北の塔(その6)

「人造人間のくせに察しがよいな、そなたは」

 平静を装いながらも、ファンデルワース伯爵の言葉にはかすかに苛立ちが見て取れた。恐らくはギルダの今しがたの指摘のうち、後者にあたる殉教者云々というのが、もしかしたら図星であったということか。

「……現在、クラヴィス王にはエーミッシュ王子の他にお子はおられない。王子殿下こそが王位継承権者の第一位であるのは揺るがぬとして、それに続くのは陛下ご自身のご兄弟だ。王兄アルヴィン殿下は長らく消息不明で、それこそ生きておられるか死んでしまわれたかも分からぬ。それゆえ、王姉ユーライカ殿下が第二位という事であったが、残念ながら姫殿下は先だって没したばかりである」

「……」

「ここに、仮に王兄アルヴィン殿下のお子なる人物が現れ、いざ真贋を問われ本物であるという話になれば、その御仁こそが姫殿下に代わって新たに第二位という事になる。ただ黙しておればこの順位が覆る事はあり得ないが、上位の御方がこの二番手の方を除かんとして、積極的に陰謀を巡らせたとなればどうなるかな……?」

「問われる罪咎の軽重によっては、王位継承権を法的に失う事もあり得ない話ではない、ということか」

「いかにも。今現在、リアン・アルマルクなる人物が不当に逮捕され獄中にあること、その人物に拷問吏が差し向けられたこと、その事実そのものが、そういった陰謀が企まれている事の証左であると言えるであろう」

「であれば、貴殿がここに姿を見せずに、拷問吏に嬲られるままに放っておけばよかったのではないか。獄中で死んでいた方が、あとからどのようにでも祭り上げようがあったのではないか」

 ギルダがにべもなく、そのように言い放った。そのような目に遭っていたのがリアンであったならば彼女もそこまで冷静ではいられなかったかも知れないが、あくまでもこの場では淡々とした口調でそのように語り、伯爵の出方を窺うのだった。

「身も蓋もない事をいう。今しがたまで拷問吏を嬲っていたのはそなたの方であろうに。そもそも仮に本物であったらならば拷問などもっての他だ。本来はそれをお救いにきたのだ」

「あてが外れて気の毒だな」

「心にもないことを。……偽物なら偽物で、簡単に馬脚を現してもらっても困る」

「勝手に嫌疑をかけておいて、偽物などと言われるのは不本意だ」

「ふむ、それもそうであろうが……ともあれ、こうなったからには少なくとも陛下が生きておられる間は、このまま真贋の判断がつかぬままにずっと収監されていてくれた方が都合がよい。人造人間であるという出自はひた隠しに隠し、いざともなればそなたには本当に、アルヴィン殿下のお子のふりをしてもらう必要も出てくるかも知れぬ」

「私がそれを断ったらどうする」

「断れる状況かね? 娘の身代わりというのがいつまでも通用すればよいが、収監から二日目にして早くも私に露見しているような有様ではないか」

 伯爵はそう言って、薄く笑みを浮かべた。たまたまクロモリがつくった人造人間の事を彼が知っていた、という話ではあろうが、当時王宮から離宮に追いやられたユーライカの側に仕え、それから程なくして戦場へと送られたギルダにしてみれば、当時の王都で自身の存在がどの程度知られていたのかが分からない。ウェルデハッテではとにかく官憲どもにあの場での横暴を許してはいけないととっさに身代わりを名乗り出たが、それがどこまで通用するのか、ギルダに確たる勝算があったわけではなかった。

「伯爵の企みに仮に協力するとして、私やリアンに何か見返りはあるのか」

「本物のリアン嬢のためにも、われらに助力して作り話を続けられるかぎり続けるのが、そなたにとっても得策だと私は思うがね」

 そう言って、伯爵は得意げに笑うのだった。

「……しかし、それでは拷問吏はどうする。今日と同じように追い返してよいのなら私は毎日でもそうするが」

「姫君がそのようなあやしい魔導の使い手というのも聞いた事のない話ではあるが……いずれにせよ拷問吏などという役職のものが無尽蔵にいるわけでもなし、今日一人深手を負ったことを思えば、何もせずただ収監しておけという話の方が連中も気が休まろう。可能であればそのように私から手を回しておく事にしよう」

 その言葉を最後に、伯爵はギルダを一瞥すると、そのまま牢の戸口をくぐってその場をあとにするのだった。

 丁度、階段を上がってやってきた塔の獄吏がそんな伯爵と護衛の二人とすれ違う。それは前日に彼女をこの房に案内したのと同じ獄吏であった。伯爵が去っていくのを確かめて、ギルダの房の扉を閉めようとしたその男を、ギルダが呼び止める。

「すまないが……そこを閉める前に、この物騒な道具を片付けていってくれるか」

 ギルダは椅子に腰かけたまま、拷問吏が置いていった正体のよく分からない器具の数々を指し示して、そう言うのだった。

 

     *     *     *

 

 拷問吏を止める、と伯爵は言ったが、彼らは何もこの北の塔の獄吏というわけではないようで、どこかよそから送られてきているらしかった。

 彼女の収監そのものがカタリナ王妃の企みなのだとすると、拷問吏を遣わしたのもやはり王妃に連なるものなのであろう。という事であれば、伯爵の意向がどこまで及ぶのかは疑問ではあった。

 実際、あくる日を迎えてみれば、前日の痩せた方の拷問吏が今度は一人でギルダの収監された牢を訪れたのだった。昨日置き忘れていった鞄を今日も携えているところをみれば、塔の獄吏が片付けた後、無事元の持ち主の元に戻ったという事のようだった。

 手を回す、と伯爵は言ったがさすがに昨日の今日というわけにはいかぬようだった。一人で来たのは、これは前日の伯爵の言葉通り、簡単に補充の利くようなものではないということか。本来は生殺与奪を握る側であるにも関わらず、やはり昨日の同僚の扱いを知って、ギルダには相当に警戒しているようだった。

「来たからには、今日こそ私に何かしら責め苦を負わせようということなのだろうな?」

「ふん。迂闊に手を出せば昨日の相棒の二の舞だ。……誰が好き好んであのような目に会いたいものか、魔女め」

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