「皆で一緒にゲームを作りませんか」茜色の教室で、彼女は唐突にそう言った。
山城京(yamasiro kei)
第1話 全ての始まり
「皆で一緒にゲームを作りませんか」
茜色の夕日差す空き教室で、彼女は唐突にそう言った。
何かをしなければならないと焦っていた俺にとって、その提案は天啓にも近しいものだった。
未来の大作家先生にイラストレーターの卵、音楽家の卵、プログラマーの卵。偶然にもノベルゲームを作成するのに必要な人材は揃っていた。
そんな中俺は……俺は……
「あーちゃんがリーダーだよ? 皆を引っ張っていく、大変な役割なのです」
俺がリーダー? そんな大役、俺に務まるだろうか?
「大丈夫。あーちゃんはあーちゃんが思っている以上に立派な人だから」
才能を渇望し、青春を忘れた俺だったが、二度目の学生生活こそは実りあるものしよう。そう思えるほどに、俺は彼女のその発言に救われた。
○
努力すれば夢は叶う……なんていうのは嘘だ。
時として100の努力は1の才能に負ける。じゃあ1000努力すればいい、なんて言う人がいるかもしれないが、才能のある人間が10努力すればあっという間に抜かされてしまうほどに才能というもの残酷だ。
でも中には、自分に才能がないとわかっていても諦めきれずに、死ぬまで努力を続ける人もいる。
俺がまさにそのタイプで、俺はどうしても小説家になりたかった。だから、普通科の高校には進学せず、
周防学園ならば小説家になるという夢が叶う。入学当初はそう信じて疑わなかった。だけど、由緒正しい伝統と歴史のある周防学園には俺の才能など軽く凌駕する傑物とも呼ぶべき存在ばかりが在籍していた。
一年目はまだ良かった。俺も彼らに追いつくぞとやる気になった。二年目になると周りと自分の違いになんとなく気づき始めた。三年目になると才能という言葉の重みが肩にのしかかった。
そして、なんとか努力して大学に上がった頃には、俺には才能がないのだと気付いた。いや、気付かされた。
それでも、小説家になるという夢は諦められなかった。大学を卒業後、時間に融通のきく就職先を選び、余暇の全てを小説に充てた。だが、
「未だ俺は何者にもなれず、か……」
仕事終わり、なんとなくそのまま家に帰る気になれなかった俺は、自販機で買ったホットコーヒー片手に公園のベンチで黄昏れていた。
人のいない公園で一人こうしていると、マイナスな事ばかりが頭に浮かんでは消えていく。そのマイナスの中には、結局何も成し遂げられなかった学生生活も含まれている。だからこその呟きだった。
今の仕事が嫌というわけではない。時間に融通がきくので、今は小説に充てている余暇を何か別の趣味に使えばそれなりに充実した人生を送れる予感はあった。だけど、
「小説家になりてえな……」
何度口ずさんだかわからないほどの、最早口癖になっている言葉。
結局俺は、夢を諦める事ができないのだ。
「最近この人よく見るな……」
なんとなくスマホのネットニュースを眺めていると、人気小説がアニメ化するという見出しがあった。
中を見てみると、アニメ化する作品の原作は同年代の女性作家のようだった。しかも、その作家は俺と同じ周防学園の卒業生らしいというのだから驚きだ。
ひょっとすると、学生時代どこかですれ違っていたかもしれないな、そう思うのと同時に、胸の奥がチクリとした。この感覚はよく知っている。才能に嫉妬している自分を醜いと思っている時の痛みだ。
程度の低さに自己嫌悪していると、冷たい風が吹いた。9月も半ばに入る今、とてもスーツ一枚で耐えられるような寒さではない。
俺は身震い一つすると、「寒い寒い」と言って立ち上がった。
飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に入れて、帰路につこうと思った矢先、向こうから走ってくる人物が見えた。
最初はマラソンが趣味の人なのかと思ったが、どうやら様子が違った。サングラスにマスクをして顔を隠している。なにより、手に包丁を持っている。完全に不審者だった。
「嘘だろ……」
人間予想もしない状況に陥ると動きが止まってしまうものだ。俺はそのままこちらに向かってきた男の手にした包丁で腹を突き刺されてしまった。
「ハアハア! ちくしょう! なんで俺ばっかり! 死ね! 死ねぇ!」
男は前のめりに倒れた俺の背中をそう言いながら何度も何度も刺した。
声も出ないほどの激痛に、意識が徐々に途切れていく。
(ちくしょう……結局俺は、何者にもなれないまま消えていくのか……)
○
眩いまでの光が全てを支配するその場所で、「彼女」はこう言った。
「
どこに目を向けても声の主の姿は見えなかった。あるのはただ、光だけ。
「小説家たらんとしたあなたにチャンスをあげましょう。あなたの役割は彼女達を救う事です。その過程で、あなたはきっと様々な苦難に見舞われる事でしょう。ですが、諦めてはいけません。夢はきっと、叶う。だって、その方が面白いでしょう?」
そう言った「彼女」はニコリと微笑んだ……ような気がした。
○
目を覚ますと、見慣れた天井……ではなかった。
慌てて周囲を見渡すと、どこか覚えがあるような部屋ではあったが少なくとも社会人生活で見慣れた自室ではない。それでは一体ここはどこなのだ、と必死に記憶を辿っていると、
「学生時代の俺の部屋じゃないか……!」
ベッドから跳ね起きた俺は慌てて鏡の前に立った。するとそこには、覚えのあるものより幾分か幼い顔をした自分が立っていた。
「嘘だろ……?」
そんなはずはなかった。昨日は仕事終わり、公園のベンチで缶コーヒーを飲んで、それで、それで……。
「俺は確かに刺されて死んだはずだ……そうだ! カレンダー!」
枕元に放り出されていたスマホの電源を入れ、カレンダーを確認すると、2020年4月6日と書かれていた。
記憶の中にある昨日の年月日は、2028年の9月だ。もしカレンダーの通りだとするならば、俺は8年近くも過去に戻った事になる。
信じられない出来事の連続に頭を抱えていると、
「嵐くーん。もう待ち合わせの時間過ぎてるよー」
扉の向こうから少女の声が聞こえてきた。この声は……。
「
彼女が彼女であると認識した瞬間、胸にチクリとした痛みが走った。
俺がどこかへ置き忘れてきた青春。その象徴とも呼ぶべき彼女。
小説家になるためにガムシャラに活動していた俺を、円香はいつも側で応援してくれていた。そんな彼女に俺は――。
「まだ寝てるのかな? 入るよ嵐君」
俺が過ぎ去った過去に思いを馳せていると、円香は勝手知ったる他人の家とばかりに入室してきた。
いきなりだが、俺は夜寝る時パンイチスタイルで寝ている。そして、寝て起きたら8年前に戻っていた、なんていうビッグバン級のイベントが発生したため、当然ながら着替えなんていう文化的な行動は行っていない。すなわち、
「きゃあ! なんで服着てないの!」
年頃の乙女に野郎のパンツ姿を見せるなんていうイベントが発生してしまった。
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