北の塔(その7)

「ふん。迂闊に手を出せば昨日の相棒の二の舞だ。……誰が好き好んであのような目に会いたいものか、魔女め」

「魔女か。久しぶりにそのように呼ばれたな」

 かつて戦場を駆けていた頃の彼女は確かにそう呼ばれていた。今にして思えば随分と昔の事だ。

「そもそも昨日聞きそびれていたが、私から何を聞き出すつもりだったのだ。上からはどのように指示を受けている? 取り敢えずただ痛めつけろとでも?」

 何気なしに問いかけたギルダだったが、本来拷問すべき相手に、そのように好きなように問い詰められるのは拷問吏としては忸怩たるものがあるのかも知れない。悔しそうに唇をかみつつ、苦々しく絞り出すように問いに答えた。

「……お前さんが、前王太子殿下の残党とどのようにつながっているのかを聞き出せと。その残党どもがお前さんを担ぎ上げて、どのようなたくらみで国王陛下を追い落とす算段なのか、その委細を漏らさず喋らせろと言われている」

「知らぬとか、分からぬとかいう場合はどうする? しらを切れば痛めつけて追及するのか」

「そうなるな」

「国を追われた王太子のご落胤などと、そもそもその真贋からして分からぬというのに、何ともいい加減な話だ。……では私が、そのアルヴィン王子が父親だとはっきり断言したらどうなる」

「姫君を御旗に担ぎ立てようとする残党がいるはずだ」

「そんな残党など今更いるものか……まあよい、ではその残党とやらの居場所やたくらみの委細を、一切合切話すという事であれば満足か?」

「そりゃまあ、しゃべってくれるのであれば」

「では、しゃべろう」

 ギルダがそのように口走ったので、拷問吏は驚いて声をあげそうになった。

 だが彼女は続ける。

「しかしそのように大事なこと、お前ごとき拷問吏にうかうかと喋る内容では無かろう。お前に限った話ではないぞ。木っ端役人ごときを寄越したところで、私はこのような密室では何もしゃべらぬ」

 そのようにきっぱりと言い放ったギルダであった。そもそもがそこを無理やりに口を割らせるのが拷問吏の仕事ではあったが、やれと命じられて今日もここへ来てはみたものの、昨日の相棒の顛末を思えばどうにも手出しのしようがない。まごまごとする拷問吏に向かって、ギルダは怒気を孕んだ強い口調で告げた。

「……お前に仕事の指示を下した、木っ端役人をまずは連れてこい。話はそれからだ」

 そのようなやり取りがあって、拷問吏はどうしたらよいか分からずについに房を飛び出して行ってしまい、その日はそれっきり誰もギルダの元を訪れる事はなかった。翌日、彼女の言う木っ端役人かどうかは不明だが、役人然とした小男がギルダの牢を訪れ、前王太子アルヴィンの子として謀反を企てた罪状で裁判を開くので、被告人として出廷するように、と告げたのだった。

「その裁判の席で一番偉いのは誰だろう。裁きを下す一番の上座にお座りになられるのは?」

「それは、その裁判を担当する裁判官であろう」

「仮に、前王太子アルヴィン殿下が存命であり……いや、今日時点で存命か否かはさておき、内乱のおり逃げ延びてその忘れ形見がどこかにおられるという話であれば、その遺児にあたる御方は何者と見なせばよいのであろう。謀反の企てありというなら罪人であろうが、そうではないなら、単なる名もなき市井の人と言えるだろうか」

「そなたは何が言いたいのだ」

「世が世なら王族の姫であるはずではないか。私が、もしかしたらそうかも知れぬと疑っているのはそなたらであるのに、そのまま高貴な御方として扱う心づもりなど最初から欠片もないと申すのか?」

「……それは」

「北の塔に収監してひととき貴人扱いさえすればそれで満足すると思ったか。ユーライカ姫殿下は裁きを受けるより前にまさにこの塔にて病でお亡くなりになったが、仮にそののち裁判を受けていたなら、首に縄をかけて下々の法廷に曳いていったか? 下々の係官に、やっつけ仕事で裁かせていたか?」

 ギルダはそのように畳みかけるように問いかける。相対する係官が困惑したように首を傾げるさなか、彼女はまた別に人の気配を察知し、戸口に視線をやった。

 現れたのは、ファンデルワース伯爵だった。

「伯爵……?」

 伯爵はギルダを見て、ギルダ、と呼びかけそうになるのをぐっとこらえて、改めて口を開いた。

「リアン殿、そなたが自白する気になったと、獄吏どもが右往左往しているという話をきいて、慌てて駆け付けたのだが、これはいったいどういう事なのだ……?」

「私を裁判にかけるのだそうだ。王族に連なるご落胤を、木っ端役人が片手間に裁くのだそうな」

 ギルダは平然と口をきいているが、彼女が伯爵と呼びかけたように、この場にやってきたのがファンデルワース伯爵本人だという事にはこの役人もすぐに気づいたようで、慌てて居住まいを正し背筋を伸ばす。そのような御仁の目の前で、ギルダがいかにも投げやりにそのように説明したので、その役人は慌てた顔になった。

「はっ、いいえ、ええと……そのようなわけでは……」

 ギルダにそう告げられた伯爵もまた、彼女の言に面食らった表情を一瞬見せたが、何事かを察したのかこのように言い返す。

「今しがた階段を上ってきた辺りで、ユーライカ殿下のお名前が出ているのを小耳に挟んだ。お亡くなりになったとはいえ、仮にあのまま裁判が行われていたとしたら、国王陛下の姉君ともあろうお方ゆえ、おそらくは国王陛下をお迎えした上での御前裁判となっていたであろうな」

 伯爵がこの場での会話をどこから聞いていたかは分からない。だがそれはつまり言外にこれから行われるであろうリアン・アルマルクの裁判もまたそうであるべきではないか、と言っているのだとその役人は受け止めざるを得なかった。話が大事になり、役人は明らかに動揺していた。

「し、しかし……国王陛下は病床にあり」

「なら陛下に成り代わっていただけるような確かな御方に、ご臨席をお願いすべき事案ではないかな」

「確かな御方、とは一体」

「そうだな。例えば、エーミッシュ王子殿下であるとか」

 伯爵がさらりと出したその名前に、係官は言葉を失った。引きつった表情のまま、しどろもどろのままに何かをもごもごと言い残して、そのままそそくさとその場をあとにするのだった。

「今の話、誰か上の者にでも伝えに行ったのであろうか」

「だとよいがな……ギルダよ、私が勝手にあの者に喋ってみせたが、そなたの狙うところはつまりはそういう事だったのだろう。だがエーミッシュ殿下に相対して何とするのだ。まさか」

「会ってみたいだけだ。裁判など、どのような顔でそのような茶番に付き合うのか、それを見極めたい」

 そのように思いを述べたギルダを、伯爵がじろりと睨みつけたが、まったく意に介した風でもなかった。



(次話につづく)

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