間ならば相対的にそう珍しくもない。なにせここには多種多様な天才が在籍している。得てしてそうした人達は強烈なキャラクター性を持っていたりするからだ。彼女もそっち側の人間なのかもしれない。


「ところで、君の名前は?」

 そう問いかけると、キョロちゃんは「やってしまいました」と言って、コツンと自身の頭をグーで小突いた。あざとい……あざとすぎるぞ、キョロちゃん。しかし可愛い。可愛い子は何をしても可愛いのである。


「お腹が空いていたのでつい忘れてしまいました。さーちゃんは小鳥遊たかなし沙耶さやといいます。お気軽にさーちゃんとお呼びください」

「小鳥遊沙耶、ね。だからさーちゃんなのか。俺は才賀嵐。んで、こっちが」

「本仮屋円香です。よろしくね、さーちゃん」

「はいです。あーちゃん先輩とまーちゃん先輩ですね。覚えました」

「あ、あーちゃん?」

「? 嵐先輩だからあーちゃんですよ?」


 さも当たり前のように言うさーちゃんに、俺は二の句が継げなかった。

 間違いない。この子は大物になる。天才特有の自分ワールドをこの歳にして確立している。


「さーちゃん、よく面白い子だねって言われない?」

 俺がさーちゃんに感心していると、円香がそんな事を質問していた。さーちゃんは僅かに目を見開き、

「まーちゃん先輩はエスパーさんですか?」


「え、どうして?」

「さーちゃん、可愛いって言ってもらいたいのに、どうしてかいつも面白いって言われてしまうのです。どうしてでしょう?」


 さーちゃんの顔の造形は間違いなく可愛い。胸やお尻は大きいが、身長が低いし、さっきまでの様子を見るに普段からぴょこぴょこと動いているのだろう。しかし、言動が全てを台無しにしていると言っても過言ではない。


 ワッペンの件といい、その独特の語り口調といい、彼女を一言で形容するならば「変人」、この一言に尽きる。きっと、今まで出会った人達も共通して思った事だろう。


 だからこそ、その外見的な可愛さよりも先に、「面白いね」という感想が口をついて出るのだ。しかし、


「うーん……普通の人は自分の顔を模したワッペンとか配らない、と、思う、よ?」


 最後の方が自信なさげだったのは、おそらく直接的に言ってさーちゃんを傷つけないようにという円香なりの配慮だろう。


「ガーンッ……これは新しい方法を考えないといけません。さーちゃん、困りました」

「ああでも、ここにいるぶんにはあまり気にしなくてもいいと思うぞ? 周防学園にはさーちゃんみたいな子がいっぱいいるからな。君のそれも、個性として受け入れられると思う」

「なんと! それは嬉しい情報です。友達100人できるかな、です」


 100人は難しいだろうが、さーちゃんの人懐っこさがあれば友達の5人や10人はつくれるだろう。そう思ったのもつかの間、


「鳥が呼んでる……」


 前後の文脈とまったく関係のない不思議な独り言を呟いたかと思うと、さーちゃんは急に残りのご飯をかき込んで立ち上がった。


「さーちゃん、やる事を思い出しました。ので、もう行きます。ありがとうございました」

 そう言って立ち去ろうとした。しかし俺の目にある物が映る。

「あっ、急ぐでない慌てん坊さん!」


 トレイを持ってトトトッと急ぎ足で歩くさーちゃんの足元に、何者かが落としたらしいバナナの皮が転がっていたのだ。


「へぶっ!」


 まるでコントのようだった。俺が制止するのと同時に、彼女は思い切りバナナの皮を踏み抜いてしまい、空いた食器諸共派手に転んでしまった。純白の可愛らしいおパンツが丸見えだよ♡ 照明さん! 音声さん! ピンクスパイダー。もっとちゃんと映してホラホラ。


「だ、大丈夫か……?」

「やってしまったのです……失敗、失敗」


 そう言った彼女の頭には、転ぶ原因となったバナナの皮が乗っていた。どこまでもコントだ。やはりこの子、あざとい。


「足元はちゃんと見ような?」

「今度からはそうするのです」


 彼女の頭に乗ったバナナの皮を取ってやり、追いかけてきた円香と共に3人で転がった食器を拾う。しかし、小皿が一枚どこにも見当たらなかった。


 どこに行ったのかと膝をついて床を探し回っていると、


「はいこれ」

 一人の男子学生が行方不明だった小皿を差し出してくれた。


「あ、ありがとう」

「おう。しかし、派手に転んだなぁ。その子、一回生だろ? 名前教えてくれよ」


 茶髪にピアスという、いかにも遊んでいる風の男子学生は、小皿を受け取った俺にさーちゃんを紹介してくれと言ってきた。新学期早々ナンパだなんて、驚きを通り越して呆れかえりましたよ。


「さーちゃんのお友達になりたいのですか?」

「そうそう。君、今朝正門前で生徒会に連行されてただろ? 面白そうな子だなーって思ってたんだ」

「むう……やっぱりさーちゃんは面白い子なのでしょうか……?」


 正門前という誰もが通る場所だったせいで、結構な人が見ていたんだな。それにしても、面白そうという理由で声をかけるとは、まったく節操のないナンパ野郎だなぁ。良識というものはねえのかよ!


「あれ? 面白いって言われるのは嫌だったかな? ごめんごめん。俺は三国みくに大河たいがってんだ。ちな二回生」

「さーちゃんは小鳥遊沙耶といいます。急ぎますので、失礼します」


 ペコリと俺達に礼をしたさーちゃんは今度こそ去っていった。


「ありゃま、嫌われちゃったかな? 君達も一回生?」

「いや、俺達は二回生だよ」

「マジか。て事は今まで講義被ってなかったんだな。よろしく」

 そう言って三国は俺に手を差し出してきた。俺はその手を受け取り、

「才賀嵐。まー、よろしく?」


 疑問形なのは、俺がこの手の他人と距離の近い人間を苦手としているからだ。引きこもりの鑑みたいな人間だからな、俺は。可能ならばよろしくしたくない。


「本仮屋円香です。講義被ったらよろしくね?」


 対する円香は人間関係を構築するのが上手いので、握手を求められる前にサラッと自己紹介を終えていた。


「ういうい。講義被ってたらレイン交換しようや」

「そうだな」


 と返したが、やはり可能ならば交換したくなかった。この手のパリピ系は偏見だが、昼夜問わず連絡がくるに決まっている。


 チャットツールなど人間強度が弱い人間が活用するものだと思っている俺は、登録されているのは家族と円香くらいのものだ。そのラインナップに彼は追加したくない。


「んじゃなー」

 そう言って、三国は友達の元へと戻っていった。

 なんだかドッと疲れた俺は、円香と二人中断していた食事を再開するのだった。


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